四十九の噺『マットブラックな目とヒス女の恐怖は計り知れない。』
姉川の戦いで、信長は浅井長政を倒した。その前に、浅井・朝倉両軍に挟み撃ちにされ、信長がピンチに陥ることを、お市が袋の両端が縛られた小豆の袋を送ることによって知らせたという逸話がある。
浅井長政は打ち取られ、その頭骨は黄金に塗られ、盃とされた。ちなみに、これはタダの言い伝えだと言われている。史実の信長は、どうやら酒を好まなかったらしいのだ。だが、この世界の信長はどうなのだろうか。
「姉川の戦いで、俺は市の夫である浅井長政を倒した。そして、市をここに引き取った。」
「はいはーい質問!」
「・・・・・・・早いな。まだ序盤の序の字にも行ってないぞ。」
しゅばっ、と挙手したのは、谷中だ。信長はまた溜め息を吐きつつ、目で彼女を促した。
「黄金髑髏の盃!」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
いきなり谷中の口から、突拍子もない言葉が飛び出る。たっぷり十秒後、信長は間抜けな声を出して、何言ってんだコイツ、と言わんがばかりの顔をつくる。
「髑髏の盃?何だ、そんな気色の悪いものが、姉川の戦いとどう関係する?まさか欲しいのか?」
心底意味不明といった様子に、六人は一斉に円陣を組んだ。
「気色悪いって!気色悪いってさ!」
「あの「黄金髑髏」は、ここだとナシってことですね。」
「・・・・・・・当たり前だろ、スキタイ民族じゃあるまいし。」
「まぁそうだろうな、神器の破壊が討ち取るってことだし。」
「あったらあったで、ドン引きやろ。」
「よし!どうぞ続けてください信兄!」
何故盛り上がっているのかさっぱりわからず、信長は眉間の皺を深くした。
「何なのだ、一体・・・・・・・。相変わらずよくわからん連中だな。」
むっつりとした顔のまま、信長は中断された話を再開する。
「・・・・・・・市も、俺までとはいかないが神憑きの力を宿している。位は・・・・・・そうだな、兵位よりは上だが官位よりは下、といったところか。神憑きの力と己の精神とが密接な関わりがあるのは、もう知っているとは思うが。」
「それでは、先程の惨状は、本当にお市さんのやったことなんですね。」
信じられませんが、と呟き、山中は目を丸くした。あのレベルで官位より下って、なにそれバカみたい。
「でさー、何でいっちゃんはオレ達に会いたいって言ったんだ?オレ、それが全然わかんねーんだけど。」
「・・・・・・・市姫の暴走と、俺達と、どう考えても接点が見当たらないんだが。」
いっちゃん、とはお市のことだろう。木下が首をぐねーっと傾げながら、まったりした声で言った。彼女の極端に傾いた頭を片手で押し返しつつ、小川も同じことを問う。
「む・・・・・それが俺にもわからんのだ。濃がいうには、市と年の近い貴様等が、一端に神器を持って
戦場を駆けるのに、興味をもったのではないかというんだがな。」
組んでいた腕を解き、ゆっくりと息を吐きながら、信長は眉間を押さえた。
「本当は、俺だけの問題であり、貴様等を呼び戻したくはなかったのだが・・・・・連日暴れられると、城の者には勿論、いずれは民にも影響が出よう。すまんが、アレと少し付き合ってやってはくれんか。市も阿呆ではない、アレにはアレの考えがあるのだろう。」
あの魔王さまに、ここまで頼まれては、嫌と言えない。自分たちが市姫に会うことで、彼女の暴走が止まるならお安い御用だ。
六人はそれぞれ顔を見合わせて、わかったよ、と答えたのであった。
さてさて、六人は市姫と会うべく、前田 利家に連れられて、長い廊下を進んでいた。
「悪いな。久しぶりに会う理由が、こんなゴタゴタで。」
彼も信長と同じ、顔に疲労の色が濃い。
「いいって。トッシーもだいぶお疲れみたいだな。」
苦笑を隠せず、梅本は隣を歩く利家を見上げた。
いつも元気に逆立つ鋼色の髪も、どこがへにゃりとしているし、ピンと張っていた筈の背筋は、若干猫背気味。
「肉体的な疲労ももちろんやけど、精神的な疲労がキツいみたいやな。香油かなんかでもありゃーええんやけど。」
青菜に塩、状態の利家に、北が珍しく真面目な顔で真面目な意見を口にした。
「香油?何でだ?」
意外なアイテムの名前に、彼は首を傾げる。すると、ボキバキ、と首筋が嫌な音を立てた。
