四十八の噺「振り出しにもどるって、一番イヤな言葉だと思う。」
ぴょろろろ、ぴょろろろと鳶が鳴いている。今日の風は少し強く、飛ぶ分には申し分ない。
のんびりと空を楽しむ鳶とは裏腹に、超特急で道なき道を駆け抜ける忍が一人。
彼が追うのは、街道を爆走する騒がしい六騎。
「何故に彼奴等、妖馬を全力疾走させる必要がある・・・・・!?」
忍の目前に、土煙をあげて駆ける馬達がいた。当然、騎乗しているのは「あの」六人である。
「何をしているのかはよくわからんが・・・・・・とりあえず止めねばなるまいな。」
あーめんどくせー、と言いたくなるのを堪えて、忍は走ることに本腰を入れる。
何せ相手は、己の主直々に選んだ妖馬である。ちょっとばかり本気にならないと、追いつくことは多分出来ない。
「・・・・・・・めんどい。」
ぽそっ、と我慢の甲斐無く零れた彼の呟きは、あの六人に感化されてか、口調が大層似ていたそうな。
さて、そんな忍の苦労など知るよしもなく、我等が主役の六人は、「誰が一番早く休憩場所の大木に到着するか」という、実にしょーもないレースを繰り広げていた。
「単勝複勝3連単!ビリは今日の昼ご飯当番だからねー!」
言い出しっぺの法則よろしく、谷中は高らかにそう宣言する。
現在、順位は谷中、北、木下、小川、山中、梅本の順番だ。
「はっしれーはっしれー街道をー追いつけ追い越せぶっ飛ばせー」
「ちゃうやろ、それ。」
「こまけーこたぁいいんだよ!」
キャホー!とテンション高く馬上で笑う木下に、至って普段通りの北がツッコミをいれる。
「・・・・・・負けてたまるか・・・・!」
「私こそ、負けませんよ?」
「くっそ、テメェ等待てよ!」
高確率でビンボーくじを引く小川は必死に愛馬を駆り、勝つ気も負ける気もない山中は悠々と風を楽しんでいる。
そして今のビリ、梅本は、歯ぎしりして喚く。
「あ、あれやなミナちゃんが見つけた大木って。」
「ホントだ、銀杏の木かなー。」
見えてきたゴールの印に、皆最後の追い上げを開始する。蹄鉄の音が一際荒々しさを増して、大木が近づき、近づき、近づき・・・・・・・。
「やったー!僕いっちばーん!!!」
「・・・・・・・勝った!」
一位の歓声を上げるのは、谷中。続く二位は、珍しく怒濤の追い上げをぶちかまして、根性を見せた小川。
「三位はオレだあああああ!!!!」
「くっそ、ギリで四位か。」
「ふう、危ないところでした!」
三位、四位はギリギリの接戦を繰り広げた木下、北で、五位は危うくビリになるところを回避した山中だ。
そして悲しい最下位は。
「ちくしょおおおお!!!!王子とマンボウにだけは負けたくなかったのに!」
愛馬「地角」の首にしがみつき、悔しさを叫ぶ梅本である。
「はーっはっはっは、ザマァwwww梅ザマァwwwww」
「うるせぇザマァって言うな!あーあーあー、わかったよわかったよ!飯作りゃいいんだろ!」
梅本を指さして笑う木下に、やけくそになって彼は火を起こす準備に取りかかろうとする。
すると、山中が何かを発見したのか、ダラけモードに入る一同に声をかけた。
「どうやら、ビリは梅さんじゃないみたいですよ?」
「「「ん?」」」
首を傾げていると、何やら気配を感じる。その瞬間、ボフンと煙をあげて、一人の忍が現れたではないか。
「先ほどから私達を追ってきていた方ですね?一体私達に何のご用でしょうか。」
疾走する妖馬の後を追って来ていたのに、素早く忍は片膝をついて何かを喋ろうとするが。
「まーまー、まずは一杯やりなよおにーさん。僕達を追っかけるの、大変だったでしょー?」
ぽい、と谷中が放り投げた水筒を、彼は無言で受け取った。そしてしばらく考えを巡らせた後。
