四十六の噺「わかってて黙ってるのって、性質悪くね?。」
愕いて目を丸くしたのは、謙信だけではない。
「待て、ちょ、え?今何つった?何つった?」
「本当の姿って言ったよな?な?」
現代語丸出しで、信玄に詰め寄る六人。
その形相に若干退きつつ、彼はおろおろと目を泳がせた。
「え?儂、何かマズイこと言った?」
「いやまずくないけどね!?寧ろうまい……じゃなくて謙信さんが!」
そこで一度言葉を切り、全員でハモる。
「「「女の人だって、気付いてたわけ!!?」」」
大声で叫ばれ、信玄は呻きながら耳を塞いだ。
「あー!耳元で叫ぶでないわ喧しウグッ!!?」
「叫びたくもなるわ!なにそれなめてんのふざけんなコノヤロウバカヤロウっ!!!」
「ま、待て!締まっている!信玄が締まっているぞ!落ち着け六武衆!!」
間。
色々と飛び出たびっくり要素をとりあえず鎮めて、六人はジトーッとした目で信玄を眺めた。
「信玄、いつから気付いていたのですか?私が女であることに。」
謙信はそう尋ねた。
自分の部下でさえ、知るものは僅かだったというのに、この男はいつから気付いていたのだろうか。
「そうだのう……はっきりとではないが、大体二回目の戦の時くらいだったか。」
「え、そんなに早期で?」
思わず梅本は、謙信をマジマジと見た。
「なんだ、お主等は気付かなかったのか?」
逆に問われ、六人はうーんと曖昧な表情をつくる。
「どちらかと言えば、中性的な感じですからね……声もそれなりに低くしていましたし、立ち振舞いも仕草も男性のそれでしたし。」
「……体つきも男っぽくしてあったからな。男か女か、判断しかねていたんだ。」
山中と小川がそれぞれ言い、皆はそのとおりだと頷いてみせた。
「じゃあ、全部わかっててやってたのか。タチわりー……」
げんなりした顔で、がくりと梅本は項垂れる。
「つまんねーどころか、骨折り損のくたびれ儲けだぞ。お館様、オレ達の努力返せよ金目のもので今すぐ。」
「何で!?儂強制してないよねお主等に!!」
真顔で木下は信玄の胸ぐらを掴む。
チンピラ並みの因縁の付け方に、信玄はワタワタともがいた。
「いけませんよ、チロさん。」
穏やかな声と共に横から手が伸びてきて、木下の無体を押さえる。
見れば、にっこりと笑う山中がいた。しかし、その微笑みは泣く子も主に恐怖で黙る、「西太后の笑み」である。
「そんなのでは生温いです。温すぎて半身浴すらできないくらいですよ?」
ギリリ、と木下の肩を掴む彼女の細い手に、力が篭った。
「い、いだだだ!?痛い、痛いんだぞミナちゃん!?」
バタバタする木下から、あらごめんなさいと離れた山中は、張り付けた笑みのまま龍虎ににじり寄った。
「え……あの、山中殿?」
何か黒い後光を背負う山中に、顔を引き攣らせて謙信が声をかけた。
「まったく、何ですかこれ。ドラマチックな川中島の戦いが、今私の中でタダの痴話喧嘩にランクだだ下がりですよ。」
「……そこなのか、ポイントは。」
山中の舌打ちに、小川は呆れて呟くが、彼女の一瞥を受けて、素早く口をつぐんだ。
「まったく、言いたいことがあるのなら、さっさと言ってしまいなさい。いつまでも煮えきらずにぐずぐずして。お館様もお館様です、何ですあのふざけた態度は。戦国大名のクセに貴方アホですか?」
山中の醸し出すおっかない雰囲気と、ハリセンボン並みに刺々しい視線が、龍虎にザックザク突き刺さる。
「いや、その、山中殿。私は……」
「山中殿、と、とりあえず落ち着いて……」
「お黙りなさい、この腰抜け共。つべこべ言える立場ですか。」
びゅん、と鎌鼬が顔スレスレを掠めて、ピタリと龍虎は口を閉ざした。
あーあ、と残りは溜め息をつき、誰が山中を宥めるか話し合う。
「どーするよ、あれ。」
「どーもこーも、ほっとくしかないんじゃない?僕は嫌だよ、あの間に入るとか。」
あっはっは、と軽やかな笑い声をたてて、谷中は爽やかに切り捨てる。
「だよなー。迂闊に触ると、うっかり死んじゃいそうじゃね?精神的に。」
同じく、関わる気がサラサラない木下が言う。
「……ちょっとタバコ……」
「待たんかいコラ。」
そそくさと逃げ出そうとする小川の襟首を、光の速さで梅本が鷲掴みにする。
「何だよ!影の薄い俺なんかいてもいなくても状況に変わりはないだろ!」
「一人だけおいそれと逃がすか!飛び火喰らうならお前も一緒だ!」
