四十一の噺「龍虎激突!危険なものは、遠巻きに見ると面白い。」
小川と北の二人は、武田軍の心配をよそに、怪我もなく元気そうだった。
「しばらくやな、二人とも。とりあえず止血くらいせんとあかんで。」
ニッと北は笑うと、戦装束のケープの下から何かを取り出して投げる。
「ほれ、包帯。ミナちゃん、あたしの言う通りに巻きや。」
山中は包帯を受け取ると、急いで止血を始めた。
「医者の娘は伊達じゃねぇってか!たまには役に立つな、マンボウッ!」
木下と小川は、その場所を守るように立ち、止血の終わりを待った。
「……よし、できた。」
「ありがとうございます、マンボウさん。」
応急措置を施した勘助をまた馬に乗せて、山中と木下は本陣へと向かう。
「そろそろ鶴翼の陣も開いてる頃だな。俺達も一度本陣に戻る。」
車掛かりの陣は、敵が混乱している時こそ有効だが、周囲を取り囲まれてしまえば効力が下がる。
「上杉 謙信が単騎で武田に突っ込むのも時間の問題や。あたしらはその道をこしらえる。そうこうしてる間に、梅と殿下がくるやろ。」
北はそう言い、小川と共に走って行く。
「私達も行きましょう。」
「りょーかいっ!」
山中と木下も頷きあい、馬に跨がるのであった。
その頃、武田 信玄は自ら武器をとり、敵兵を蹴散らしていた。
大将が共に戦うことで、自軍の士気も上がる。リスクは高いが、混乱した軍を鎮めて士気を高めるには、これが一番効果的なのだ。
「おのれ、あの生真面目軍師め!勝手に死ぬなとあれほど儂が言うたのに、先走りよって!」
その手が握るのは、一本の刃。
朱色と深緑の柄は、普通の刀の柄よりも長く、刀身は切っ先にいくに従い幅広になっている。刀にあるべき反りは殆どなく、鉈に近い形をしていた。
名を『赤虎・来国長』という。
「誰ぞ勘助の姿を見た者はおらんか!」
配下の者に呼び掛けるも、答えはあらず。
ギリッと食いしばった歯の隙間から洩れた唸り声は、さながら怒れる猛虎のようだった。
すると、にわかに向こうの方が騒がしい。
「どうした!?」
声を張り上げて問えば、焦りを帯びた返答が返ってきた。
「勘助殿がお戻りに!酷い怪我です!」
「何だと!?」
ぐっと神器を握り締める手に力が入った。
その瞬間、来国長から炎が湧き上がり、うねる鞭のように敵兵を焼き払った。
「ここは頼んだ!」
「「「お任せあれ!」」」
信玄は踵を返し、愛馬・黒雲に跨がった。
「ヤマカンの容態は?」
「ご安心下され、出血が激しゅうござりますが、恐らく大丈夫でしょう。木下様と山中様が、手遅れになる前に連れてきてくださいましたから。」
馬をかっ飛ばして、軍医の元に勘助を運んだ二人は、容態を説明しにきた彼に噛み付くように尋ねた。
「よかった……さすがは武人、体力だけは人一倍ですね。」
ほっと胸を撫で下ろし、山中は安心して微笑んだ。これで、勘助が討ち取られる未来は回避されたのだ。
そうしていると、ざわざわと辺りが騒がしくなり、顔中を焦りの色で埋め尽くした信玄が勢いよく飛び込んできた。
「勘助ッ!勘助は無事か!?」
直ぐ様、粗末な寝台に横たわる勘助を認めて、彼が無事なのを確認して安心したように長い溜め息を吐いた。
「心配させよって……知らせを聞いたとき、心の臟が止まるかと思うたわ。」
「お館様……彼等に感謝して下さい。彼等が軍師殿を見つけなければ、確実に命を落としていたでしょう。」
軍医の話を聞き、信玄は二人に向き直った。そのまま、深々と頭を下げる。
「お主等には、部下を救われてばかりだのう……礼を言う。」
「何言ってんだよっ、とーぜんだろ!」
「ヤマカンさんがいなくなれば、お館様の監視は誰がするんです?」
申し訳なさげな信玄の礼をあっさりと笑い飛ばし、二人はあっけらかんと言い放った。
「ほら、さっさと戻れよお館様。大将がいなきゃ、他も底力出ねぇぞ!」
木下はそう言い、竹筒に入った水をぐいっと飲んだ。再び出撃するため、乾いた喉を存分に潤し、手の甲で口を拭う。
「チロさん、行けそうですか?」
山中も同様に水を煽り、空になった竹筒を外して放り投げる。
「そっちこそ。オレはもう行けるぞ!」
ぐっと拳を握る木下を見、山中は眠る勘助を振り返った。
「ヤマカンさんのこと、よろしくお願いしますね。」
