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四十四の噺「口舌の刃で、人を斬らなきゃいけない時もある。後編だな。」

チカチカとした目の眩みと、痺れと、右肩の焼けるような傷み。


「う……こ、れは……?」


目の前に広がる、朝の眩しい光を宿す空。

どうやら仰向けに倒れ、肩口にあの矢が刺さっているらしい。


「よー、生きてるか上杉 謙信。」


ひょこっと視界に入るのは、疲れはてた木下の顔だ。

肩には回収してきたのだろう、くったりした谷中がもたれていた。その隣には、同じくくったりした山中が座っている。


「……何故?」


木下の手に握られた、自分の神器を見つめて、謙信は理由を問う。

神器の破壊が、討ち取ること。なのに、三人はそうしようとしない。


「うっせーな、お前みたいな臆病者の首「神器」なんかいらねーぞ。」


顔をしかめて木下はそう吐き捨てる。


「まったくです……闘わずして逃げるような人の首捕っても、意味ないじゃないですか。」

「そうだね……後味悪いし、面倒だよ。」


山中は呆れたように溜め息をつき、谷中は力なくへらりと笑った。


「……私が、臆病者……?」


そんなこと、産まれて初めて言われた、と謙信は困惑したような表情を見せる。


「そりゃそうだろ。皆、お前のこと好きだからそう思わないんだ。」

「何度も、言っていたな……理由を聞かせてくれ」


謙信の視線を受け止めて、三人は声を揃えて言ってやる。


「「「自分で考える努力をしろ!」」」


ピシャリと叩き付けるように言われ、ますます困惑してしまう謙信なのだった。

とりあえず、場面転換といこう。

残る大将首、甲斐の虎との戦いの行方は……?


















