二の噺 「戦場体験は初心者です、ハイ皆様ご一緒に!」
「これ、蹄鉄の音だ…!」
「隠れろ!!」
サッと血の気が引くのを感じ、急いで六人は木の影に身を潜める。息を殺してそっと様子を伺い……言葉を失った。
雨の湿気が一瞬で消えるような、覇気。
黒い馬に乗り、黒い甲冑と赤紫のマントをその身に纏った男の姿。刃物のように鋭い切れ長の目と、口元に浮かべる不敵な笑み。
殺気や覇気なんてものに全く無縁の、ド素人そのものである六人でも男のオーラに呑まれた。
「お、織田・・・・・信長だよね、あの人・・・・・。」
「織田瓜の家門背負った騎馬隊のトップ張ってんだから、そうなんだろ。」
声を潜めて、六人はヒソヒソと話し合った。
出来るなら、あんな恐ろしく禍々(まがまが)しい雰囲気を引っさげて登場した魔王様に見つかりたくはないものだ。見つかったら、確実に天国の階段を一気に駆け上ること間違いなし。
固唾を飲んで通過を見守るが、そうは問屋が下ろさなかった。道のちょうど真ん中で信長は急に手綱を引き絞り、騎馬隊は急停止した。
「しまった…」
小川が戦慄く声で呟く。
「アレ……隠してない。」
アレ、とは谷中が倒した織田軍の足軽だ。ヒッ、という小さな悲鳴が喉から洩れる。同時に、信長の低い笑い声も聞こえてきた。
「そこにいるのは何者だ?」
たった一言。たった一睨み。しかしそれだけで六人の背筋は凍り付く。
「な、何でバレんの!?」
「知るかよ・・・・!」
ガクブルと震える身体を寄せ合って、六人は硬直した。そこに追い打ちをかけるように、信長の声が響く。
「答えぬか。ならばそれもいいだろう。」
そう言い終わらぬうちに風を切る音聞こえ、次の瞬間一本の矢が、六人が隠れている木の幹にガツッ、と突き刺さった。
「・・・・・・・・ッ!?!?」
恐怖にあげる筈の悲鳴もあがらず、六人はますます身を寄せ合う。
「そこから出てこれば・・・・これ以上は何もせん。出てこぬというなら、そうだな・・・・・次は何本撃ち込んでほしい?」
一同、心の中で呟く。
(あ、マジに死んだ・・・・・・。)
出て行って見逃してもらうか、抵抗して全身ハリネズミのようになって惨めにくたばるか、二つに一つ。出るしかないだろう、ああそうだとも、でなけりゃ死ぬ。
「・・・・・い、行こう。」
「う、うん・・・・・。」
膝がおかしくなったんじゃないのかと思うくらい、ガクガクと震える。身体の全ては氷のように冷え切り、恐怖に戦慄している。動かぬ足を叱咤して、つまずきそうになりながらも六人は隠れていた場所から歩み出た。
「・・・・ほぉ、餓鬼共か。」
炎のような目が六人を一人ずつ眺め、信長はにんまりと笑った。
「随分とけったいな格好をしている。貴様らがアレを使い物にならなくしたのか?」
信長は谷中にやられてのびている男達を一瞥して、そう問いかけた。
「・・・・・・あ、あの、それはですね~・・・・・」
目は口ほどに物を言う、という言葉がこの時ばかりは心の底から憎らしい。泳ぐ目に挙動不審になる態度。
信長は図星か、と頷き、次の瞬間いきなり黒い刀身の大刀を抜き放って六人に向ける。
「答えろ。貴様らは今川の人間か?」
声なく高速で首を横に振る六人に、信長は火のような問いかけを続けた。
「ならばどこの者だ?」
それに、半泣きで木下が絞り出すような声で答えた。
「どこの・・・・・軍、にも・・・・属して、ません・・・・ただの、通りすがり・・・・。」
「戦場を通り抜けようとするうつけなぞ、聞いたこともないわ。」
すかさず言い返され、言葉に詰まる六人。
「やはり、こやつら怪しすぎます。始末してしまいましょう。」
家来であろう男の一人がそう言い、弓兵が一斉に弓を引き絞り、矢を向けた。終わりだ、絶対終わりだ、と六人そう思い、観念して目を閉じた。しかし、思いもよらぬ信長の言葉が弓兵に矢を降ろさせる。