「それ、湯浴みするときにちょっとだけ湯に垂らしたらええわ。ま、早い話が精神の安定やね。ええ香りっちゅうんは、気持ちがまいってるときとかに吸引したらええんやで。体の凝りが酷いときは、湯に塩とかいれたらどーや?何事も温めるんが一番やし。」
淡々とアロマテラピーと塩湯の話をして、彼女は何やらガサゴソと腰周りにつけたウエストポーチを漁る。やがて、白い小瓶を取り出した。
「ほれ、しゃーないからコレやるわ。南蛮人から買うた香油。」
「相変わらずだよなお前はよ。いつの間に買ったそれ。」
むふふん、とミョーに得意げな北の後頭部を軽く叩いた梅本は、もう怒りも呆れもなく、半ば義務的というか、無意識というか・・・・・・。
「え、いいのかよ。こういうのって値が張るんじゃないのか?」
ポイッと投げられた小瓶を慌てて受け取った利家の目は、困った様子で北と小瓶を行き来している。
「まーまー、いいからもらっとけよ!マンボウ、こーいうときはスゲー気前がいいんだぞ!コイツの気が変わらねぇ内にしまっとけってトッシー。」
横から木下の手が伸びてきて、小瓶をふんだくる。そしてそのまま、小瓶を彼の懐の中に突っ込んだ。
「うお!?ちょ、お前なにしてんだはしたねぇ!」
「うわーお、そのテの言葉、僕久しぶりに聞いちゃった。」
懐に手を突っ込まれた利家がアワアワしながら叱責するが、普段から色々と、年頃の女の子の何かが欠落している彼女には、あんまり効き目がないようだ。
「はしたない」という、もう言われなくなって久しい言葉に、谷中がぷふっと吹き出す。
「・・・・・・いつ着くんでしょうかね、お市さんのお部屋は。」
「・・・・・・さあな。」
もう慣れた、この長い前置きは。山中と小川はそういう様に目配せしあって、くだらないやりとりが終わるのを待った。
「つーわけで、ここの庭を突っ切ったとこに、お市様のいる離れがある。ちなみに俺はここまでだ・・・・・・迂闊に中に入ると燃やされかねんし。」
広い広い安土城、六人もそれなりの部屋を見たつもりだったのだが、まだまだだったようだ。
複雑にくねくねとあちこちを曲がったあと、目に見えたのはいきなりの庭。白い砂利が敷き詰められた上品な庭の向こうに、茶室のような離れがある。
「おいおい、燃やされかねんって・・・・・普通言うか、そーいうこと。」
利家の物騒な言葉に、梅本は嫌そうな顔で呻くように言った。
何なんだその一言。帰りたい、今すぐここから立ち去りたい。
若干青ざめつつ、六人は利家に見送られながら庭に足を踏み出したのだった。
「おお・・・・・スゲー綺麗な石だなぁ。真っ白!」
離れへと続く道の両サイドを埋め尽くす乳白色の砂利を、木下は物珍しげに眺めて歩く。
「・・・・・・ここだけは、焦げたりしていないな。」
小川の一言に、皆こくりと頷いた。あれだけ城の中はえらいこっちゃ状態だったというのに、この近辺だけはやたらと小奇麗だ。
さすがに自分のいる周辺は燃やさないのだろう。予想と違って、悲しみのあまり思いっきり錯乱しているというわけではなさそうだ。
話はちゃんとできそうだな、と思っていると、急にひゅう、と風が吹いた。
「・・・・・貴殿等が六武衆か。」
「誰だお前。」
ふわっと煙のように六人の前に現れたのは、小柄な体つきの女。暗い赤の装束は、型からして忍の者だろう。高い位置で結んだ髪とキリッとした目は、濃い紫色が美しいくノ一だ。つい反射的に言い返した木下を、くノ一は少しばかり目を見開いて眺める。
「私は笹舟、お市様お付きの忍である。今一度問う、六武衆は貴殿等か?」
淡々と、なんの抑揚もない声で、笹舟と名乗るくノ一は言った。まるで機械のような一本調子だ。
「一応、私達はそのように呼ばれているみたいですね。不本意ですけど。」
山中がそう答えれば、紫の瞳がつい、と彼女の方を向き、彼等全体を確認しようとするかのように目が動いた。
「・・・・・情報と一致。こちらへ。」
本当に機械みたいだな、と思っていると、笹舟はそう言ってくるりと踵を返して、スタスタ歩いていく。
「これはついて行っていいんだよな?」
「いーんじゃない?こちらへ、って言ったし。」
微妙な顔つきで言う梅本に、谷中はのんびりと答えて笹舟の後に従った。
いざ、魔王の妹姫が住まう離れに突入である。その謎に包まれし貌と、六人との対面を望む真意はいかに?