辺り一帯に、炎と土の匂いが満ちていた。

焦土を踏み締め、小川、梅本、北の三人は猛虎と対峙する。

双方共に、肩で息をしていた。

先程まで、地面を凍らし焦がし揺るがす、チャンバラと呼ぶには規模の大きすぎる立ち回りをしていたとこだ。


「…王子、大丈夫か?」


梅本が、特に疲弊している小川を気遣う。

炎の神憑きは、抜群の攻撃力を誇る反面、スタミナ切れが早いのだ。


「……いける。」


いつも以上に言葉少なく答える小川に、二人はああ、限界なんだなと思った。

だが、それは同じく炎の神憑きである信玄も言えることだろう。


「ふう……さすがに、お主等三人はキツいのう。」


表情こそ余裕そうだが、顔色の悪さと冷汗だけは隠せそうにない。


「そらこっちのセリフやわ……そろそろ終わりにしたいんやけど。」


北は吐き捨てるように言い、手や足にできている火傷の痛みに唸った。


「思うことは同じよ。甲斐の虎ともあろう儂が、お主等のような新参者の好きなようにされるとは……もう歳かのう。」


来国長が紅に輝き、熱を帯びる。煌々とした光に、三人は慌てて身構えた。


「……だったら!」

「もう観念しろッ!!」


小川と梅本が叫び、信玄に向かって駆け出した。


「抜かせ、そういうわけにもいかんのよ!」


体力的な問題か、梅本の方が信玄に辿り着くのが早かった。

降り降ろされる地国天を、熱を帯びて真っ赤に染まる来国長が受け止める。


「問うぞ六武衆、今一度!!何故斯様な無茶をする!?儂の納得する答を申せ!!!」


地国天を弾き、信玄は己の掌でそれを掴んだ。

続く小川の刀身を、来国長で防ぐ為だ。


「こた、えも…何も!」


ぐっと噛み締めた歯を抉じ開けて、梅本は言葉を続ける。


「あんたが認めて受け入れないと!俺等がいくら言ってもわかんねぇだろッ!!!ってか気付けよこの朴念人!」


バキバキ、と彼の周りの大地が盛り上がり、蛇の鎌首のような形を作っていく。


「む……!?」


次々に突き刺さる岩の鎌首を、信玄は来国長で叩き落とす。

その岩の間から、陽炎丸の切っ先が縫うように現れた。

深紅の袖を翻して、小川が陽炎丸を信玄目掛けて降り下ろす。

やむなく彼は、来国長で陽炎丸を迎え撃った。

防ぐもののなくなった岩の鎌首は、鋭く硬いその先端で、遠慮なく信玄の身体を切り裂いていく。


「ッ、調子に乗るな童供が!」


信玄の咆哮が上がった瞬間、紅蓮の炎が噴き上がり、周囲が爆発を起こす。

彼を切り裂いていた岩の鎌首は、一瞬で粉々に砕け散った。

当然、その爆発に巻き込まれた小川と梅本は、熱風と衝撃に、ぬいぐるみのように吹っ飛ぶ。

地面に叩きつけられ、肺の中の空気が一度に吐き出される感覚は、元一般人にあまりにもキツい。


「う……こ、りゃ…マズイ……!」


痛みと苦しさに、梅本は身を捩った。

片目を開けて小川の様子を伺うと、既に息も絶え絶えのようだ。

武田 信玄、なんというパワータイプだろうか。体力も筋力も、到底段違いである。

どうすればいいのか、と答に辿り着けない思考を巡らせていると、ふと、懐の奥から微かな振動を感じた。

間違いない、携帯のバイブレーションだ。

信玄に見えないように身体を壁にして、梅本は必死に携帯を掴み出した。

パカリと開くと、メールの送信者は『マンボウ』とある。

そういえは、先程から北の姿が全く見えない。


「あンの、腐れ変態……!人が……死に、かけてんのに……!」


憎悪の声もおどろおどろしく、梅本はメールを開いた。

するとそこには、短い文面が。


『虎を抑えろ。炎上網をあげて、空を隠せ』


人間、追い詰められ過ぎれば、逆に頭が冴えてくることがあるという。まさに今、梅本の脳味噌がそれだ。

一行ちょっとの文章で、北が何をしようとしているのかが大まかにわかった。


「王子……!おい、起き…ろ!」


懸命に手を伸ばして、梅本は小川の肩を掴んで揺すった。


「………う、め……?」


目をゆっくり開いた小川は、ボーッと呆けたような顔をしていたが、すぐに自分達の状態を理解して、正気を取り戻した。


「大丈夫か……?起きるぞ、よっと!」


歯を食い縛って、二人は身体を起こした。

信玄を見ると、彼も堪えてきたのか、片膝をつき荒い息を吐いている。


「王子……一回でいい、炎上網って、出せそうか?」


梅本は軋むような痛みに顔を歪めながら、小川に問いかけた。

今度で終わりにしないと、もう自分達が持たない。この一回で、止めを刺す。

小川は梅本の表情に何かを察したのか、一言だけ言葉を発した。


「……決めるんだな?」

「おう。」


頷く小川に、にんまりと笑いかけ、二人は神器を支えに立ち上がった。

よろめく足を、股をぎゅっとつねることで叱咤する。


「「せえええぇぇのおおおおぉ!!!!」」


鬼気迫る顔で、腹の底から気合の絶叫をあげ、走れ孝研男衆!風のように!