「・・・・・・頂戴致します。」
気持ちを無下にするわけにもいかないので、一口だけ水を含んだ。
「で、お前はどこのどなたさんや?」
差し出された水筒を取り、北がそう尋ねた。
「己は織田軍の者にございます。信長様より預かった言付けを、六武衆様にお伝えすべく参りました。」
「「「よし帰ってください。」」」
「無理です。」
俺様何様魔王様の名前が出た途端、一斉に帰れと言われるが、それは不可能な話だ。
「何だよ、一体オレ達に何させよーっていうんだ?」
イヤな予感がするなぁ、と木下がぶつくさと文句を垂れる。まぁ確かに、その気持ちはわからなくともない。
「・・・・・結論から申し上げますと、一度尾張に帰ってこい、とのことにございます。」
「「「ヤダ。」」」
即答。即答である。理由を聞けよ、と忍は心の中でつっこみつつ、聞こえなかったフリをして続けた。
「今、信長様のところには、実妹のお市様が帰っておられます。お市様が、六武衆様方にお会いしたいと申されておるのです。」
「お市様?なんで?」
信長の実妹にして、悲しき佳人お市の方。浅井長政に嫁ぎ、彼との間に三人の女子をもうけたのだが、後に兄・信長との戦にて夫を失い、信長の家臣である柴田 勝家と再婚したが、そこでもまた戦が勃発、最終的には夫婦共々自害に追い込まれてしまうという、何とも可哀想な運命の人なのだ。
そのお市が尾張にいるということは、朝倉・浅井連合軍VS織田・徳川連合軍で行われた「姉川の戦い」は、既に終わってしまったのだろう。
しかし、そのお市が自分達に会いたがるとはどういうことなのだろうか。
「わけは道中でお話致します。とにかく、急いで尾張へ。己も共に参ります。」
そういう忍の言葉に、六人は顔を見合わせた。
「どーする?」
「どーもこーも・・・・・無視して行けるか?」
「無理やな。」
「だよねー。」
「・・・・・・とんぼ返りか。」
「目的地が決まってよかったじゃないですか。」
ささっと肩を組んで円陣を作り、ひそひそと相談するが、まぁ忍には筒抜けだろう。
「お急ぎください。信長様から早急に、と命じられているのです。」
「わかった、わかったからその視線の圧力やめて痛い。」
何か必死にこっちを見つめる忍に根負けして、六人は渋々頷いてみせた。途端、彼はほっと安堵したような表情になる。
まぁ、あの魔王様のことだから、わからなくもない。
「じゃ、移動の前に忍のにーちゃん。ちょっと聞いてほしいことがあるんだぞ!」
そう木下が元気よく言った瞬間。ずごごごごご、とすごい音がした。発信源は、彼女の腹。つまりは。
「オレ・・・・・・お腹、空いた・・・・・。飯喰わなきゃ、動かない。」
へなへなと情けなく崩れ落ちる彼女に、今度こそ忍は我慢していた溜め息を深々と吐いた。
この際はっきり申しておきますが、このようなことは本来忍の仕事には含まれておりません。今回は仕方のないことですが、以後飯炊きなど忍に命じませぬように。とぶつぶつ文句を言いながらも、忍(名前は雪松というらしい。)は瞬く間に食事の準備をしていく。
ドロンと消えたかと思えば、5分もしない間に魚をたくさん獲ってきて一瞬で捌き、手際よく塩を擦り込んで火を起こして焼く。
魚だけではなく、食用の木の実なんかも揃えてあった。恐るべし、忍スキル。
「これくらいでよろしゅうございますか。」
「いただきまーす!!!!」
返答せずに、大喜びで魚にかぶりつく木下を、呆れたような顔で雪松は眺めた。
「うまー!この絶妙の塩加減!焼き色!さすが忍!」
「塩加減と焼き色で忍褒められてもうれしくねーだろ。」
「・・・・・この木の実、美味いな。」