笹舟の後に続き、六人は黙ったまま歩く。やがて、離れにしては大きい戸の前に到着した。笹舟は中にいるであろう市姫に、そうっと声をかける。
「もし、お市様・・・・・・・笹舟にございます。六武衆がお着きになりました。」
何故かこちらまで緊張して、ごくりと六人は固唾を飲み込む。
しばらくすると、答えが返ってきた。
「・・・・・・・入れ。」
笹舟は振り向くと、「行け」と言わんがばかりに目で指示する。え、俺等だけで行くの?マジかよお前も一緒じゃないのかよ、と引き攣った顔で笹舟を見るが、さっさと行け、と背中を押される。ああ、わかったよ行くよ行かせてもらいますよ!
「しっ、失礼いたします。」
やっぱり先頭は小川が無理矢理に押し切られ、若干ひっくり返った声で恐る恐る戸を開けた。途端、何やら和風な香りが鼻をつく。
「これ、沈香の香りだ・・・・・。」
鼻が効く木下が、香りの名を一発で言い当てる。ちなみに沈香とは、白檀なんかと同じ香木の一種だ。腹痛や鎮静に効果があると言われている。
「・・・・・こういうのまで焚かれとるんか。」
沈香は、六人が生きていた平成の時代でもけっこうイイお値段で売られている。つまり、この時代ではもっと高価なものではないのだろうか?
北は苦々しく顔をしかめる。勿論、こういうものにまで頼らなければならないほど困窮した城の皆の状況に、だ。
六人はそれぞれ顔を見合わせて、中に入り込んでいく。
静まり返った部屋は、どこか不気味な空気を漂わせており、緊張が否応なしに走った。向かうのは一番奥。そこから、神憑きの気配がするのだ。そこまで足を進めると、一際濃厚な沈香の香りがする。
声をかけようとすると、先に中から声がした。
「来よ。」
入室許可が出たので、そっと襖に手をかけて、静かに引く。目に飛び込んできたのは、燃えんばかりの色彩に彩られた部屋で、豪奢な着物に身を包んだ儚い容貌の少女の姿だった。
畳にゆるゆると散らばる黒絹のような長い髪、白磁のような真っ白の肌、唇は血のように紅い、リアル和風白雪姫。
端正すぎる顔は、時として凄みが出る。ジャパニーズ吸血鬼みたいだな、と言い得て妙な感想を内心で思っていると、紅い唇が開き、想像より低めの声がした。
「来る衆無い、ちこう寄れ。」
「・・・・・え、あ、は、はい。」
くるしゅーない、なんて初めて言われたし。とアホな感激をしながら、六人はなるべく音をたてないように、お市の傍ににじり寄る。
そして、主を前にした武士のような居住いで、顔を伏せた。
「そなたらが、六武衆であるか。」
「はい。自ら名乗った覚えはありませんが、そのように呼ばれております。」
虚ろな暗赤色の瞳が、六人を検分するかのように向けられる。お市の問いに、ここからは小川に代わって山中が答えた。
「その言葉、真であろうな?」
「真か嘘かと問われれば、お答えするのは難しくなります。」
落ち着き払った山中の返答に、お市は無言で立ち上がった。彼女の着物がサラサラと動き、近づいてくるのがわかる。
「ならば、妾直々に確認するとしよう。」
伏せた顔の下に、スっと黒く細長いものが差し出される。扇子だと思うより早く、それは顎の下に差し込まれ、グイっと顔を上げさせられた。ちなみに、やられたのは梅本である。
うっ、だか、ぬっ、だか、とりあえずびっくりした声をあげて、目を白黒させながら彼はお市の検分に耐えた。
「左様に怯えるでない・・・・・妾とて分別はある。いきなり燃やしたりはせぬ。」
そう言いながら、次々に扇子を使い、全員の顔を確認するお市。
兄が兄なら、やっぱり妹も妹、ドSの血は脈々とながれているようだ。
一通り確認を済ませると、お市は扇子をしまい、ふうん、と何事かを思案するように息を吐く。
「草共の情報と違うことはなかった。そなたらは、六武衆で間違いない。」
なんかよくわからんが、とにかくホッと安堵する六人。生気ゼロのマットブラックな目で凝視されたら、さすがに怖い。
「あ、あの・・・・ところで、何で僕達を呼んだんですか?それ、聞いてもいい?」
恐る恐る谷中が口を開けば、彼女は気怠げな視線を向けた。
「そなた達に聞きたかったからだ。何故、武器を持ち戦うのか。斯様に血の匂いをさせぬ戦人、妾は会うたことがない。恐れを知らぬか、人を人と思わぬのか。」
後半は半ば独り言に近い形の言葉を、六人は困惑したように聞いていた。
「・・・・・・戦に行くのは、やらなきゃならないことがあるから。勿論、僕達だって出来るなら戦なんてしたくないよ。でも、そうしなければいけない理由があるから。戦を楽しんでやっているわけじゃない。」
些か心外な表情を作って、谷中が答えた。それに続き、他の五人もうんうん、と頷いてみせる。
まさかと思うが、これを聞くためだけに呼び戻されたとか言うまいな?
