三十七の噺「開戦!参戦!激戦へのプレリュード!」
~side上杉~
その日が、遂にやってきた。
愛馬に揺られながら、戦装束をその身に纏った三人は、緊張した面持ちで腹に力を込める。
「あれが妻女山だ。」
隣を進む兼続が、静かに目前に見える山を指差した。
春日山城を出陣してから丸二日間、ようやく最初のポイントに到着する。
今からあそこに布陣するのだ。
「……大丈夫ですか?」
あまりにも強張った顔に、定満が心配そうに後ろから声をかけてきた。
「大丈夫、とは豪語出来ないですね。」
梅本は苦笑いを浮かべるが、それすらもぎこちない。
上杉が動き出したことは、甲斐にメールを送信済みだ。
今頃、少し遅れて(といっても日単位の話だが)武田も出発しているだろう。
馬を降り、手綱を引きながら布陣する場所へと山道を歩いていく。
「あ、もう布陣してるやん。」
北が陣の様子を見て、目を瞬かせた。
そこには既に兵士や将達が集まり、どやどやと騒がしい。
「……兵糧とかの積み荷が割とあるからな。」
小川はそう言い、辺りを見回した。どの兵士の顔も、引き絞られた弓のように張り詰めていた。
「皆の者、殿の御成であるぞ!!!」
兼続がピシリとした声で叫べば、皆一斉に整列し、道を空けた。まるで海を真っ二つに割った、モーセのようだ。
謙信は悠然とした足取りでその道を行き、一番前に立つ。
「我が戦友諸君!幾度にも渡る武田との戦も、四度目を迎える!此度の戦、六武衆と名高い神憑きの内、三人が加わってくれることになった!」
いきなり謙信に紹介され、三人は慌てた。
え、何か皆こっち見てるし。
三人はとぎまぎしながら、目を泳がせる。
「おい王子、お前何か言え!」
「はぁ!?ふざけんなよ何で俺が……」
「こーいう時に役にたたんで、いつ役に立つねんアホンダラ。」
梅本と北に背中を小突き回され、小川は物凄く嫌そうに何と言おうか考えを巡らせた。
「……あー、微力ながら、お力添えしたいと……思います。」
変な汗がだらりと出てくるのを感じながら、小川は至って普通のことを言い、次はお前だと梅本を肘でつついた。
「げっ!?俺もか?」
梅本は顔を歪めるが、沢山のオーディエンスの視線にがっくりと肩を落とした。どうやら三人とも、きっちりと喋らされるらしい。
「えーと……どこまで役にたてるかわかりませんが、今までの飯と宿の分はきちんと働きます!」
何とも微妙な言葉である。梅本は自分でそう思いながら、北に視線を送った。
彼女はいつも通りの無表情のまま、淡々と口を開く。
「お互い、死なへんように気合い入れて行こか。」
どうもしっくり来ない三人の一言に、やれやれと溜め息をつく上杉軍。
本当に大丈夫なのかこれ、と言いたくなるようなチームTHE・越後とは対極的に……。
~side武田~
「みーなーぎーるぁあぁ!!!」
「キバッて行くぜ!!!」
「一万一心ですッ!!!」
チームTHE・甲斐は、ミョーにテンションが高かった。
現在、武田は茶臼山を目指して進行中だ。その道中、三人はずっとこんな調子。
「……のう、何であの者達、あんなに元気なんじゃろ?」
信玄は三人の豹変振りに、顔を引き攣らせていた。
「きっと、闘志がみなぎっておるのでしょうッ!某も負けてはおられませぬな。」
にこにこと陽気に笑って虎昌が言うが。
「そんな訳ねェだろ。おい、海野。お前何盛った?」
呆れ顔で昌幸は後ろを走る忍、海野 六郎に尋ねる。
「……少し、気分を高揚させる薬を。」
「少しじゃねェよな、あの様子だと。」