題目は「山中の説得及び事態の収拾」だった筈なのだが、初っぱなから軌道がズレている。
しかし六武衆諸君よ、気付かないか。 一人足りないということに。
いつのまに姿をくらましたのやら、北が何処にもいない。その頃、北は。
「なァーんでお前はここにいるんだ?」
「何か色々めんどくさそうな予感がしたから逃げてきたんや。」
「……お話は宜しいのですか。」
少し離れたテントでまったりと寛いでいる北に、昌幸と定満は呆れたような目を向けた。
しかし、彼女はゆるりと半目で笑ってみせる。
「あればっかりは、当人の気持ち次第やわ。けどまぁ、あれやな。なし崩しはこっちの専売特許やし、そのうちうまいことまとまるやろ。」
グダグダさなら、現代人の方が何枚も上手だ。
しかも、今あそこで弁舌を振るうのは、かなりご立腹の我等が「西太后」。おまけに「勝者」の特権付き、ついでにも一つ、惚れた腫れたの弱みありときたものだ。
「ありゃー勝ち目ないわなぁ。陥落間近やで、果報は寝て待てってゆうやん。」
一人で納得して、北は本格的に休む体制に入る。それをポカンと見ながら、昌幸は首を捻って呟いた。
「なぁ、さすがに意味がわからねェんだが。」
「大丈夫ですよ、真田殿。私もまったくわかりませんから。」
昌幸の肩を軽く叩き、定満は状況の追求を諦めるのであった。
~龍虎のテントにて~
さて、お怒りの西太后様のお説教を絶賛味わい中の龍虎二人。
「いいですか、謙信様。将たるもの、時には思い切りの良さが求められる場合もあります!迷いがあるまま戦に挑むなぞ、言語道断もいいところですよ!」
「……は、はい。」
ビシッと山中に指差され、謙信は眉を下げて頷いた。
迷いがまったくなかったのか、と聞かれれば、答は嘘になる。
己を兼続の攻撃から庇い、傷を負った信玄の姿を見て、取り乱した自分がいる。
彼の傷が大したものではないと知り、目を覚まして元気そうだった彼を見て、ホッとした自分がいる。
結局、いかに心の底に沈めようとしても、無駄なことだったのだ。
深々と溜め息を吐いた謙信を一瞥し、山中は信玄の方へと目をやる。
「お館様。一つお聞きしても?」
「う、うむ。」
「素直に答えてくださいね。上杉と武田、両者を結ぶ親密な縁……欲しくはありませんか。」
いつになく真剣な顔で、山中は信玄に問いかけた。
「……親密な縁、とは?」
「共に盃を交わせるような縁。刃を交わすのではなく、楽しみや悲しみを交わしあえるような縁です。」
怪訝そうな表情をつくる信玄に向かい、山中はにこりと笑ってみせた。
「以前に仰ってましたね。謙信と共に盃を交わせるなら、と。それ、実現したくはありませんか?」
この言葉を聞き、信玄は謙信の方へと目を向ける。
ばっちりと合った視線を、どこか慌てたような様子で、謙信は逸らした。
「………縁か。山中殿も、随分とずるい言葉を選んでくれたものよ。」
ふっ、と微笑む信玄は、そう一人ごちて。
「儂は、欲しい。その縁を望む。謙信よ、お主はどうだ?」
そうきっぱりと言い放った。
謙信は俯けた顔を上げ、拳を握る手に力を込める。
「私も……欲しています。信玄、貴方との繋がりを。私は…私は、貴方をお慕いしているのだから。」
告白キタ――!!!!と、今の今まで空気と化して状況を見守ってきた四人は、満足そうな山中にVサインを送った。
「……儂を、か?」
背後にて、無言でジタバタする四人の気配を感じつつ、信玄は頬を染めて頷く謙信をポカンと見つめた。
「儂は見ての通り、むさ苦しいじじいだぞ。いつも職務をほっぽりだして、勘助に大目玉を喰ろうておるし、オヤツは昌幸に勝手にとられるし……その、芋虫が大嫌いだし。」
あわあわと信玄は狼狽えて、助けを求めるように後ろの五人へ視線をやるが、彼等はスイッと顔を背けてどこ吹く風。
「それは……今初めてお聞きしました。でも、少しも情けないなどと思いませぬ。信玄、私は今すぐに答を頂きたいとは考えておりません。少しずつ、私と貴方との縁を結んでいきたいのです。」
言うことを言ってしまって胸のわだかまりが解けたのか、謙信の声や表情に凛々しさが戻ってきた。
「まずは、甲斐と越後の間に和議を。それから、沢山のことを私に教えて欲しいのです。甲斐のこと、貴方のこと、貴方の素晴らしい家臣のこと……。」
押せ押せ、押して押して押しまくれー!
