三十九の噺 「げっとだうん・えねみーず!巻き込まれたいヤツだけかかってこい!中編なのだよ。」
~side武田~
夜明けが近いのだろうか。
八幡ヶ原を覆う、白い霧。
その中を、武田軍はゆっくりと進んで行く。
「殿下、大丈夫かな?」
眉根を寄せ、木下は情けない顔で山中に囁いた。
「……大丈夫ですよ。海野さんもいますし、殿下さん、今まで頑張って鍛練してましたし……新しい技だって、習得しましたし。」
山中は、自分に言い聞かせるように答えた。
心配は消えない。何せ、これはとんでもない無茶だから。
八幡ヶ原と海津城を隔てる千曲川を越えている途中、辺りに漂う霧を見たとき、もうじき上杉と鉢合わせる頃合いだと気づいた。
谷中の心配ばかりしている場合ではないのだが、それは出来ない話。
「今の内に、コレ飲んでおくか?」
「……そうしますか。」
二人は頷き合い、谷中から渡された薬を飲む。
今現在、別動隊と別れて二時間経過していた。
武田軍のとる陣形は、守りの固い「魚鱗の陣」。読んで字の如く、魚の鱗のような陣形だ。
「お館様、妙ですね。」
薬を飲み込み一息ついたとき、虎泰が重苦しく口を開いた。
それに、信玄が答える。
「……お主もそう思うか、虎泰よ。」
ぴくりと木下と山中の二人は、張り詰めた空気に反応する。
「もうそろそろ、別動隊が上杉軍を追い落としている頃合い。ですが、妻女山の方向からは……」
虎泰は鋭く細めた目で、妻女山の方向を見つめた。
先程から、ズシン、ズシンと爆音が聞こえてくる。霧のせいで光は見えないが……おそらく、谷中の暴れる音だろう。
「……様子を探りに行かせた忍も、いっこうに戻りませぬ。」
信方が淡々と言った。
「………まさか。」
信玄がぽつりと呟いたとき、霧の向こうに何かが見えた。
一気に空気が緊迫し、息を呑む音があちこちからする。
目前を覆い尽くすのは、白く翻る旗物。その旗の中央に堂々と、黒く太く『毘』の一字。
「う、上杉、軍………!」
呻くように、背後から聞こえた言葉。
白い旗の一軍の前で、それらを背負うかのように立つのは、美しい白馬に騎乗した軍神の姿。彼の手がすいと武田軍を指し示し、その口が叫ぶ。
「全軍!!!進撃開始!!!」
上杉は円型の陣形を組み、くるりくるりと回りながら迫ってくる。これこそ、かの有名な『車掛かりの陣』である。
「鶴翼の陣に変形せよ!上杉軍を畳み込む!」
驚いたのも一瞬、直ぐ様信玄は指示を出すが、兵卒はさすがに混乱しているのか、陣に乱れが生じる。苛々と舌打ちした信玄の目に、猛然と駆ける二騎が映る。木下と山中だ。
「お主等!下がれ、下がらんか!!!」
慌てて二人を呼び止めるが、そんなの止まるわけがない。
「行っくぞミナちゃああああああん!!!!」
「はいっ!!!!」
そんな雄叫びを響かせて、特攻していく。
すると、疾走する馬がいきなり急ブレーキをかけたではないか。勿論二人は、慣性の法則よろしく敵地に向かってフッ飛んでいくのだが。
「鳶舞!」
空中で山中が木下を見事キャッチ、そのまま勢いを殺さず滑空していく。
地面が近づくと、ザザッと木下は両足を広げて着地、そこから両者戦闘体制に入った。
「影爪!バージョンアップその2!」
木下の命令に反応した影が、彼女の手から肩までを覆い隠す。華奢な腕は一変、黒く太い丸太のような腕に型を変えた。
「さぁ、夜はこれからだっ!お楽しみはこれからだっ!ハリー!ハリー!ハリー!」
ニターッと不気味に笑い、木下は化物じみた腕をワキワキと動かした。
「行きます、舞風!」
山中は懐に手を突っ込み、小袋を掴み出した。それを空へとぶん投げ、舞風を大きく動かす。
轟、と巻き起こされた風に煽られ、袋の口は簡単に開き、中から赤い粉末がぱあっと舞い散った。
なんだあれは、と上を見上げた兵士や武将達の顔に、再び山中の巻き起こした粉末混じりの風が叩き付けられる。すると………。
「うぐっ!?」
「ぐおおおおおぉぉ!!!?」
「めッ、目が!目があああああ!!!!」
何処かで聞いた悲鳴に、ぷふっと吹き出しながら、木下は山中にグッドサインを出してみせる。