「・・・・・・戦で人を殺めたことがあるにしては、随分と綺麗事をのたまうものよ。」
初めてお市の顔が、憎々しげに歪んだ。そして、今まで虚だった目に怒りの火が灯る。
「そなたらは見たことがあるか!?神器を壊され腑抜けになった者の姿を!!そして、そのような醜態を晒すくらいならばと自ら命を絶った者の姿を!!やらねばならぬことがあるから戦をするだと?よう言うたものよ、そのような言葉は理由にすらならぬと知るがよかろう!嗚呼、何と腹立たしい・・・・・・神憑きなど、皆滅びればよいのじゃ!」
逆ギレ!?と慌てて立ち上がろうと腰を浮かした六人の前に、ゆらりと陽炎が立ち昇り、次の瞬間ゴオッと炎が巻き起こった。その色は血のように赤く、まるで狂乱するお市の感情のようだ。
「ちょ、まてヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!」
梅本は真横に素早く手を伸ばし、逃げようとしていた北の襟首を鷲掴みにした。げっ、と嘔吐するかのような声で鳴いた北をから、今にも自分たちを黒焦げにせんと渦巻く炎の前に立たせる。
「お前が逃げんな!この状況で一番役に立つのはお前だろうが!」
「何でや!!あたししばらく火ィは見とうないんやけど!もう川中島で一生分の火ィ見たし!!!」
「るせぇつべこべ言うな!消せよ早く、ってうぎゃああああ燃え移るううううう!!!」
~マンボウ消火中&六人避難中~
とりあえずマンボウを蹴り飛ばす勢いで炎を消火させ、押し合いへし合いの這々の体で、荒ぶる市姫から逃げ出した六人。
「っは―――っ・・・・・・びーっくりしたぁ・・・・・・。僕、何かまずいこと言っちゃったのかな?」
「・・・・・・アレは完璧にヒスってたぞ。誰が何を言ってもああなるさ。」
廊下の壁にもたれ掛かり、冷や汗を拭いながら言う谷中に、小川は顔をしかめて答えた。
「にしたって、いきなりすぎだぞっ!あやうく火だるまだ!」
髪が焦げたのか、木下の頭から焦げ臭い匂いがする。彼女はそれが大層お気に召さないようで、ガウガウと喚いていた。
しかし、一体どうしたというのだろうか?あの豹変ぶりは確かに安土城を滅茶苦茶にするだけある。
「・・・・・お市さんの先程の言動から考えるに、恐らく浅井 長政関係のことに間違いはないと思いますね。でも、そのことと私達との関係性がまだ明らかになっていません。もう少しお話を聞きたいところですけど、またあんな目にあうのはご免ですし。」
困りましたねぇ、と呟く山中の傍で、濡らした手ぬぐいを顔面に被せて北はブツブツ言っている。うん、顔熱かったんだねお疲れ様。
「とりあえず、信兄んとこに戻ろう。で、どーするか考えようぜ。」
梅本の一言に、皆はよっこらせと既に疲れ始めている体を動かしたのであった。
わーおもう4月だお!おはこんにちばんわ夜さんです。
最近、暖かくなったり寒くなったり、4月のクセに天気が落ち着かないですねぇ。
えー、仕事マジ忙しい。お勤め場所が変わったからマジに忙しい。書けない書けない、イベント終わるまで書けないから。
とか思いつつなんとかうp。
あと一話で50話突入ー!次は某東をあまねく照らすあやつが登場するかも・・・・?