何か言いたそうな昌幸のジト目に、六郎はふいっと顔を背けた。
「まぁ、確かに戦が近付くにつれて、塞ぎ込みがちになっておりましたからな。」
勘助がまじまじと、キーキー喚く三人を眺める。
うん、何か目がイッちゃってなくもない。
「例の症状が薬と相成って、精神がぶっ飛んでおられるようですね。」
それってヤバくないのか。むしろそれって、頭にマのつく薬じゃないのか。
虎泰の冷静な観察に、ナレーションも忘れてつっこみたくなる。
皆様、薬物はダメ、ゼッタイですよ。
とりあえずこの話は一端置いておいて、話を進めよう。
現在、武田軍は最初予定していた海津城ではなく、そこから西に見た茶臼山に向かっている。
先に海津城に向かっていた高坂 弾正こと、高坂 昌信から妻女山に上杉軍が布陣したという連絡が入ったのだ。
急遽武田軍は上杉軍の退路を絶ち、尚且つ妻女山を見渡せる標高を持つ茶臼山に布陣することを決定した。
「茶臼山に到着するまで後少し。それまでに、彼等の元気がなくならなければよいのだが。」
信方は心配そうに三人を見て、ぼそりと呟いたのであった。
目的地である茶臼山に到着するまで、四日かかった。
そこに布陣を完了させ、両軍は暫しの睨みあいに入る。
~side上杉~
「……武田も無事に布陣完了、か。オープニングはこんなもんだな。」
パチンと携帯を閉じ、小川は一つ息を吐いた。
つい先程、谷中から武田軍の様子を知らせるメールを見た。
睨み合いに入って、十数時間。未だ両軍の動きはない。
「小川殿、ここにおられましたか。」
携帯をスッとしまったところで、小川の背に声がかけられた。
「……宇佐見さん、何かありましたか?」
彼は振り向くと、自分を呼びにきたのであろう定満に言った。
「軍議が始まっていますよ。本陣へ行きましょう。」
そう言えば、と小川は思い出したように頷き、急いで本陣に向かった。
そこに到着すると、もういつもの顔触れが揃っており、申し訳なさそうに頭を下げつつ、小川は梅本の隣に座った。
「揃ったな。」
謙信は一同の顔を見回し、荒削りに作られた卓上の上に地図を広げた。
「さて、皆の者……まずは一言言おう。信玄に先手を打たれたようだ。」
楽しげに笑いながら、謙信はまるで危機感のない口調で言った。
「先手、と申されますと?」
こちらも全く焦っていない顔で、兼続が口を開く。
「何、大したことではない。信玄の奴が、我が本陣を見下ろせる茶臼山に布陣したのだ。勿論、我等の退路を絶つためだろうな。ふふ、最初は海津城だと思っていたのだが……速いものだ。」
すいません、特に大変さを感じられないのですが。
三人は思わずそう言いそうになるのを、ゴクリと唾と一緒に呑み込んだ。
「ならば、どう致しますか?」
定満は、もう謙信が何と答えるかわかっているようだ。
「何、まだ動かんさ。信玄は必ずや先に動く。我等はそれを待とう。」
「そう言うと思うておりました。」
謙信の答を聞き、やっぱりと定満は苦笑する。
「……なぁ、あたしらここにいても意味ないんとちゃうんか?」
「奇遇ー、俺もそう思ってた。」
「以下同文。」
ひそひそと梅本に耳打ちしてきた北に、うんうんと梅本と小川は頷いた。
~side武田~
「どうだ、動きは?」
「依然、ありませぬ。」
こちらも軍議の真っ最中だった。
「フム……。」
忍の報告に、信玄は腕を組んで溜め息を吐く。
「まだ動かぬか……くくく、これではまるで逆よ。謙信め、動かざること山の如しときたか。」
