四十五の噺「認め合いこそイイ大人の証だって、テレビとかで言ってた。」
痛い。熱い。だるい。疲れた。喉乾いた。腹減った。
そんなことばかりが、頭の中をぐるぐる回転する。
閉じた目を開けることさえ億劫だが、ぼやーっとした中で、自分達が今どのような状況なのか、あの二人はどうなったのかということが、フラッシュバックのように現れた。
「「「……お館様!?」」」
「「「……謙信さん!?」」」
ガバッと飛び起きれば、ゴッチーンと頭に衝撃が走る。
「「「「うおおおおぉぉ……!」」」」
目にチカチカッと星が散る。
どうやら、お互いの頭を結構な勢いでぶつけ合ったらしい。あまりの痛みに呻いていると、クスクスと笑う声がした。
そちらを見れば、互いの傷の手当てをする龍虎の姿。
「起きる瞬間まで、お主等は騒がしいのう。」
「本当に。見ていて飽きない。」
両者の間に漂う穏やかな空気に、六人はパチパチと目を瞬かせた。
まだ頭がガンガンするせいか、状況が脳みそに浸透してくるスピードが遅い。
「……で、全員どうなったんだ。」
やっと、小川がぽつりと口を開いた。
龍虎はチラリと目配せしあうと。
「「とりあえず、六武衆(お前達)の勝利といったところか。」」
その言葉を聞いた六人は、ぽかーんと口を開けて固まった。
勝利……勝利……!?
その言葉が頭の中をリフレインする。
真っ先に反応を示したのは、木下だった。
「いいぃっやったあああぁ!!!!」
身体の痛みも忘れて、木下はバネのように飛び上がって喜ぶ。
「いやぁ……まさかホントにこの龍虎に勝っちゃうとはね。ま、僕も頑張った甲斐はあるかな。」
薬の影響で、まだキツそうな谷中だが、彼女は満足そうに頷く。
「これで私達も、心置きなく前に進めますね。」
山中はバサバサに乱れた髪を治しつつ、にこりと笑った。
「は―――っ……疲れた……マジに疲れた。」
梅本は安堵に天を仰ぎ、小川は無言でにんまりと口角をあげる。
「……お、何かようさん来よったで。」
戦中には影を潜めていた北の塩鯖のような目が、遠くの方から集まってくる一群を見つけた。
赤と白の旗印がごっちゃになったそれは、上杉軍と武田軍だった。
「お館さまあああああぁ!!!!」
「殿おおおおおぉ!!!!」
うわうるせー、と六人が顔をしかめている間に、一群は物凄い蹄鉄の音を響かせて、それぞれの主を取り巻いた。
がやがやと騒ぎ立てる部下達の眼は怒りに燃え、それは明らかに六武衆に向けられていた。
龍虎は視線を交わし合うと、すっくと立ち上がり。
「「鎮まれ、この馬鹿者共ッ!!!!」」
川中島に、龍虎の雷が落ちた。
その威力のハンパないこと、この怒鳴り声には全く関係のない六人ですら、首をすくめ姿勢を正した程だ。
シーンと静まり返った中、謙信が口を開いた。
「我等の戦は終わったのだ。我等が六武衆に敗北したのは、偽りなどない。」
その後を、信玄が引き受ける。
「その通りよ。この者達は、純粋に己の「武」のみで我等に挑み、見事勝利を納めたのだ……そうであろう、真田の忍達よ。」
チラリと後ろを振り返ると、いつの間にいたのか、真田忍隊が恭しく片膝を付いた姿勢で畏まっている。
「仰る通りで。」
「我等の名にかけて、真なり。」
忍と言えど、只の忍ではない。武田に仕える「真田の」忍なのだ。
しかも、さっきの言葉は真田忍隊のデュアルホーンこと猿飛 佐助と霧隠 才蔵のもの。
そんじょそこらの一兵卒とは格が違う。
「ほら、これ返すよお二人さん。」
これ以上のいざこざはナシだ、の意味を込めて、梅本は二人の神器を龍虎に手渡した。
神器を破壊せず、尚且敵である二人にそれを返したことに、周囲は驚愕した。
「……これが俺達のやり方だ。」
「お館様も謙信様も、スゲーいいやつだしなっ!世話になったってのに、恩を仇で返すことはしねーよ。」
まだふらつく身体を、よっこらせと小川と木下は起こした。
彼等の行動に、周囲は困惑の色を隠せない。
「さて、それではお二方。敗軍の将として、私達の要求を呑んで頂きましょうか。」
「ミナちゃん、それ脅迫っぽく聞こえるで。」
爽やかな笑みを浮かべて、有無を言わさぬ口調の山中に、北が半笑いでユルいつっこみを入れる。