「止めよ。使い物にならなくなればどうする。」
「つ、使い物・・・・?」
ぴしゃりと言う信長に、どういうことだと閉じていた目を開けた。そこには興味深そうな目で、六人をじっと見つめる信長がいる。
「貴様らがのした彼奴等・・・・・いくら弱卒といえど、我が織田軍の一部。貴様等のような餓鬼共を殺すなど、朝飯前よ。しかしアレを倒したとなると、貴様等ただの餓鬼共ではないな。ついてこい、面白いモノを拾えたわ。」
信長は目で合図を送ると、いきなり六人は馬から下りてきた兵士に腕を捕まれ、馬上に無理矢理押し上げられる。
「なっ、えぇ!? 何コレっ!?」
「待って下さい、私達はその・・・!?」
慌てて制止を求めるが、信長はどこ吹く風とでもいうような表情だ。
そして行くぞ、と一言。
「ヤダヤダヤダっ、馬はイヤアアアアァァッ!!!!!!!」
六人の悲鳴が後を引いて、騎馬隊は無慈悲に走り去った。
「・・・・・う・・・・うぉぇ~・・・・・」
「気持ち悪い・・・・・吐く・・・・」
「死ぬって・・・・・・コレ死ぬって・・・・」
馬上で飛んだり跳ねたりして元気でいられる程、六人は逞しくない。文字通り死ぬほど荒々しい馬ドライブをたっぷり堪能して、車酔いならぬ馬酔いを絶好調で味わっている。
「貧弱だな。どこの世間知らずだ。」
地面に這いつくばり、うぇーと情けなくバテている六人を信長や家来達は半ば呆れたように見ている。
「さて・・・・間抜けな今川軍は未だ暢気に休んでおるわ。おい、貴様等!今から今川軍に奇襲をかける。貴様等も手伝え。」
「・・・・・はい?」
「同じ事は二度も言わん。貴様等が潰した部下共の代わりだ、存分に働け。」
ピタリと六人は黙り込んだ。
「そんな・・・・!?僕達、そんなこと出来ません!!」
「冗談じゃない!何で俺達がそんなこと!?」
「無理ですよ!!戦場で私達は足手まといです!!」
次の瞬間、口々に無理、嫌だ、という言葉が飛び交う。
「ならば今ここで殺してやろう。前に出ろ。」
血の気の引くような声で、信長は大刀を抜く。その目は絶対零度の冷たさで、六人を貫いた。
「俺は役に立たぬ塵などいらん。さぁ、好きな方を選ばせてやろう。俺に従うか、ここで屍と化すか。」
まさに前門の虎、後門の狼。背水の陣にて、四面楚歌の絶対絶命。こんな極論を突き出されて、目の前が暗くならない人間がどこにいようか。
スライスされて死ぬのは御免だが、人殺しの片棒を担ぐのも御免だ。しかし悩む時間はどこにもあらず、逃げだそうにも隙すら見つからない。
「腹をくくるしか・・・・ないみたいだ。」
呻くように小川は言い。
「まさか、命なんかかける目にあうとは・・・・。」
梅本は歯を食いしばる。
「弓矢に・・・気をつけてくださいね。」
山中は震える声で囁くように。
「せめて、誰も殺さずにな。」
北はいつものボケた表情を消し去り。
「能力があるってのが、せめてもの救いだね。」
谷中は手を強く握りしめ。
「勝ったら・・・・美味いもん、一杯食わしてもらおうぜ。」
木下は精一杯の虚勢を張って。
六つの顔が一斉に信長を見つめて、コクリと一つ頷いた。
「話は纏まったようだな。馬に乗れ。」
死刑宣告のように、信長はそう命じた。
「全軍・・・・・突撃せよ!!!!」
応、と勇ましい声が上がり、騎馬隊は激しい蹄鉄の音と地響きをたてて、下方に見える今川軍の陣へと突っこんでいった。
「お、織田軍の奇襲だあああぁぁっ!!!!」
「皆っ、出てこいっ!!!!奇襲だぞっ!!!」
奇襲といえども、攻撃が全くないとはいえない。空を切り、何本もの矢がビュンビュンと飛んでくる。それが頬をかすめ、生きた心地がしない。
「・・・・・・・・ッ!?!?!?」
声なき絶叫をあげながら、六人は目の前の武将の背にしがみついた。動けるわけがない。振り落とされないようにするだけで精一杯だ。そこに、雷のような声で信長の激励が飛ぶ。