ニッと笑う信玄に、虎泰がやれやれと言わんがばかりに言った。
「お舘様、ニヤニヤ笑っている場合ですか?今上杉が動かないのは、もしかしたら越後からの援軍を待っているからかもしれませんよ。」
「その通りですぞ。上杉がその気になれば、我が軍を上回る程の大軍、容易く動かせましょう。」
続いて信方も、険しい面持ちで言う。
双方の意見に、信玄はわかっている、と言い返す。
「ならば仕方ない。ここはあ奴の望み通り、動くとしよう。皆の衆、海津城へ向かうぞ。」
ぼーっと先程までのやり取りを聞いていた三人は、え、今からかと目を丸くした。
辺りは真っ暗、夜である。
「夜ならば、直ぐ様移動出来よう。飛んでくる矢に怯える必要もない。三ツ者達に周囲の監視をさせよ!」
「「「御意に!」」」
忽ち忙しく動き出す彼等の間を通り抜け、信玄は三人の元にやってきた。
「木下殿、勘助と二人、夜道は任せたぞ。」
「おうッ!任されたぞッ!」
軽く信玄に肩を叩かれると、木下は目を輝かせて勢い良く返事をした。
その日は満月でもなく、三日月だった。月明かりはアテになりそうにないが、敵には見つかりにくい。
「よろしいか、木下殿。」
「いつでもいいぜ、勘助のおっちゃん!」
軍の先頭に勘助と木下が並び、互いに視線を交わし合う。
「二人とも頼んだぞ。」
「「お任せ下さい、お舘様ッ!!!」」
ハモった言葉と掛け声の後、二騎を先駆けに武田軍は海津城を目指した。
~side上杉~
「ふぅん……武田は海津城に移動したんか。」
夜も更けかけた頃、珍しく目が醒めていた北が、山中からのメールを見ていた。
「……何やってんだ、メールか?」
仮眠をとっていた梅本がごそりと身動ぎして尋ねた。
「あぁ?起きとったんかお前。」
「満足に寝れるかよ。で、何て言ってんだ。」
北が男二人に目をやると、二人共目を開けていた。
北はズイッと携帯を差し出してやる。
「……海津城に行ったか。」
「よく夜道を行けるな。」
「まぁ、チロやヤマカンもいるしな。大丈夫やろ。」
もう少し寝るか、と会話を止めると、三人は掛け布を引っ張り上げて目を閉じた。
早朝、慌ただしい声が聞こえてきた。
「申し上げます!武田軍、茶臼山より海津城に移動しております!」
軒猿の報告に、ざわざわと周囲がざわついた。
「殿の仰る通り、先に動いたようですね。」
兼続はそう言い、朝焼けの光を眺めた。
「それで?あたし等はどーすんの?」
欠伸を噛み殺して北が問うと、小川が横から言った。
「……まだ動かないつもりだろう。」
「左様。まだ我等は動かぬ。」
正解、とばかりに謙信は微笑み、ゆったりと椅子に腰を下ろした。
「海津城は、あの山本 勘助が築城したもの。守りが固い城だ……迂闊に攻めてはこちらが疲弊してしまう。」
つまりはまだここにいるってわけか、と三人は退屈そうに視線を交わした。
「……なら、朝飯を食わないか。腹が減った。」
「ああ、そうしよう。炊事隊、準備をしてくれ。」
小川の提案に謙信が頷き、指示を飛ばす。
「……なぁ、マンボウ。一個だけつっこんでいいか?」
「なんや。」
炊事隊とやらをチラッと見て、梅本が言う。
北の表情は、何とも言えない半笑い。
「何で炊事隊……割烹着着てるんだ?」
「そりゃお前、炊事隊やからやん。」
むさ苦しい男の割烹着姿に、梅本はげんなりと項垂れた。
可愛い和服美人の割烹着は嬉しいが、何が悲しくて野郎の割烹着姿なんか見なくちゃいけないんだ。
っていうか、炊事=割烹着って標準装備なの?
