三十八の話「げっとだうん・えねみーず!巻き込まれたいヤツだけかかってこい!前編なのだよ。」
~side上杉~
あれから少しも動くことなく、上杉軍はのほほんと妻女山で時間を潰していた。
しかし、三人だけはそういうわけにはいかなかった。
「……どうだ、降りそうか?」
近くの川辺にて、小川は辺りを警戒しながら北に訪ねた。
「雲の出は充分や。後はあたしの力次第やな……」
唸るようにいう北は、片手を空に、もう片方を川に向けて、何やら必死に念じている。妙なポーズだが、笑ってはいけない。
今彼女が必死で行っているのは、「雨喚び」という技である。簡単な話、これは雨乞いだ。
「ここで俺と殿下が粘らなくちゃならないんだ、絶対少しくらいは降らせろよ。」
そんな梅本の言葉に、北は忌々しげに舌打ちした。
「よう言うわ、しんどいんやでこれ。」
この技は、いつぞや携帯に載っていた自分達のデータから見つけた技だ。
雨を喚ぶ技なんて、あんまり使うことはないだろうと思っていたが、案外早くその時はやってきた。
うんうん呻く北の額や首筋に、幾つも汗の筋が出来ている。
次第に、彼女の頭上から雲の色が黒みを増していく。雨雲に変化していっているのだろうか。
「ッ~、もう無理や!これ以上やったら、あたしが使い物にならんくなるわ!!」
力尽きたのか、ベタッと北はその場に座り込み、大きく息を吐き出して汗を拭った。
「ほれ、水。」
竹筒を手渡し、梅本は空を仰ぎ見た。
雲の黒さは出てきたので、後は雨が降るのを祈るばかりといったところか。
「……雨が降れば、妻女山の戦いでの時間が短縮される。運次第だな。」
涼しい顔で言う小川を、ジットリと北は睨んだ。
「あいつだけ倍は働かしたろ。」
そう呟く声を梅本だけは聞きとったが、あえて聞こえないフリをしてやり過ごした。余計なことは言わない方が得なのだ、何事にも。
とりあえずやることをやって、本陣に何食わぬ顔で戻ると、どういうワケか空気がピリッと張り詰めている。
何事かと急いで近寄れば、彼等の姿を見つけた兼続が声をかけてきた。
「何処をほっつき歩いていた。軍を移動させるぞ、早急に準備しろ。」
「はぃ?」
思わず間抜けな返事で返せば、定満が更に説明を加えた。
「海津城から通常より多く、炊き出しの煙が上がっていましてね、どうやら武田に動きがあるようなのです。」
ああ、始まったなと三人は目配せをした。
「……わかりました。すぐに馬の用意をします。」
小川はそう言い、北と二人で直ちに愛馬の元へと走った。
「やっと来よったな。」
「……ああ。」
声を低め、二人はそう言った。
川中島の戦いの目玉、『啄木鳥の戦法』がついに始まるのだ。
馬に乗り、小走りに本陣に向かうと、兵卒から白い布を渡される。
「……これは?」
布を受け取り、小川は首を傾げる。結構分厚い布だ。
「馬の蹄にお巻き下さい。物音を立てられませんので。」
成程、と合点が行った。消音効果か。
二人は素早く布を巻き付けた。
「それでは守衛部隊。後を頼んだ。皆の者、武運を祈る。」
支度をしながら聞かされた作戦は、守衛部隊をここに残し、本隊は山を下る予定だ。
「恐らく信玄は、明朝までに動いてくるだろう。私の考えが正しければ今夜、ここに夜襲がかかる筈だ。だが信玄にとってここは地形的に不利な場所……攻撃は見せかけよ。決戦はどこか別の場所で行うつもりだろう。我が軍の動きを読み、待ち伏せをしている筈だ。」
謙信の考えを聞きながら、小川は口を開いた。
「およそ先に戦地におりて敵を待つものは佚し、後れて戦地におりて戦いに赴く者は労す。故に善く戦う者は人を致して人に致されず、よく敵人をして自ら至らしむる者はこれを利すればなり、だな。」
これは孫子兵法の一説である。簡単に言うと、相手より先に戦地に布陣して、敵が来るのを待っているものは楽だが、後れて到着し、戦に赴くものは苦労するだろう。
戦争巧者は主導権を握って相手を思いのままに動かし、自分は相手に惑わされないようにする。相手自ら行動にまで至るようにするには、利益を見せて誘うのである……ということだ。
「そんじゃ、梅。生き残れよ。」
「うるせーよ。ハナからそのつもりだ馬鹿野郎。」
軽口の挨拶を交わして、梅本は遠ざかっていく本隊を見送った。
「……コンティニューは効かないんだよな。」
強張った顔で、ポツリと梅本は呟いた。