あまり穏やかではなさそうな言葉に、再び周囲は敵意の眼差しを向けた。
それを龍虎は一瞥して制し、こくりと頷いた……のだが、流石は戦国時代。主人を想う心が人一倍強いヤツが、やっぱりいる。
「恥を知れ、この外道共ッ!!!!」
「「「!?」」」
燃えるような怒りの絶叫が響いた瞬間、巨大な竜巻が六人目掛けて放たれた。
いきなりの攻撃だが、梅本がギリギリのところで壁を出し、竜巻を防ぐ。
しかしその威力の強いこと、強固な壁がごっそりと抉れた。
「あっっっぶねええぇ……!」
血の気が引くのを感じながら、ぐったりと梅本はその場に座り込んだ。
「テメーいきなり何てことすんだ!!!」
木下が食って掛かる先には、切り傷だらけの女武将、直江 兼続の姿があった。
「喧しい!!!貴様等のような薄汚い裏切り者など、私は勝者と認めない!!!」
再び風が渦を巻き、六人を狙う。
こりゃマズイ、と彼等の背中に汗が滲む。
今あれを喰らえば、多分防ぎきれない。
しかし無抵抗でいるわけにもいかず、あぁ畜生と悪態をつきながら立ち上がろうとした。
だがそんな悠長な時間を、目の前の女武将は与えてくれない。
「止めよ兼続!これ以上の戦いは無用!」
「いいえ、止めませぬ!上杉をここまで侮られて、どうして大人しく退き下がれましょう!?」
謙信の制止の声も、頭に血が昇りきった兼続には無駄らしい。
渦巻いていた風が爆ぜ、幾つもの鎌鼬が同時に六人へ刃を向けた。
「梅ッ、壁は!!?」
「だあああぁ!俺だってかなり限界なんだぞ!?」
まずいことに、一番攻撃力のある小川、続く谷中は、もう体力・精神力共にすっからからんの状態だ。
残る四人も疲弊しきって、兼続の攻撃に耐えきる自信はなかった。
「その血肉で詫びろ!!!」
詫びるかボケ、と叫びかけたとき、彼等の傍を白と赤が駆け抜けた。
そして、目の前に紅が散る。
「信玄……!?」
「……無事だな、よかった……」
状況はこうだ。
六人を庇い、その前に立った謙信。
そのまた前に、信玄が立っている。
信玄は謙信と六人を、背中を鎌鼬に切り裂かれることで守ったのだ。
がくりと膝を突く信玄を、半ば茫然とした顔で謙信は眺めた。
「お館様っ!」
「誰か布!あと水も!」
いち早く我に返った六人が、血相を変えて彼に駆け寄った。
「馬鹿な、何故敵である貴様が……!?」
佐助と才蔵の二人がかりで取り押さえられた兼続は、信玄の行動に言葉を失う。
「……まだ解らないのか。」
兼続を険しい顔で見つめながら、小川と谷中が近付いてきた。
「敵だって言っても、色々あるでしょ……そのままの意味もあるし、また少し違う意味もあるんだから。」
諭すように谷中が言い、呆れたように溜め息をつく。
「……心酔するのは結構。でもその想いが、結局あの人にあんな顔をさせたんだ。」
そう言う小川の視線の先には、悲痛な面持ちで信玄の名を呼ぶ謙信がいた。
思いもよらぬハプニングに、ドタバタすること数時間。
信玄の手当てに、いきり立つ両軍のまとめ直し、場所の変更、野営の準備……とにかくヘトヘトの身体に鞭打って、六人は戦後の川中島を駆け回った。
ようやく野営地を作り上げ、何とか落ち着きを取り戻した時には、日が傾きかけていた。
「………死ぬわ。」
六人は、魂がほやーんと口から抜けそうになりかけている状態だった。
げっそりとした表情で、北が呟く。
暫しそこで、空虚を眺めていると。
「おい、大丈夫かよ。」
「食事を持ってきましたよ。」
茶碗の乗った盆を持って登場したのは、昌幸と定満だ。
どうやら、少し早めの夕飯を持ってきてくれたらしい。
「……ごはん……?」
ぴくっと木下が反応を示す。
昌幸と定満は、その様子に苦笑しながら、六人に茶碗を手渡していった。
「一気に食べてしまってはいけませんよ。ゆっくり少しずつ、ね。」
定満はがっつこうとする木下の肩を押さえ、宥めるように言った。
皆が注意通りに食事をする中、昌幸は彼等を見回して口を開く。
「それ食ったら、お館様のとこに行きな。上杉の大将も、お前らをお呼びだ。」
「「「りょーかい。」」」
もごもごとした返事を背に、昌幸と定満はその場を後にした。