「どうした、何故戦わない!? 戦わなければ死ぬぞ。貴様等は木偶の坊か?俺の部下を倒したようにやってみせろ!!!」
あまりにも勝手な言い分に、ついに木下がぶち切れた。
「うるっせぇんだよ!!ノブナガだかノザワナだか知らねぇけどっ、無茶なことばっかり言うな、この腐れ魔王っ!!!!!」
そう絶叫するやいなや、黒い影が木下の手にまとわりつき、いきなり槍のように伸びて今川の兵士を薙ぎ払った。
「うわぁっ、何か伸びた!?」
仰天する木下に、信長はニヤッと笑う。
「チロちゃん、今のどうやって出したの!?」
「わかんねぇ!何かムカついたら急に・・・・とりあえずムカつけ!」
「アホか!どうやってムカつけってんだ!?」
谷中に答える木下だが、要領を得ていない。文句を言おうとする梅本に、北の一言が突き刺さった。
「そーいや、この前梅がナンパにつきあったこと・・・・・彼女に言ったわ。」
「テメェふざけんなあああぁぁ!?!?言うなって言っただろおおおおぉぉ!?!?」
その途端、大地が壁のように立ち上がって敵の侵攻を阻んだ。
「心の鬱憤をありったけ吐き出せば良いんですね。」
山中はそう呟くと全身に力を込めた。
「就活なんか・・・・・・大ッ嫌いですっ!!!!」
珍しく大声を張り上げて、誰もが思っていることを叫ぶ。
「カンボジアなんか二度と行きたくねええぇぇっ!!!!」
「不景気のアホンダラ、デフレスパイラルなんかとっととくたばれ!!!!」
「色々やることありすぎてめんどいわぁっ!!!!」
この状況でよくもまぁ、そんな絶叫が放てるものである。寧ろこの世界に対する文句はどこにもないのか。
とりあえず攻撃のやり方が解った六人が次々に喚き散らすと、火の玉が、水球が、雷が、つむじ風が、一斉にわき上がり今川の兵士達を攻撃する。しかし威力や大きさは小さく、あまり効果はないように思えた。
「あれは・・・・神憑きだ!!」
「なんと、あのような子供がか?」
ざわざわと、敵味方の区別なくあちこちで驚きの声があがる。
「カミツキって何・・・・?」
「知るか、ボケ。」
「人間じゃないね・・・・・僕達。」
「し、死なずにすみそう・・・」
常軌を逸脱した出来事に、何度目かわからない茫然自失状態に陥る。
ところが、いきなり高々と笑い出した信長の声に、我に還った。
「面白い!やはり貴様等、普通ではなかったか。神憑きだったとは本当に良い拾い物をしたものよ!!」
そうこう言っている間に、今川軍の本陣深くまで侵入する織田軍。もう本陣は完全に包囲されていた。ようやく止まった騎馬隊に、深々と安堵の息をつく六人。
「そ、そ、それ以上まろに近づくでない!!こ、この下賤の輩めっ!!」
引き攣った情けない声が聞こえて、馬から下りた六人はそちらに顔をむける。
「うわ・・・・・超・まろだよアレ。」
「生で見ると・・・どうも気色悪いな。」
「ダッセェ。公家って、オレ嫌いだな。」
「幽霊みたいですよね。あ、それともオカメでしょうか。」
「あれぞ、変態!やな。」
「何か、桶みたいな体型だね。かっこ悪いかも。」
「ふむ・・・・・やはりそう思うか。俺も同意見だ。」
好き勝手な感想を、信長も含み口々に言い合う。今川義元の姿形は、イメージ通りの公家スタイルだ。白塗りの顔に、額の上部につけられた眉墨、やたら煌びやかな衣装。ホントにコイツ戦う気があるのかと問いただしたくなるような格好だ。
「い、いきなりまろを見て、言うことがそれか!? 無礼すぎるでおじゃるぞ!?」
初対面なのに思いっきり失礼な感想を述べられ、もっともなことを義元は叫んだ。
「やはり公家とやらは脆弱すぎていかんな。貴様等が調子に乗るにはこの乱世・・・・・少々厳しいぞ。」
信長の静かだが冷たい声に、義元は冷や汗を流しながらも豪奢な弓を構えた。
