三十六の噺「決戦まであと少し!彼等の過ごし方は。」
~side甲斐~
あれから何度か、メールのやり取りを繰り返し、両軍の軍議にも顔を出していた六人。
互いに情報交換を繰り返し、彼等の作戦も固まりつつあった。
武田の別機動隊と、上杉の守衛隊を抑える役目になった梅本と谷中は、必死に鍛練を積んでいた。
谷中には、事情を知る昌幸から嬉しいお届け物が。
「……えーっと、誰?」
鍛練を終えて、汗を拭きつつ戻ってきた谷中の前に深々と平伏する青年の姿。
ぽかんと口を開けて谷中が言えば、青年はスッと顔を上げた。
キリッと釣り上がった目は、深い海の色。
同色の髪はポニーテールにしており、流れるようだ。
「昌幸様から名を受け、貴女様の駒となるべく参りました。海野 六郎と申します。」
もう一度深々と頭を下げる青年に、どうしたもんかと谷中はポリポリと頬を掻いた。
海野 六郎、真田が使う忍集団『真田十勇士』の一人。
「ご用があれば、何なりと。」
「あ、待ってよ!」
そう言い残し、六郎は姿を消そうとする。それを慌てて谷中は呼び止めた。
怪訝そうに振り返る六郎に、谷中はにこりと笑いかけた。
「海野さんっていったよね。知ってると思うけど、僕は谷中 若菜。よろしくお願いします。」
ペコッと一礼しようとした彼女の頭を、やんわりと六郎は押さえた。
「今、貴女様は我が主……簡単に頭を下げてはなりませぬ。」
淡々と六郎は言い、シュパッと消えてしまった。
残された彼女は、やれやれと苦笑を浮かべる。
「堅物なんだなぁ、まったく。」
真面目そうな六郎の顔を思い出し、谷中はそう呟いた。
さて、こちらは木下と昌幸の二人が向かい合って座り、何かを話している。
「出陣は一応七日間後だ。いいか、まずおれ達は海津城に入る。そこから上杉の出方を見つつ、策を練る。」
「海津城、な。」
確認するように呟いて、木下は神妙な顔で昌幸に問い掛けた。
「皆、戦の準備してる。マッキー、他に俺達に出来ることってないか?」
昌幸は少しだけ苦笑すると、安心させるように彼女の頭を撫でながら言った。
「ねェよ。お前達は自分のやらなきゃならないことにしっかりと気ィ回してろ。戦の途中でも、おれの力が必要になれば絶対に言うんだぜ。」
こくり、と木下は頷いた。表のことは昌幸に任しっぱなしで、少し申し訳なく思っての言葉だったが、どうやら必要なかったらしい。
「わかった!じゃあ、オレはオレのやることをするっ!てなわけでマッキー、相手よろしくっ。」
「またかよ。」
ずるりと影蜈蚣を引っ張り出し、勢いよく立ち上がった。
最近、木下はよく誰かを捕まえては鍛練に付き合わせている。
昌幸が思うに、気が昂って居ても立ってもいられないんだろう。
病気ではないが、これはまだ、戦の経験が浅い神憑きによく起こる症状だ。
(これが起こるってこたぁ、まだまだ戦いに関しちゃひよっこってことだなァ。にしても、随分と気性の荒い雛だ。)
何度か昌幸も彼等三人の相手をしたが、日に日に成長しているようだ。
(この戦……意外と早くケリがつくかもしれねェなァ。)
そう内心で笑い、昌幸は早く早くと急かす木下の後に続いた。
そして山中はというと。
「っ……!これは、中々手強いですね……」
愛馬白蓮に乗り、躑躅ヶ崎館から少し離れた草原で宙に「浮いて」いた。
新しい技、『鳶舞』の練習である。
耳元でひゅうひゅうと風が鳴り、山中は懸命にバランスをとる。
「戦までに、これをマスターしておかないと……」
空を飛べるということは、何かと便利だ。
偵察や上空からの攻撃なんかにも使えるし、是非とも早く覚えたい。
よろよろと危なっかしい飛行を続ける山中の額に、じわっと汗が浮かぶ。
「山中殿ー!」
そんなとき、下から彼女を呼ぶ声がして、山中は足元に目を向けた。
ふわふわしたアマ色の髪の美青年は、昌信だ。
「高坂さん……?」
ゆっくりと下降しながら、山中は彼がどうしてここにいるのかと首を傾げた。
差し出された手をとり、ふらつくことなく着地すると、昌信はにこりと微笑んだ。
「鍛練ですよね。居場所、忍に聞きました。私も同じ風の神憑きですので、何かお手伝い出来るかと思ったのですが……」
それは初耳だ。ならば、練習するのにもってこいの相手である。
「ありがたいです。どうもふらついてしまって、速く飛べないんですよ。」
苦笑いを浮かべながら、山中は汗を手拭いで拭った。
「少し見ただけですが、どうやら力の放出が遠慮気味ですね。もう少し多めに放出しても大丈夫だと思いますよ。」