「寧ろあたしらの士気がダダ下がりやと思うんやけどな。」
「……止めとけ、もう諦めろ。」
三人は溜め息をついて、敵地の方角を遠い目で眺めるのだった。
~side武田~
こちらは一晩の内に海津城へ移動した武田軍。
只今作戦会議の真っ最中だ。
「お舘様、この策は如何にございましょうか?」
特に言うこともないので、黙ったまま軍議の成り行きを見守っていた三人の前で、勘助が口を開いた。
「まず、隊を二つに分けまする。一つは本隊、もう一つは上杉が本陣を背後から攻撃する別動隊、という具合に。」
啄木鳥の戦法を説明する勘助に、虎昌が加わった。
「成程!わかりましたぞ、勘助殿!その別動隊が妻女山の上杉軍を追い落とし、我が本隊と挟み撃ちにするのですな!」
ぽん、と手を叩いて、虎當はきらきらした目で言った。
「それは妙案。お舘様、これで参りましょう。」
昌信も賛成らしく、黙って考え込む信玄の方を見る。
「……ふむ、確かに。それでは、別動隊は……」
隊の振り分けを開始する信玄に、ちょっと待ったと谷中が声をかけた。
「お舘様、僕もそっちに入れてよ。」
すっくと立ち上がり、谷中はじっと信玄を見据えた。
「どうしたのだ、いきなり……三人一緒にいたほうがよいのではないか?」
突然の申し出に、信玄は目を瞬かせた。
「何言ってんのさ、僕達の参戦の理由は、武田を守る為っていうのもあるんだよ。一人くらい入れておいたほうが安心じゃない。」
保険だよ保険、と谷中は笑って言う。
「そいつァありがたい。噂の六武衆が一人いてくれるたァ、随分と心強いじゃねェか。」
思案の視線が交わされる中、昌幸の楽しげな声が響いた。
「お舘様、谷中殿は雷の神憑きでいらっしゃる。獲物を追い落とすには、効果的な手かと。」
ニヤリと目を細め、昌幸は含みのある笑顔を見せつけた。
「それでは、私とチロさんは本隊で迎え撃ちましょうか。」
「そーだな!よーし、気合い入ってきたああぁ!!!」
山中と木下の二人は顔を見合わせ、どうだと言うように信玄を見つめた。
「しかし、上杉本陣にはお主達の仲間がいるのではないのか?」
ところが、信方が待ったをかけた。
「一人を別動隊に加えてしまえば、谷中殿は上杉方のお仲間と刃を交えることになってしまいますぞ。三対一では、いくら何でも……」
だが昌幸が口を挟む。
「奇襲をかければ上杉軍と言えど、少なからず混乱するだろうよ。そこから一気に移動が始まるんだ……形勢的にはこちらが有利、このままで大丈夫だと思いますがねェ。」
双方の言葉を聞き、信玄は腕を組む。その判断は。
「よかろう、谷中殿は別動隊へ。他の二人は儂の隊へ来てくれ。」
「やった!ありがとね、お舘様っ!」
ガッツポーズをきめて喜ぶ谷中を見て、信玄は険しい顔で続けた。
「しかし、無理は許さんぞ。危ないと思うたら直ぐ様退くのだ、いいな。」
「勿論!任しといて。」
安心させるように、谷中はグッと親指を立ててみせた。
かくして、山本 勘助立案、勘助『啄木鳥の戦法』がここに決定し、やっとこさ戦らしくなってきた。
別動隊は、高坂 昌信、飯富 虎昌、真田 昌幸、それと谷中の率いる隊、本隊は川中島の八幡原で上杉を待ち伏せることになった。
「お舘様、決行はいつにすんだ?」
木下の問いに、信玄は答えた。
「今夜だ。皆、早速準備にかかれ!」
あ~・・・・・・長かった、やっと戦だよ戦!
どうも、おはこんにちばんわ夜さんです。
よく見てみたら別働隊って「昌」のつくヤツしかいねーじゃないの、今気づいたよ。
ようやくここまでたどり着きました、でも進むごとに難しくなるんだよねー。
そろそろ四十話かー、長いなぁこれ。でもこの話で武田と上杉両方攻略(?)するから仕方ないか。
早く書き上げてしまいたいぜ・・・・・。