何やら雰囲気がガラリと変わった二人の勢いに、信玄は目を丸くした。


「伸びろ土地鮫えええぇ!!」


ガアン、と梅本の地国天が大地を打ち付けると、鮫の背鰭型の岩が次々に起き上がる。

そしてその岩は、生き物のように地面を走り出す。

小川はその内の一つに飛び乗ると、真っ直ぐ信玄のもとに走った。

信玄は向かってくる背鰭岩を破壊していくが、出るわ出るわ、幾ら潰しても岩は途切れることはない。

彼の噴き上げる炎も、次第に威力を弱めていく。


「何と……しぶとい……!!」


苦々しく呻いた信玄が、来国長を大きく振るおうとしたその時、何やら硬い物が片手を封じた。

目をやれば、先端を伸ばした背鰭岩が二つ、己の腕にがっちりと噛み合っていた。

そうこうしてる間に、残る手足も絡めとられてしまう。

背鰭岩の一つに乗った小川は、その瞬間を見逃さず、これが最後とばかりに陽炎丸を強く握り締めた。


「……翔べ、炎狐!!!」


水平に空へ翳した陽炎丸の刀身から、炎が滝のように溢れ、空を鮮やかな朱に染め上げていく。

信玄の視界が、一面炎で一杯になったとき。

声が、聴こえた。


「上出来や、ご苦労。」


のんびりしているが、何処か傲慢な響きを持つこの声は。

突如、周囲の温度が下がり、炎上網がフッと消えたがと思うと、上空に見えた光景に、皆口をあんぐりと開けた。

何故か、北が飛んでいる。何処をって、空を。

その両手……正確には凪鮫の先に、バカでかい水の塊を持ち上げて。


「おま……その水……!?」


梅本がようやく言葉を吐き出し、何事か思い出したらしく、あっと声をあげた。

すっかり忘れていたが、川中島には何本もの川が流れている。

その中でも、一番太い川が『千曲川』である。

龍虎や自分達の力により、大半の川は埋まったり凍ったり煮えたりしたが、千曲川の水は乱入により距離が離れたのか、あまり被害を受けていなかったのだ。

彼女は、小川と梅本が必死に信玄と戦っているどさくさに紛れ、馬を捕まえて千曲川まで走り、水を背負えるだけ背負ってきたのだ。

どうやって空まで昇ったのかは謎として、余程疲れたのだろう、北にしては珍しく、汗だくだった。


「行くで……!防げるもんなら、防いでみいや、水・流・弾!!!」


直径50センチはあるだろうか?

通常よりも遥かに大きい水の弾丸が、マシンガンの如く乱射される。

それを信玄はもろに受ける。あまりの威力に岩の枷は砕け、彼の大きな身体は地面へと倒れこんだ。


「まだ終らんで!折角重たい思いして運んだ水や、全部受けてもらうわ!!!」


ギラリと目を光らせ、北はグッと力を込めた。

途端、ビシビシと水の塊が凍り始め、瞬く間に巨大な氷塊に姿を変えていく。

信玄は何とか身を起こすが、北は落ち行く中で狙いを定め、氷塊を思いきり信玄に叩き付けた。


「むう……!させんぞ!!」


仁王立ちになり、真っ向勝負の構えをみせる信玄。彼の身体から熱気が立ち昇り、来国長に炎が宿る。あれだけ疲れきって尚、彼の炎は絶えないのか。

全身全霊を込めた熱いフルスイングが、氷塊とぶつかり合う。ジュウウウ、と水が蒸発する音と水蒸気の煙が、辺りを漂う。

しかし、流石の業火の猛虎も、しこたま水を浴びせられた状態で炎を出し続けるのは無理だった。

元気なときならいざ知らず、今は力尽きる一歩手前なのだ。

腕が徐々に下がり、肘が曲がったその瞬間、巨大な氷のハンマーは信玄もろとも地面に激突して、虎の敗北を周囲に知らせたのであった。
















うつ伏せの視界、肌を刺す冷たさ。

呻き声も出ない中で、下から何かが右肩を押し上げた。

そのままどさり、と少々手荒に仰向けにされ、信玄はくぐもった声をあげる。


「俺等の、勝ちだな。」


見えるのは、地面に四肢を付いている梅本と、横倒しになって気絶してる小川と、座り込んでいる北の三人。

彼等の真横に突き立てられているのは、己の神器である。

どうやら、梅本が小さな地壁で信玄を仰向けにさせたようだ。


「……壊さんのか。」

「壊さへんよ。」


神器を横目に、吐き捨てるように言った北の言葉に信玄は苦笑する。


「壊さないかわりに……一つ、言うことを聞いてもらうぞ、武田 信玄。」


ゼイゼイと喘息のような息の中、梅本は有無を言わさぬ口調で言った。


「……よかろう。」


穏やかな声で、信玄は頷く。

不思議と、絶望感はなかった。


「多分、あんたはこの後……謙信さんと話をすることになる。そのとき、余計なことを考えずに答えてあげて欲しい。」

「余計なこととは?」


信玄の問いに、梅本はやれやれと肩を落とした。


「城主だとか、武田のお家とか……んなしょーもないもん全部ナシで、ただの人間の野郎として答えろって言うてんねん、察しろやボケとんのかオッサン。」


苛々と北が舌打ちして、信玄をジロリと睨み付けた。

疲労で彼女の機嫌は、すこぶる悪い。

遠くで、陣太鼓の音が鳴っている。

戦の終わりを知らせるべく、昌幸の忍達が駆け回り知らせているのだろう。

第四回川中島の戦い――両軍の大将が共に戦闘不能という、極めて異例な形で、終結となった。



できたー!!!!

長かったよ川中島! 

やっと一番ややこしいとこが終了しました!

タイトル詐欺なのはごめんなさい。

そして!いよいよ近づいてきましたお気に入り200件!

ナメクジ以下のスピードですが、頑張って書いていきます!!!

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