「ミナちゃん、ナイスコントロール!」
上手く風を操り、敵兵だけに『殿下特製☆スターダスト唐辛子(その他香辛料多数含む)』を炸裂させると、次は木下の番だ。
「そーーーらああぁ!!!」
ぐん、と異形の腕を横に薙ぐ。
するとその腕は飴のように伸び、痛そうな打撃音を何発も響かせながら敵兵を跳ね飛ばしていく。
「このッ……小娘があ!!!」
幸いにも唐辛子の難を逃れた者が、木下に刃を向けるが。
「私のこと、忘れないで下さいね。」
横から山中に顔面を強かに殴られ、呆気なく昏倒する。
畳めば鈍器の舞風、いやはや実に硬い造りだ。
「よくそんな応用編を思い付きましたね。神器、いらないじゃないですか。」
「影爪バージョンアップモードその2、モデル『A○RMS』の『ジャバウォック』だ!」
「何となく漫画に登場するものだとわかりました。」
わかる人にはわかるが、わからない人にはさっぱりな木下の返答に、山中は半分呆れ気味で言った。
「木下殿!山中殿!」
二人が蹴散らした敵兵の中を、目を丸くした虎泰が急いで駆けてくる。
途中、仕留め損ねた雑魚を切り払いながら。
「何をしているんですか!?下がれと命じられた筈ですが!!」
鮮やかな水色の長柄の先に、半月型の刃をとりつけた槍を肩に担ぎ、虎泰は声を荒げた。
「いいですから!甘利さんは軍の混乱を鎮て下さい!この混乱具合では、鶴翼の陣すら組めませんよ!」
振り向いて負けじと叫んだ山中の背後に、デカい岩の塊が飛んできた。
「山中殿ッ!」
虎泰の神器、『深蒼・流水月』が、彼女の顔すれすれを通過して岩を突き砕いた。
「ッ……!?あ、ありがとうございます。」
飛び散る礫を舞風で防ぎ、山中は虎泰に礼を言った。
「今、板垣殿と勘助殿、そしてお館様が軍をまとめ直しているところです。私もここで、敵を仕留めることにしよう。」
そう虎泰は言い、にんまりと笑った。そしていきなり、朗々とした声で叫ぶ。
「武田四天王が一人、甘利 虎泰はここぞ!命のいらぬ者から順にかかってくるがよい!」
同時に、どこからともなく水流が溢れ出し、彼の背後に広がった。その形は、まるで鷺のようだ。
堂々とした名乗りに応え、上杉側からも似たような名乗りがする。
「柿崎景家と剛冑・斧玄山がお相手つかまつる!」
のしのしと効果音が付きそうな雰囲気で、雑兵を掻き分けて登場したのは、筋肉隆々の体躯をした武将だった。
くしゃくしゃした真っ黒な髪と虎髭、がっしりした太い腕には、煤けたような包帯がぐるぐると巻かれていた。
その手に握られているの神器だろう、持ち主に似合いの大戦斧。バトル・アックスと同じ形をしていた。
「ほう、豪腕の柿崎か。いつぞやは、我が本陣まで見事な攻め込みっぷりを披露してくれたな。」
「抜かせ蒼鷺。己がこの俺を阻んだのであろうが。毎度毎度邪魔立てしよって、いい加減己の顔は見飽いたわ!」
両者の間にバチバチと散る火花。
あれ、君達知り合いなの?木下はそう言いたいのを堪え、山中に目をやると。
「柿崎さん……張飛にお顔がそっくりです……!これで武器が蛇鉾なら、パーフェクトです!」
「どーでもいいんだぞそれッ!!!」
グッと両手を握り締め、キラキラした目で語る山中に、彼女は全力でつっこんだ。
「だ、だってチロさん!よく見てくださいよ!ほんとに、ほんとに張飛にそっくり!」
「張飛だか提灯だかどーでもいいっつーの!!今戦中だから!戦争の真っ最中だから!」
これも薬の効果だろうか?山中のテンションが妙に高い。
何やらギャーギャー言い合う二人に、隙ができたかと兵士達が一斉に攻撃を仕掛けるが。
「「うるさいっ!!!!」」
舞風と木下の影が、ドガッとまとめてフッ飛ばす。
「……おい、あれは己のとこにいる六武衆の片割れ共か?」
「………。」
「……まぁ、気にするな。」
微妙な顔で二人の言い合いを眺め、両者は改めて戦いの構えをとった。
~side上杉~
「あっぶな、気ィ抜いとったら掠ったし今。」
車掛かりの陣の中、北は愛馬の翡翠に乗り、武田の兵士を叩きのめしていた。
今現在、彼女は兵団一つと共に、鶴翼の陣の端を攻撃している途中だった。