~side武田~
同時刻、武田軍も本隊と別動隊に別れて支度をしていた。
「海野さん、出陣するときに飲ませてくれた薬ってまだ持ってる?」
改めて武器の確認を行っていた六郎は、顔を上げて声をかけてきた谷中に目をやった。
「……持っては、いますが。」
淡々と答え、彼は腰に着けていた袋から薄紙に包まれた薬を取り出した。
「それ、またもらえないかな?」
申し訳なさそうに谷中は言うと、僅かに六郎は顔をしかめた。
「あまり多用するのは勧めませぬ。後がお辛くなります。」
そんな彼の表情を、谷中は苦い笑みを浮かべて見ていた。そして、押し殺した声で呻くように言う。
「わかってるよ。けど、今回だけお願い。僕の役目、マッキーから聞いてるでしょ?何かで気分を上げとかないと、まともに動けそうにないんだ。」
顔の前で両手を合わせ、谷中はお願いと頭を下げた。
彼女の役目は、六郎も知ってはいる。
だが例の薬は、少量なら問題ないが多量服用すると肉体への負担が大きいのだ。長時間効果を持続させるには、それなりの量が必用である。
しばらく六郎は考え込んでいたが、仕方ないと言わんがばかりに薬の包みを彼女に渡した。
「……あの方々の分も、余分に渡しておきます。貴女様がお決めになったことだ、私に逆らう権利はございませぬ。」
ですが、後々覚悟してください、と六郎は付け加えた。
薬を数個手渡され、谷中は軽く溜め息を吐いた。
「ごめんね。今はこうでもしないと、本当にヤバイんだよ。」
「私も微力ながら、お側でお力添え致します。貴女様お一人ではありませぬ、それをお忘れなきように。」
常に無表情でいる六郎が、励ますように微笑して谷中の肩を叩いた。
「……うん、ありがとう。」
谷中は六郎を見上げ、ポツリと言った。
「さぁ、早く持ち場へ参りましょう。」
彼に連れられ、谷中は皆のところに戻る。
「殿下、大丈夫か?」
気遣わしげに木下は谷中に近寄り、顔を覗き込んだ。
「うん。いけるよ、心配しないで。はい、これ二人の薬。」
緊張しているときは、少しでも平気そうなフリをすれば平気になるという。
谷中は薬を渡しながらへらりと笑ってみせるが、やはりぎこちない。
「本当に大丈夫ですか?」
山中も傍に寄り、心配そうな顔で彼女を見つめた。
「大丈夫ったら大丈夫!ほら、いつまでも僕の回りにいないで、本隊に行く!」
谷中はわざと大声を出して、緊張と不安を振り切るようにピシリと言った。
これ以上心配をかけては、二人にもよくないし、作戦にも支障を出す。
「谷中様には私がついております。どうかご安心を。」
六郎にも言われ、二人はやっと谷中から離れた。
「……谷中殿、そして全ての者。策の成功と、無事を祈る。全員、死ぬのは許さぬ。必ず儂の元に戻ってこい!」
信玄の激励を受け、応、と勇ましい声があがる。
啄木鳥の戦法、これより始動する。
~side谷中~
本隊と別れ、谷中は勢いよく自分の頬を叩いた。
「……ッ! よし、行こうか黄麟!」
愛馬、黄麟の首をぽんっと叩き、手綱を握り締める。
「谷中の嬢ちゃん、動けるかい?」
別動隊の元に向かうと、赤と朱の戦装束を纏った昌幸が声をかけてくる。
「行けるよ。僕、先頭だったよね。」
隊の先頭へと谷中が馬を進めると。
「進軍開始!」
号令一発、全軍が一斉に進み始めた。
相手に気取られないように、こちらも蹄に布を巻いている。
谷中は腰に下げている袋に手を突っ込み、中で携帯を広げた。
(ショートカット設定にしておいてよかった。)
内心でほっと一息つき、谷中は指定された番号を押して梅本に電話をかける。これは進軍を梅本に知らせる合図だ。
ワン切りして、谷中は携帯を閉じた。
「薬、そろそろ飲んでおこうかな。」
揺れる馬の背で、谷中は器用に六郎から貰った薬を口に含み、水筒の水で流し込んだ。
~side梅本~
ブルブルと携帯の震えを感じとってからしばらく経ち、梅本は人知れず深い息を吐いた。
「どうなされた、梅本殿。」
隣で座っていた兵士が、彼の様子を見て声をかけてきた。
「いえ、緊張してるみたいで……何か落ち着かなくて。」
肩の辺りを擦り、梅本は真っ暗な夜空を見上げた。
まだ、雨が降る様子はない。
待機を始めてかれこれ数時間、耳を澄ませてみるが物音は聞こえない。
やれやれと肩を竦めたそのとき、再び懐の携帯が震え、すぐに止まった。