「そちのようなうつけに・・・・まろは屈せぬぞ!!!」
豪、と風を纏った矢が放たれ信長に飛ぶが、彼は冷たく一笑して抜き払った大刀を一振りした。
途端に黒味を帯びた炎が刀身に宿り、義元の矢は炎と刃に軽く打ち落とされた。
「・・・・・・・口ほどにもない。興も冷めたわ、公家。」
チッと舌打ちし、今度は六人に大刀を向ける。
「特別にアレとやり合わせてやろう。ありがたく」
「「「おもわねーよっ!!!!」」」
またまたとんでもないことを言い出す信長に、素早く六人はつっこんだ。
「ほう、ならば死」
「すいまっせんでした!?全力で殺らせて頂きまっす!!」
そしてあっさり玉砕する。半ば泣き顔で六人はびしっと敬礼し、織田軍から矢の嵐が来ないうちに義元の前に立ちはだかる。
「な、なんじゃそなたらは。」
「お前の敵だこんチクショー。」
グスン、と涙しながら木下が吐き捨てるように言った。
「・・・・・・・・六対一は卑怯だと思うのですが。」
「某ファイナルなファンタジーゲームでも同じこと言えるか?」
「・・・・・・そうですね。」
山中と梅本はそう言って、やれやれと肩をすくめた。
「何を悠長に話している。餓鬼共、さっさと仕留めろ。」
いつもの凶悪そうな笑みを浮かべて、信長は顎をしゃくってみせる。
「ほんっと、いっそ清々しいまでの魔王っぷりやな。」
ああ、忌々しいと北は唸る。
じりじりと義元を包囲した輪は狭まっていく。
「お・・・おのれ・・・・・こ、このまろが・・・・このまろが、斯様な蛮族に討ち取られてたまるかあああぁぁっ!!!!!」
「いきなりキレたよこいつ!?」
耳障りな声で絶叫した義元、そして突如現れた幾つもの竜巻。
そのでかさに、ざざっと六人の顔からは血の気が引く。
「ヤバイよな、ヤバイだろ、ヤバイに決まってる!!」
標的は当然、この六人。
「また逃げんのかよおおおおぉぉ!?!?」
体力と相談して決めたいが、そういうわけにもいかない。助けを求めるように、信長とその他大勢に視線を送るが。
「・・・・・打つ手なし、というときだけ助けてやる。貴様等も手出しするな。」
「仰せのままにっ!」
鮮やかにスルーされた。
「この人でなし! バカ! 極悪人! いぶし銀!」
「最後のは個人的に褒めてるだろ!?」
竜巻に追いかけ回されながら、ギャーギャーと喚く六人。しかし誰も助けに来ない。というより、皆興味深そうに彼らを眺めている。
「竜巻の作り方は!?」
「三分じゃーできんわな。」
「まずはコレをなんとかするのが先だろうが!?」
爆発するような音、木霊するのは阿鼻叫喚。
試しに谷中が雷を放ってみるが、威力が弱く巻き込まれてしまう。さすがにゲームと現実は凄まじく異なり、荒れ狂う竜巻に為す術もなく倒れてしまうのだろうか。
あたふたと駆けずりまわる六人を、冷静に観察する信長。それに家来の一人が声をかける。
「よろしいんッスか?」
「彼奴等は普通の神憑きとは違う・・・・・。そうは思わんか、又左?」
逆立った髪は、磨き上げた鋼の色。浅黒い肌をしたその身体は、信長に負けじとがっしりしている。大きな手が握るのは、これまた持ち主にふさわしい厳つい槍。
信長の隣に立った『槍の又左』こと前田 利家は微かに頷いた。
「そりゃ、確かに妙な雰囲気は感じますがねぇ・・・・見たトコ、どこにでもいそうな餓鬼じゃないッスか。あれじゃ、神憑きでもいつまでもつか。」
胡散臭げな目つきで、利家は義元とやり合う六人を眺めた。それに信長は愉快そうに笑うと利家に言い放つ。
「たわけ。だから貴様はいつまでも俺に名を呼ばれんのだ。」
「すんませんねぇ、いつまでも『又左』で。」
片や期待の眼差しを、片や冷めた眼差しを送りつつ、二人は六人の戦いを観戦し続けた。
やっと第二話出来ました・・・。
疲れました・・・。