「勿論にございます。お二方も、無事の御帰還を。」
丁寧に一礼する軍医を背後に、二人は馬の元へ走って行った。
~side上杉~
勘助を運ぶために、一度戦線を離脱した武田チームと別れた上杉チームの二人。
今は上杉の本陣近くで、謙信が武田の本陣に単騎で乗り込みをかけるのを今か今かと待ちわびていた。
「あー……遅い!遅すぎるんとちゃうん、乗り込み!」
苛々と舌打ちしながら、北は唸った。
彼女の周囲には、六つのバスケットボール大の水球が浮かび、水鉄砲と呼ぶには威力の高すぎるものを撃ち出していた。
「………もう夜が明けたな。発破かけに行くか?」
小川も疲れたような顔で、炎の弾幕を発射している。
二人がよし行こうと動き出したとき、何やら騒音に混じって兼続の声が聞こえた。
「――様!――ち――さい!」
そもそも、こんなどえらい音が溢れてる中で特定の人物の声を聞き取れることじたいが異常なのだが、生憎慣れてしまっているので不思議に思わない。
そうこうしてると、もっとはっきりと声が聞こえてくる。
「謙信様!お待ち下さい!単身では危険です!」
「案ずるな兼続!道が開けているのだ、今行かずにいつ行けと!」
見れば、凄い勢いで疾走してくる白馬と、それを必死で追い掛ける焦茶の馬。
騎手は言わずもがな、謙信と兼続である。
やっと来たか、と二人は若干ヘバった己の顔を引き締めた。
「おら王子!とっとと行くで!」
「うるさい知ってる。」
馬を駈り、謙信の両サイドを並走する。
「よう謙信様。どこ行くん、付き合うわ。」
「……俺も。」
埃と汗で汚れた顔をニタリと笑みの形に作る二人を見て、謙信は苦笑した。
「行き先は武田の本陣だ……危ないぞ。それでも共に来るか?」
「「行く。」」
ソッコーで返ってきた返事に、謙信は上等だ、と呟いた。
「ならば行こう。どうだ兼続、これで単身ではなくなったぞ!文句はあるまい!」
「おおありです!毎度毎度一騎打ちしようとして、こちらの身にもなってください!」
結局、兼続付きの計四騎で本陣に向かうことになったのだった。
上杉の本陣から武田の本陣まで、距離はそれなりにあるのだが、馬を走らせれば大したことはない。
ここで初めて二人は、謙信の戦う姿を見た。
神器の名は『雹華・姫鶴一文字』といい、鮮やかな青一色の細身の刀だ。
柄部分は水晶のように透明で、濃紺の房飾りが一本、頭金の辺りに付けられていた。
さすがRPGの世界、武器は凝ってるなと、今更ながら実感だ。
そして予想通り、謙信は速かった。何が?攻撃が。
「居合いかそれ。」
シュッ、と音が聞こえる度に、敵兵がスパッと切り払われていく。
「……まぁアレだ、テンプレ?」
「……そーやな。」
「何の話だ?」
きょとんとした顔で聞いてくる兼続に、何でもなーいとハモって誤魔化した。
敵軍の大将が突っ走ってきたのを見て、武田軍がワアッと集まってくるが、前後左右に死角無し、一太刀、一振りの内に崩されていく。
「……厄介な将は、いい具合に噛み合ってるな。本陣まで後も」
小川の言葉を遮って、謙信が鋭く叫んだ。
「散れッ!!!!」
あまりの鬼気迫る叫びに、反射的に二人と兼続は言葉通り謙信から距離をとった。
刹那、バカでかい炎の塊が謙信に真っ二つに断ち切られ、瞬時に「凍った」。
「………え?」
思わず間抜けな声が口から漏れた。
ポカンと見ていると、謙信がにっと笑う。
パラパラと砕け散る氷の合間を縫って、謙信は白い矢のように神器を振り上げて何かに突進した。
「……このシーンって、まさか……!?」
小川がハッと息を呑む。
そう、まさかのまさか、川中島の戦の中でも最も有名なシーンである。銅像にもあったよね、これ。
振り下ろされる謙信の刃を、火花を散らして軍配で受け止める者。
虎の頭を模した冑には、毛先だけ深紅に染められた白い毛皮。鮮やかな赤い上衣や、黄金の装飾が付いた防具を纏う体躯は隆々と逞しく。
猛々しい笑みを浮かべた甲斐の虎が、咆哮した。
「久しい……!まこと久しいのう、謙信ッ!!!」
対する越後の龍も、爛々と眼を光らせ、恐ろしいまでの気迫をみなぎらせて叫ぶ。
「この時を待ちわびていた!存分に、信玄ッ!!!」
信玄は素早く攻撃を受け流し、軍配と己の神器とを入れ換えた。
龍虎激突の瞬間である。
~side武田~