梅本の顔色が変わり、彼は弾かれたように立ち上がって呟いた。
「……来たんだ。」
様子が激変した梅本を見て、他の兵士にも緊張が走った。
そして、聞こえてくるのは蹄鉄の音。
漆黒の夜を引き裂いて、金色の稲妻が唸りをあげ突き刺さる。谷中の一撃だろうか。
瞬く間に怒声が飛び交う中、梅本は静かに地国天を喚び出した。
~side谷中~
「これはどういうことだ!?」
どう見ても、目の前の敵が最初の狙いであった本隊に見えない。
虎昌や昌信は思わずそう叫んでいた。
「これは一杯食わされたなァ!上杉の野郎、読んでいやがったか。」
昌幸は苛々と舌打ちした。
上杉の本隊はここにはいない、いるとすればそれは……。
引き返すか、という昌幸の考えを、彼の真横から放たれた雷の矢が消し飛ばした。
「引き返してどうなんのさ!?余計なことを考えてる暇があんなら、一刻も早く相手をぶちのめせばいいんだよ!!!」
完全にスイッチが入っているのか、谷中の目は爛々と光っていて、さながら虎のようだ。
「駿雷矢!」
電王が目映く輝き、弦から雷が湧き出る。
それは矢の形に姿を変えると、バンッという音を残して発射された。
空を斬って飛んだ金色の矢は、五本に分かれて敵地に襲いかかった。
ドン、ドンと矢は爆発し、それを見届けずに新たな矢がつがえられた。
「おーおー、血気盛んなこって。」
昌幸は苦笑すると、片手を横に軽く振る。すると、彼の神器、光糸・白蜘蛛から細い光の糸が流れ出た。
「そんじゃあ、ちょいちょいっと片付けちまうか。」
昌幸の手首や指先の動き一つで、硬質化した糸が相手を切り裂いていく様は、まるで舞を舞うかのようだ。
「あの雷の神憑きを先に仕止めろ!!!」
最も厄介な人物がやっとわかったのか、数人の兵士達が谷中に武器を向けるが。
「……退がられよ。」
煙のように現れた六郎の投げる手裏剣に、ことごとく阻まれる。
そうしている間にも、谷中は脅威的なスピードで敵を撃破していく。
「払う露も頂けませんなぁ……」
虎昌は目を丸くして、雷の爆発に巻き添えを食わないように距離をとりながら呟いた。
~side梅本~
「うーっわ~……殿下がいっちゃってるよ……」
地国天をぶんまわし、梅本は顔を引き攣らせて呟いた。
何やらミョーな薬でもキメたのか、目付きが怪しい。
「ま、俺もドン引きしてる場合じゃないな……よっと!」
大地を叩きつけると、メキメキと岩が突出し、鮫の背鰭のような形になった。
「おニューの技、威力はいかほどに……土地鮫ッ!」
地国天で背鰭岩をぶん殴れば、それはまさしく鮫が獲物に急接近するが如く、猛スピードで大地を疾駆した。
敵の神憑きが放つ攻撃も何のその、岩の背鰭は次々に何十人もドカドカと撥ね飛ばしていく。
が、それで終わりではない。
動きが止まり、迂闊に近付けば………。
「あ、それバーンってなるんで気を付けろよ~。」
ケラケラと笑う梅本の背後で、バーンと爆ぜる音。
岩の背鰭が爆発し、幾つもの礫がひゅんひゅんと弾丸のように辺りに飛び散った。
「にしても、マンボウのヤツ……本当に雨降るんだろうな。こっちとあっち、だいぶ人数に差があるぞ。」
上杉の守衛隊は、武田の別動隊に比べれば結構人数が少ない。加えてあの状態の谷中が暴れているのだ、そう長くは保たないだろう。
それに、こちらの守衛隊にはそこまで強力な力を持った武将はいない。武田と戦うべく、皆本隊に移動している。
「真田さんはともかく、飯富と高坂をここで足止めしないといけないんだよな。くそっ、雨さえ降れば……」
何十本も飛んでくる矢や炎や風の塊を、防ぎ、避け、梅本はどうするかを考えた。
完全に倒せなくてもいい。動きさえ何とか出来ればいいのだ。
「おニュー技その二なら、何とかなるか?」
おニュー技を使うには、どうしても雨が必要だ。
頼む、雨よ降ってくれ。
梅本は祈るように、暗黒の空を見つめるのであった。
やぁ、皆様。
やっと続きが出来たよ、うんしんどかった!
戦闘シーンは本当に難しいね~・・・・・・・あぁ、これから更にうpスピードが遅くなると思うよ。
だってほとんど戦闘だもの。
・・・・・で、お気に入り登録がいつのまにか150件越えててビックリしますた。
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ではでは、これにて御免ッ!!!