六の噺 「城って、中に入るまでが長すぎて疲れるよね。」
いくら馬が苦手でも、ぶっ続けで乗っていれば嫌でも慣れる。
だが、痛みというものは、いくら味わっても慣れないものだ。痛いものは痛い。
「尻が……あり得ないくらい痛い…」
「どんな感じに…?」
呻きながら言う小川に、同じように憔悴した顔で北が聞く。
「……割れるように、って言えばいいんだろ…。」
「相変わらず面白味のない奴だなっ。」
「つまらない人って、モテないみたいですよ。」
「関係ないよなそれ!?」
笑顔の山中と木下は、やたら「モテない」「つまらない」を強調して言い、小川は痛いのを堪えつつ、妙に元気な二人を恨めしそうに睨む。
「だいたい、何でお前等そんなに元気なんだ?」
二人はふふん、と得意気に笑うと、回りにいる兵士達を眺める。
「この兄ちゃん達にお尻痛いって言ったら、当て布くれたんだぞ!羨ましいだろヤニ中!!」
「色々気遣って下さって、あまり辛くないんですよ。」
多分、見た目が見た目なだけに余計気遣われるのだろう。
小っちゃいってことは、便利だね。
「僕も意外と疲れてないよ。当て布があるのとないのとじゃ、全然違うよね。」
「俺は上着をそれの代わりにしたぞ。」
愛想のいい谷中、要領のいい梅本も然り。
「……あたしらだけか。」
「……ハァ。」
愛想の悪い小川と北は、肩を落として項垂れた。
そんなこんなで、お城を目指して大行進すること数日。
「お、見えたぞお前等!」
前を行く利家が、励ますように前方を指差す。
その方角を見て、六人は言葉を失った。
目の前に堂々とそびえ立つ山。
その山のほとんどは、ほぼ巨大な城郭だ。
山の周囲をぐるりと、堀だか池だかわからないが、水に取り巻かれている。
適する言葉は、『絶海の孤島』だろうか。
「キャ、キャッスル・オブ・安土……」
感動というより、異怖の響きが大きい。
今までは、図体だけはでかいが、無機質で表情のない灰色のビルしか目にしていなかった。
だが、幻の城である安土城を見て、その姿に気圧される。
「す、凄いです……」
「これが…ゲームの世界の景色だって…わかってるのに。」
ぼうっとした顔で、六人は呟くように言った。
安土城を目前に、一行は馬の足を早める。
城下町だろう、賑やかしいところに入ると、町人や農民が歓声を上げて迎え出ていた。
「信長様、おかえりなさいまし!」
「無事のお戻り、嬉しゅうございます!」
飛び交う温かい言葉に、六人は眉をよせた。
魔王様は、意外と人気者。
「てっきり寂れた温泉街みたいな雰囲気かも、って思ってたのに。」
「それか、黒い霧が漂ってて、ドクロとか転がってるとかな。」
谷中と北が、感嘆したように辺りを見回した。
「…俺は貴様等の世界ではそんなに悪人なのか。」
さっきから後でヒソヒソ聞こえてくる六人の言葉に、ほんのちょっぴり悲しい魔王様なのでした。
城下町を通り抜けて、いよいよ安土城に入城する。
城の周囲を取り囲む大きな堀には、白っぽい岩の橋が掛かっていた。
「凄いな、この橋どうやって掛けたんだ?」
目を丸くして梅本は石橋を眺めた。
「地の神憑きが掛けたのさ。」
「こんな大規模なことまで出来るんですか!?」
梅本と相乗りしている兵士が答え、梅本は仰天した。
見るからにがっちりしたその橋は、叩いて渡る必要などないだろう。
そこを渡り、門番が守る大門を抜けると、そこはもう安土城内部だ。
既に大勢の出迎えがいて、城下町同様かなり賑やかである。
ようやく、本来の入り口……現代でいう「玄関」の一歩手前まで辿り着くと、一行は馬から下りる。
「これでやっと、ゆっくり出来るな。」
疲れはてた顔で北が腰を叩き、他も無言で頷く。