声を殺し、だが必死に皆は謙信を応援する。
「……お館様、女人にここまで言わせてしまうのは、少々男の誇りに関わるのでは?」
最後の一押し、山中が笑いを何とか噛み殺して、信玄の肩を叩く。
「え、あ、う、そ、その……儂で良いのか、ホントのホントに、儂で?」
何かもう一杯一杯なのだろう、信玄はオーバーヒート寸前だ。
そこに、トドメの一言。
「私は、貴方がいいのです。」
ぷしゅー、という音が、今にも聞こえてきそうなくらいに、信玄は真っ赤だ。
「う、う………ふ、不束者だが、よ、宜しく頼む……」
「いいえ、私こそ……信玄、これから宜しくお願いいたします。」
ブハッ、と誰が吹き出したのか。
もうこれ以上は堪えられないとばかりに、もの凄いバカ笑いが爆竹のように弾け出た。
え?と龍虎がそちらを見れば、黙って事の行く末を見ていた五人が、折り重なるようにして呼吸困難に陥っているではないか。
「無理ッ……もー……無理ッ……!!!」
「不束者って……逆じゃね……?」
ヒィヒィと変な声が喉から漏れ、ひくひくと体が跳ねる。
「えーと……とりあえず、大丈夫かお主等……?」
~落ち着いて深呼吸、深呼吸~
何はともあれ、六人の作戦は見事成功した。
川中島の戦は終結、甲斐と越後には和議を結ぶことになり、謙信も自分の想いを伝えることができたし、対する信玄の反応も悪くない。
しかし、やることはまだ残っている。
「……両軍に、このことを伝えないといけないな。」
一頻り笑い終えた後、ようやく小川が口を開く。
「あー、そうだなぁ……めんどくせー。」
こっちはもう、へとへとなのだ。
梅本は喋る元気もない、と肩をすくめてみせた。
「お…?そーいや、マンボウの奴どこ行ったんだ?」
木下が辺りをきょろきょろ見回す。ようやく気付いたのかお前ら。
「あれ?ホントだ。いつからいないの?」
「さぁ……私、お二人にお話しするのに夢中でしたから気づきませんでした。」
谷中も山中も、というか誰も北がいつ抜け出したのかわからないらしい。と、噂をすれば影。
「おぉ、終わったんか。ご苦労ご苦労……八方丸うに収まったか?」
テントの幕を捲り、無性に腹のたつニタニタ笑いを浮かべて登場したのは、話中のマンボウである。
「お前はちょっと吹っ飛んでこいよこの世の果てまで。」
「どの面さげてきやがったこの腐れ能天気。」
「オホーツク海に沈めんぞコラ。」
至って真顔で吐かれる散々な罵倒にも、微動だにしない北。ある意味神々しい。
「オホーツク海にマンボウおらんて。」
「「「じゃあ太平洋にブッこんでやんよ!!!!」」」
彼女が拳を三発ほど喰らうのは、いつものことだ。
「毎度毎度懲りないね、楽しい?」
溜め息をついて、谷中と山中は痛そうに頭を擦る北を眺めた。
「楽しそうに見えるん、これが。」
「むしろ痛そうに見えますね。」
「大正解や。」
さて、馬鹿げたやりとりもそこまでにしておこう。
「で、何しにきたんだよマンボウ。お前、どっかその辺で寝てやがったんじゃねーの?」
木下の問いかけに、マンボウはむふふ、と笑う。
「聞いて驚け見て笑え。あたしかて、ずぅーっと寝とったわけちゃうで。「お前らの為に」色々働いとったんや。」
「恩着せがましい言い方だな。」
ジト目で呟く梅本だが、あっさり無視される。
「まぁ後から色々あるやろうから、マッキーに頼んでちょっと面倒を省いてもろたで。」
そう言いながら、北は手を二回打ち鳴らした。
すると、幕が勝手に左右から引き上げられていく。そこから見えたものとは。
「…………え?」
目を丸くする彼等の前……正確にはテントの前に、そりゃもう見事に平伏する両軍の姿があった。
師走です、おはこんにちばんわ。
惜しくも11月中にはうpできまへんでした・・・・・・・・。
まだ続きます、うふふナゲェよ馬鹿。
でもお気に入りが200件超えてたりしました。うわーお。
こんな進みの遅い作品をお気に入り登録して頂き、ありがたいかぎりです。
ありがとう、そしてありがとう。
次回もよろしくおねがいします!