茶碗に大盛りご飯をしっかり食べて、ちょっとだけ元気がでた六人は、龍虎の待つテント(?)へと向かった。
正方形に張られた幕の入り口を捲って中に入ると、中央に横たわる信玄と、彼に付き添う謙信が見えた。
「お館様、怪我大丈夫か?」
すぐに木下が信玄の元に駆け寄って、その枕元に膝をつく。
背中に大きな傷を負った信玄だが、すぐに施した応急処置が功を奏したのか、そこまで大事には至らなかった。
「なに、儂ならこのとおり、ぴんぴんしておるわ。お主等こそ、身体は大丈夫なのか?」
謙信の支えを借りて信玄は身を起こした。
「とりあえず、半分死にそうだけどな。けど、まだやることがたくさんあるし……飯喰って、何とか立ってるとこだよ。」
ドカッと梅本はその場に腰を下ろすと、胡座をかいた膝の上に頬杖をつく。
「そうか……すまない、迷惑をかけた。」
「謝ることはありませんよ。本を正せば、私達の仕掛けたことなんですから。」
申し訳なさそうな謙信を見て、山中は苦笑を浮かべながら言った。
「……そう言えば、兼続はどうなったんだ?」
兼続が昌幸の忍に取り押さえられてから、一向に姿を現さないのを気にしてか、小川が辺りを見回す。
「とりあえず、今は謹慎中にさせてある。軒猿の報告によると、大人しくしているようだ。」
謙信の言葉を聞き、六人は少しばかり微妙な表情を作った。
何と言うか、ちょっと悪いことしたかなー、というような感じか?
「謙信よ、あまり責めてやるでないぞ?儂はほれ、何ともないのだからな。」
「わかっている……だが、どのような理由があれ、兼続のやったことは………」
一気に場の空気がどんよりしたものに変わるが。
「んなもん、後からグチグチ言うてもしゃーないやろ。止めや辛気くさい……つーかお前ら、やることあるんとちゃうんか。」
どんより感なんぞ我関せず、いつでも言いたいことをビシバシ言い放つ北に、龍虎はうっ、と言葉を詰まらせた。
正論と言えば正論だろうか。
「だね。負けたときの話、忘れたとは言わせないよ。要求はただ一つ!全部正直に話すこと!」
谷中はふふん、と笑い、龍虎を眺めた。しかし。
「というか……私は色々初耳なことが多いような気がするのだが。」
「儂、一体何を話せばいいのかわからんぞ。」
あれ?と六人は首を捻った。
そう言えば、具体的な内容をはっきり言ってなかったような気がする……特に謙信には。
「……まぁ、アレだ。謙信さんは自分のことと、自分の気持ちを全部話す。で、お館様は理解して受け入れて答えてやる。これが俺等の要求だ。今決めた、異論は認めない。」
説明が面倒になったのか、投げ遣りに梅本が言う。
残りの五人も、うんうんと頷いた。
「……確実に私の負担の方が多くないか、それ。」
「何だよ、まだ逃げんのかよ。何でオレ達に臆病者呼ばわりされたのか、まだわかんないのか。意外と頭わりーんだな、お前。」
不満を溢す謙信を、木下が嘲笑う。
「………。」
キツい言葉に、謙信は悔しげに俯いた。
しばらくの沈黙の後、深々とした溜め息を吐き、顔を上げる。
「わかった。望み通りにしよう。」
「……そうこなくっちゃな。」
決意の瞳も力強く、謙信は信玄の方へと視線を向けた。
その表情に、小川が励ますかのような呟きを贈る。
「……信玄、私は………私は、今まで貴殿を騙していた。私は、その……お、男ではなく……女、なのだ。」
震えそうな声を必死で抑えて、謙信はそう告げた。
そして両手を伸ばし、自分の頭を覆う白い頭巾を、髪を留める紐を取り去った。
同時に、ぱさりと零れ落ちる濃紺の髪が、微かな白檀の香りと共に広がる。
注がれる視線を耐え忍んでいると、ようやく信玄が口を開いた。
「美しい髪よの、謙信。まさか、お主の本当の姿を見ることが出来ようとは。儂は、六武衆に負けてよかったわ。」
優しく笑った信玄は、慈しむように謙信の髪に触れたのであった。
終わった・・・・・・・最近仕事がめっちゃ忙しくて、全然進まないですよ(汗)
あー、なかなかおわんねーなこれ。やっと正体暴露編まで来ました。
あともうちょっとかな、あと2、3話で終わらせたい。いや終われ。
いい加減次書きたい・・・・・短編も書きたいのに全然進まねぇー。
えーと、じゃあそういうことで!また次回っ!