身体は慣れぬことを続けたせいか、今にも壊れてしまいそうだった。
何より、服を着替えたくてたまらない。
雨や汗、泥で汚れた服を着たままでいるのは、綺麗好きな現代人にとって、え、これ何て拷問?状態だ。
下馬してヘバっていると、この小汚ない雰囲気に似つかわしくない、柔らかな声がした。
「殿…!よくぞ、御無事で!」
「………誰だよあのお嬢様は。」
光沢のある白い着物がヒラリと揺れ、濡れたような黒く長い髪が輝く。
サラサラ、と衣擦れの音をさせて現れたのは、何とも美しい女性だった。
そのお上品な様子に、疲れで気の逆立った六人は、ジロッと彼女を見る。
だが次の瞬間、信長の発した言葉に唖然とする。
「無事も何も、公家如きにやられる俺ではないわ………今帰ったぞ、お濃。」
「の、濃……!?濃ってあの、濃姫!?通称お濃ちゃん!?」
本当の通称は『蝮の娘』であるが、六人がイメージする濃姫とは随分とかけ離れた清楚な姿に、驚きを隠せない。
あわあわと間抜け面を晒している六人に気が付いたのか、濃姫は仲睦まじく話していたのを止めて静々と近寄ってきた。
「貴殿方は…?殿の配下の方々ではないと思いますが…。」
急いで姿勢を正して、六人は丁寧に名乗ろうとしたが。
「ああ、俺の拾い物だ。薄汚れていて悪いな。」
「「「名乗らせろよオイ!!」」」
信長の適当極まりない紹介にすかさずつっこみが入った。
「まぁ……それはお可哀想に…!」
どこかを勘違いした濃姫は、悲痛そうな表情をして口元を押さえた。
「殿、この方々……わたくしがお預りしても宜しゅうございますか!?」
「ああ、好きにしろ。」
「即答かよ。」
そして何か思い付いたのか、両手を握り締めて信長に許可をとる。
あっさりOKを出した信長は、シッシッとまるで犬でも追い払うように手を動かした。
「少しは見れるような格好をしてこい。見苦しくてかなわん。」
「誰のせいだ誰の。この俺様何様魔王様が…。」
木下の悪態にそーだそーだと喚きあうが、着替えさせてくれるという魅惑的なお誘いに乗らない筈はない。
「参りましょう。うんと綺麗にして差し上げますわ。」
にっこり笑って言う濃姫に、二つ返事で六人は後に従った。
ところ変わって、ここは安土城の湯浴み処。
「ちょ、待って下さいって一人で出来ますから!?」
「止めろよ!!うわっ服を剥ぐな!!」
「そ、それだけは!それだけは勘弁してくれ!!」
「ギャアアア!!?変態変態変態イイィィ!!!」
「お願いですから止めてくださいー!!」
「あー…気持ちエエわ……。」
一名を除いて、侍女の皆さんに丸洗いされていた。
一応、男女は分けられているからご安心を。
だが聞こえてくる悲鳴と絶叫は似たり寄ったりで、出てくる頃には皆、死んだ鯖目状態だった。
「フ、フーゾクってあんなのだぜ多分……。」
「もうお婿にいけねぇ……。」
野郎二人は着物を着せられ、とりあえず解放されるが。
「いやホント化粧とかいいですから!」
「こんな苦しい帯ヤダ!!」
「あたし、この柄いややわ。」
「かんざしは遠慮したいです…。」
女性陣はまだ弄られまわされていた。
嵐のような時間が過ぎて、やっと彼女達が出てくる。
「あら…案外地味ですわね。」
断固化粧を拒否したのだろう、意外にナチュラルな顔だ。
着物も華美なデザインを全力で避け、なるべく無地を選んでいる。
壮絶な戦いだったのか、妙にげっそりしていた。
「……大丈夫か?」
恐る恐る尋ねた梅本に、彼女達は力なく首を振ることだけしかしなかった。
の、濃姫しか出せなかった・・・・・。
ちなみに安土城のイメージはWikipediaの安土城図を参考にしました。
こんな感じですかね、多分。
ヤニ中はヤニ中毒・・・つまり煙草中毒のことですよ(笑)