「いや、マジで塩加減最高やで。」
「私、お茶が欲しくなってきましたよ。」
「あー、ほんとほんと。僕、それでお茶漬けにしたい・・・・・。」
和気藹々とした雰囲気に、雪松は早くしてくれと切実にそう願ったらしい。
雪松の意外なおかんスキルにより、無事に昼ご飯にありつけた六人は、ようやく彼の願い通り尾張へと向かうことに納得した。その道すがら、何故市姫が自分たちに会いたがっているのかを雪松は話し始める。
事の始まりは、当然といえば当然だが、織田・徳川軍VS朝倉・浅井軍による「姉川の戦い」からだ。この戦、結果的に言えば信長が勝利を収めたのだが、六人が呼び出された理由は、尾張に戻ってきた市姫の様子にあった。
「お市様は信長様の実妹。おわかりかと思いますが、普通の女人ではありませぬ。」
「お市さんも、信兄とおんなじ神憑きだったんだね。」
谷中の言葉に、雪松は深々と頷いた。
「左様にございます。ただ・・・・・・お市様は、六武衆様と違い、神憑きの力を制御するだけの鍛錬は受けておられません。それ故、感情が高ぶられると、お力が荒れてしまうのです。」
雪松はここで何か思い出したのか、眉を寄せた厳しい表情で続ける。
「お市様のお力は、信長様と同じ「炎」。炎の神憑きは、七つある力の中でも最も強い破壊力を持つ・・・・・・今、安土の城内は大荒れです。」
つまりはアレか、手に負えなくなった妹の面倒をみろってか。そんな思いが顔に出たのか、雪松はイラッとしたように言う。
「お市様「が」お会いしたいと申しているのです。勘違いなさりますな。」
「でも結果的には、あたしらにどないかしてほしいんやろ。」
北のめんどくさそうな指摘に、雪松はますます渋面を作った。だいたいあってるから言い返せない。
「信兄には世話になったし、行かないとしょうがねぇかな。」
「・・・・・・断ると、後が怖いってのが本音だがな。」
梅本と小川は、互いに顔を見合わせてそう言い合った。日頃から諦めるのは早いほうだ。
「お市の方といえば、かなりの美人って話やったなぁ・・・・・楽しみやわ。」
「うおーいマンボウ、顔がにやけてるぞ気持ちわりーからヤメロ。溶けたアイスみたいじゃねーか。」
北はニタニタと笑いながら呟き、木下が引き攣った口元で呻いた。
「でも、どうして私たちに会いたいんでしょうか?私たち、姉川の戦には全くの無関係だと思うんですけど・・・・・・。」
「うーん、それは僕も不思議に思うよ。何か僕たちに聞きたいことがあるのか、してほしいことがあるのか。」
マトモな事を議論する山中と谷中は、ちらっと雪松の顔を一瞥する。彼はその視線に気づいたようだが、何も言わずにそれをやり過ごしたのだった。
妖馬を飛ばし、安土城目指すこと数日。体力とスピードが並外れた馬だからこそ出来る所要時間で、六人と忍一人は尾張に入っていた。
「相変わらず、魔王の城下とは思えないくらい賑やかだな。」
商人の威勢の呼び込み、女達の笑いさざめく声、そして、自分達にかけられる「おかえり」の声。
「お城の影響が少なからず出ているのかと思っていたのですが・・・・・。」
辺りをきょろきょろと見回しながら、山中は感心したように言う。城内の大変さを、少しも民に気取られていないのは、流石というべきか。
「民には関係のないことだ、余計なことを感づかれて、いらぬ心配なんぞされてはかなわん・・・・・とのことにございます。」
雪松の言葉に、、ああ、やっぱり魔王様はツンデレポジションなわけだ、と六人はひっそり納得する。以前に、見た目は怖いが優しいところもある、と濃姫が言っていたのを思いだして、ニンマリと笑みがこぼれた。うんうん、ツンデレっぷりは健在のようでなにより。