「ヤベェ超みすちー肌なんですけどオレ!」
「鳥肌と言いたいんですよね私もです。」
両雄が神器をぶち当てる度に、熱風や氷の破片が飛んでくるのを、木下はギャーギャー言いながら防いでいる。
隣の山中は、そんな彼女のテンションに呆れながらも、目の前の戦いを食い入るように見ていた。
既に、信玄の腕には氷の飛針が数本突き刺さり、謙信の肩には火傷が見える。
だが両者共に、その怪我が戦いの邪魔になっている様子はない。
「……痛みも何も、頭から吹っ飛んでいるようですね。」
クライマーズ・ハイならぬファイターズ・ハイだろうか。
「つーかよォ、もうアイツらお互い大好きなんじゃね?」
木下は顔をしかめて、頭をぼりぼりと掻いた。
周囲は、派手に鎬を削りまくる大将二人に近付こうとしない。
そりゃそうだ、巻き込まれたらやってられない。
凍るのも燃えるのも、断然お断りだ。
「さて……いつ私達はあの中に入れそうですかね。」
今までのは序の口、こっからが本番、一番大事なとこだ。
「とりあえずさ、梅と殿下が来るまで待とうぜ。」
さすがに二人ずつで龍虎の相手をするほど、自分達はまだ威勢よくない。
「それもそうですね。カタつけるならつけるで、適度に戦ってもらった後の方が、まだマシかもしれませんし。」
山中はふう、と軽く息を吐き、傍観する体制に入ったのであった。
~side龍虎~
灼熱と氷結の中、刃と刃が混じり合い、凄まじい音をたてていた。
辺りは耳をつんざくような騒音に包まれているのに、二人の頭は冴えきっていた。
ああ、何て愉しいのだろう。謙信は静かに微笑んだ。
想い慕う愛しき御敵と、倒れ逝くその時まで戦う。
今この時、この瞬間だけは、彼は自分のものなのだ。
「いつぞやの塩の礼……まだ言うてなかったな、謙信よ。」
猛る戦人の表情がふと緩み、信玄が柔らかな笑みを浮かべる。
「構わん。ここで貴殿と戦える、それが礼だ。」
鍔迫り合いを弾き返し、謙信は後ろに飛んで距離をとった。
ひゅうと風が、いや、冷気が渦を巻き、謙信の周囲を取り巻く空気の温度が急激に下がっていく。
そして、掲げた刀の切っ先の上に、きらきらと輝くものが舞っている。
それは、無数の氷の礫だった。
ダイヤモンド・ダストと呼ぶべきか、とにかくあれに触れたが最後、骨の髄まで凍り付く。
信玄は目を細め、来国長をしっかりと握り締めた。
「ふふ……そう来るか、謙信よ。今回はまた、随分激しいのう。」
信玄はそう呟き、身体にグッと力を込める。
謙信の時とは逆に、ゆらりと彼の身に揺らぐのは、陽炎と朱色の焔。
噴き上がった炎は、徐々に勢いと熱を増していく。そして、両者の力が最高潮に達した瞬間。
龍と虎は、天まで届くような咆哮を上げ、氷と炎が牙を剥き、互いに激突した。
熱さと冷たさがごちゃ混ぜになる中、二人は息を荒くして、そこに立っていた。
しかし、信玄は上半身半分が凍り付き、謙信は衣服こそ燃えてはいないものの、その下は火傷しているようで、身動ぎ一つする度に顔を歪めている。
ダメージはそれなりに、二人の体力を削ったようだ。
それでも尚、ややふらつく足で神器を掲げて打ち合おうとした時、横から文字通り「横槍」を入れるように、ガキン、と何かが入ってきた。
「……悪いな、二人共。」
「残念ながら、ここで相手変更や。」
赤銅色の刀身と、水色の棍が、信玄の来国長をがっちりと押さえている。
「これ以上は、見ていられませんね。」
「ごめんな、オレ達邪魔するぞ。」
漆黒の棒が姫鶴一文字を受けとめ、銀の扇は謙信の腕に狙いを定めている。
六武衆、八幡ヶ原チーム……ついに龍虎と対する時来たり。
どうも、おはこんにちばんわ夜さんです。
あの、とりあえず元気です。
そして九月までですが、市役所で臨時職員として働けるようになりました。
五月から仕事が始まりますが、これから更新が今までより遅くなる可能性があります。
嬉しい反面、ちょっとあーあ。って感じもありますね。
さて、お待たせしました四十一話でございます。
ついに主人公達が両雄の間に乱入しました・・・・・・ははははは。
殿下と梅は今どこで何をしているのか、この二人は多分次回登場します。
みんなが知ってるあの有名な文句とともに、昌幸も巻き込んで。
それでは皆々様、四十二話でまた!とうっ!