「雨は……もうちょいで降るっぽいんやけどなぁ……ってか降ってくれんとヤバイし……水流弾っ!」
深い霧の水分を凝縮し撃ち出す。
ちらりと向こうを見れば、小川が豪快に火柱をあげていた。
「おい!あんまり最初から飛ばすなよ!後々もたんで!」
「いらん世話だ!それくらいわかってる!」
北が声を張り上げて叫べば、噛み付くように小川は言い返した。
その目には、いつものどよんとした雰囲気はなく、獲物を狙う肉食獣のような猛々しさがあった。
炎の神憑きは、他の神憑きに比べて苦労するとはこのことか、と北は納得した。確かに普段よりも、かなり闘争心が上がっているようだ。
「……退け!炎狐!」
陽炎丸を一振り、すると湧き上がった炎が三つ、彗星のように尾を引いてしゅうっと飛ぶ。それは狐が駆け抜けるように見えて、敵地に鮮やかな朱線を残した。
しかし、敵兵を焼き倒す炎の塊を切り伏せた者がいた。
武田四天王の一人、板垣 信方だ。
「……板垣さん。」
くすんだ黄金色と深紅の戦装束、両手で構えるのは上下に刃のついた槍。
「小川殿、お退きあれ。そなた達には、辰市を救うて頂いた恩がある。某は刃を向けたくはない。」
落ち着いた声で、信方は諭すように言った。が、おいそれと退けるわけがない。
彼等武士に比べれば軟弱な人間だが、それなりに腹を据えてここまで来た。
「……こちらにも事情があります。俺達は簡単にこの戦を放棄出来ないし、する気もありません。」
きっぱりと言い切って、小川は陽炎丸を信方に向けた。
あわや一触即発かと思いきや、彼はにんまりと笑って陽炎丸を下ろしたではないか。
「それに、板垣さんの相手は俺じゃありません。」
そう言う小川の声を聞きながら、信方は右へと視線を向けた。
「……宇佐美 定満殿、とお見受けする。」
いつからそこに居たのか、青葦毛の馬に跨がった定満がひっそりと立っていた。
「貴殿は板垣 信方殿ですね。」
定満は軽やかに馬を降りると、軽く会釈した。
「小川殿。ここは私が引き受けましょう。」
「………お願いします。それと……感謝します。」
小川は深々と定満に頭を下げる。
定満は軽く微笑み、先に行くよう手で促した。
「赤兎ーっ!」
愛馬の名を呼べば、忠実な彼は直ぐ様姿を現した。
定満の隣を通り過ぎる瞬間、戦の喧騒に混じって彼が何事か囁く。その言葉に、小川は目を見開いた。馬上で振り返ると、定満の片手が上がり。
「グ、グッドラック?」
「ほお、うさみーも結構ノれる人やったんやな。」
恐らく、自分達が何かの拍子に行っていたのを見ていたのだろう。
「ほら、行くで。殿下と梅が来るまで、できるだけぎょーさん倒しとかな……そういや、さっき何て言われたん?」
馬を寄せ、北は小川に尋ねた。
彼は少し黙り込み、微妙な表情を作って口を開いた。
「殿をよろしく頼む、と言われた。」
「………どういう意味でのよろしくやろうなぁ。」
ちょっと、いやかなり色々考えてしまう一言だが、二人は首を振って雑念を払った。
~side妻女山~
「あっはははははは!ほらほら、早く逃げないと黒焦げになっちゃうよー!」
バリバリッと谷中の身体の周りを稲妻が這いずり回る。
響く高笑いと轟きは、容赦なく敵兵の鼓膜を乱打していた。
「おおおおおらああああ!!!」
梅本の咆哮に応え、大地は隆起し、次々に飛ぶ岩が刃を阻み、矢を砕く。
唯今妻女山、大混戦中である。
うっかり踏み込めば、瞬きする間に昏倒する破目になること間違いなし。
「くっそ、雨はまだかよ!」
忌々しげに空を見上げ、梅本は呻いた。
そろそろ太陽が昇る頃だろうか。
後もう少し、もう少しで雨が降りそうな気がするのに。
「地壁ッ!」
数十枚もの土の壁が足元からせりあがり、敵兵達は空高く放り投げられる。
梅本はそうやって、少しずつ武田軍を削り取っていった。
どうもー、最近温かくなったり寒くなったりで大変ですね。
お待たせしました、三十九話うp出来ました。
まだまだ終わりそうにない川中島編、多分次くらいには龍虎激突出来ればいいなぁと思っております。
・・・・・・・よ、予定だよ予定。
では、また次回っ!