しばし城下の風景を楽しみつつ進み、やがて最初に圧巻された安土城の入口、岩の大橋が見えてくる。そこを渡れば、もう城内だ。
しばらくぶりの安土城は、ぱっと見て特に違和感なし。内部が大荒れだと聞いていたが、綺麗なものだ。
「このあたりは目立ったモンはないな。どの辺がえらいことになっとん?」
胡散臭そうに北は言い、雪松をじろりと見る。
「・・・・・ここは、何とかこの状態を保っております。こちらへ、まずは信長様にお目通り下さいますよう。」
すでに知らせが行っていたのか、下男が数人控えており、六人は彼らに馬を預ける。
さらに奥に進んだ瞬間、目に飛び込んできた有様に、一同は目を剥いた。
「な・・・・・・・・なんじゃこりゃ。」
思わず飛び出た言葉を聞き、雪松はやっぱそうくるよな、と内心納得した。
黒焦げ。そう、黒焦げなのだ、どこもかしこも。
壁も柱も、床も天井も、庭も庭石も、真っ黒黒助の襲撃にあったかのように焼け焦げている。
「・・・・・・・・・これ、お市さんがやったのか?」
確認をとるように向けられた小川の視線を受け、雪松はこくりと頷いてみせる。
「あ、なんか俺帰りたくなってきた。」
「あたしもや。ややこしい匂いしかせぇへんし。」
見るからにめんどくさそうな事態に、梅本と北は二人揃って渋面を作る。
そして、こんな惨状を作り出したお市が、一体どのような人物なのか思考を巡らせた。
「こちらです。」
長い廊下を渡り、見たことのある部屋の前に連れて行かれると、雪松はそこでふっといなくなった。
「信長様、六武衆を連れていまいりました。」
「・・・・・・・入れ。」
聞こえた声は、確かにあの信長のものだ。彼のものだが、何かが違う。些か声に傲慢不遜さが足りないというか、偉そうな感じがないとか、そう、全体的に覇気がない。
「信兄・・・・・・?どったの?」
そうっと木下が顔を覗かせると、どこか疲れた様子の信長が、まぁ入れというように、手招きをした。
「お久しぶりです。お元気・・・・・・そうではありませんね。」
信長の前に腰を下ろし、山中が気遣うように言った。
「・・・・・・・・ハッ、餓鬼共にも察されようとはな。そんなに酷い顔をしているか、俺は。」
信長は自らを嘲笑し、ふうっと溜め息を吐いた。
「まあね。少し顔色悪いよ・・・・・・・・で、一体何があったの?何か一面焼け野原なんだけど。」
お疲れ具合の激しい信長に、驚いた顔で谷中は問いかける。
タイミングよく、侍女がお茶を持って現れた。立ち上がった梅本がそれを受け取り、礼を言って彼女達を下がらせる。
それぞれにお茶を配り終え、さぁ聞くぞ、と言わんばかりの様子に、信長はほんの少しの笑みを作る。
彼等なりに心配しているのか、六人の真面目な眼差しが普段の態度と違って笑える。
「もう既に雪松から聞いているとは思うが。」
一言だけ前置きして、信長は今回の事件について話し始めたのであった。
今年最後のうpになります。
皆様、おはこんにちばんわー、夜さんです。
気づけばもう12月も中旬ですね・・・・・風邪ひいてないですか?
なんかここんとこ、ノロウィルスが流行ってるとか流行ってないとか。
インフルエンザは体験しましたけど、ノロはまだだなぁ。
あ、かかりたくないですよ断じて。インフルエンザはもう二度とかかりたくないです、あれで人死ぬの解りましたから。身を持って。
さて、五十話まであと残り二話ですねー、川中島のあと、再び尾張へ舞い戻った六人ですが、魔王様の妹君といかに関わっていくのでしょーか。信長の頭を悩ませる市姫の姿とはいかに?
お次は四十九話です、次回と来年もよろしくお願い致します。