昌信のアドバイスに、山中は成程と頷いた。
「わかりました。じゃあ、少しだけ。」
再び、山中の周りにはヒュウヒュウと風が渦を巻く。
呼吸を整えて、心を落ち着けて、山中は軽く地を蹴った。
「あ……凄い、高坂さんの言った通りですね。」
さっきよりかなり安定した飛行をする山中を見上げ、昌信は眩しげに目を細めた。
~side越後~
「おーい梅、避けんと死ぬでー。」
「は……? ぎゃああああああ!!!?」
間延びした北の忠告に、怪訝そうな顔で振り返った梅本は、自分めがけてフッ飛んでくるタイヤ程の大きさの氷塊を、絶叫しながら地国天で叩き潰した。
「テメエエェ!!!殺す気かコラアアアァ!!!」
槌部分を半分ほど地面にめり込ませたまま、梅本は鬼の形相で怒鳴った。
「いやー、すまんすまん。ちょっと氷系の技の練習しとったら、つい暴発してもうたわ。にしてもマンガみたいな展開やな。」
「……もうヤダ、こんなヤツ……」
ズーンと影を背負って、梅本はその場にしゃがみこんだ。
泣いてないよ、これは目から汗が出てるんだよ。
北はそんな彼の様子などお構いなしに、しげしげと地国天があけた大穴を眺めている。
「何ですか、今の音は!?」
地響きと轟音に驚いたのか、目を丸くして定満が登場した。
「あ、ごめんなぁうさみー。ちょっとした事故や事故。」
手をヒラヒラ振りながら、北は定満に向かってあははと笑ってみせた。
「大丈夫ですか、梅本殿。お怪我は?」
「すんません、大丈夫です。」
心配そうに定満は彼に駆け寄り、梅本は溜め息を吐きつつ立ち上がった。
「鍛練に精を出すのはよろしいですが、戦に行く前に怪我をしてしまっては本末転倒ですよ。」
「わかってるんですけど、何と言うか……何もしないでいると、落ち着かなくて。」
どうやらこちらの三人にも、あの症状はしっかり起きているようだ。
梅本は沸々と沸き上がってくる奇妙な感覚に、ぶるっと身体を震わせた。
「神憑き特有の症状なぁ……難儀なもんやで、じっとしとったら、気持ち悪うて昼寝も出来んわ。」
ぼーっとするのが好きな北は、顔をしかめて心底迷惑そうだ。
「さすがにそれだけはどうもできませんね。そういえば、小川殿はどちらに?」
困ったような表情を作った定満は、いつも三人一緒にいる彼等が一人足りないことに気付いた。
「ああ、あいつは症状が酷いみたいで……個人差ってあるんですね、今ちょっと城下の人に貸し出し中なんですよ。」
ふふんと笑った梅本の言葉に、ワケがわからず定満の頭上には疑問符が散乱している。
「貸し出し中……?」
きょとんとした顔の定満を横目に、北は今頃忙しそうにしているだろう小川の姿を想像して、口許を緩ませた。
で、話中の人はというと。
「もうちょい火力上げてくれ!」
「はい。」
鍛冶屋で刃物作りの手伝いをしていた。
炎の神憑きは症状が重く出ることが多く、小川も例外ではなかった。
じっとしていると、畳や襖を焦がしてしまいそうな程に熱気が溢れ出すし、かといって鍛練をしても抑えが効かずに相手を吹っ飛ばしてしまう。
ド派手に炎を吹き上げても大丈夫なところといえば、鍛冶屋が絶好の場所だ。
「おーい、こっちも頼むよ!」
「わかりました。」
黙々と炎を操り、小川は灼熱の仕事場を汗も流さず悠然と行き来する。
能力のせいか熱さをあまり感じないので、一人涼しい顔だ。
一つ息を吐き、小川は黒々とした鉄に炎を吹き付けた。
たちまちそれは赤く輝き、振り下ろされる槌の音が響き、火花が飛び散った。
「よし、今日はここまでだ。お疲れさん。」
「お疲れ様でした。」
しばらくすると、バイト時間が過ぎ、小川は鍛冶屋の親方に一礼した。
懐にはしっかりとお給料が入っている。
親方と別れ、預けていた馬を受け取る。
「……こら赤兔、舐めるな。」
甘える愛馬の鼻面を軽く叩き、馬に跨がり城への道を駆ける。
ある程度鍛冶屋で力を使ったので、今のところ熱気が溢れ出すことはない。
風を頬に受けながら、小川は残すは僅かとなった戦のことを思った。
(力のせいか、戦うことに妙な高揚感があるな。)
この様子だと、本番は色々とトんでしまいそうだ。
(炎の神憑きは苦労するとカネゴンに言われたな……まったくその通りだ。)
小川は緩やかに走る赤兔の鬣を撫でて、深々と溜め息を吐いた。
~side甲斐~
さて、各自思い思いの過ごし方をして、いよいよ前日までに日が迫った。
兵糧の準備だの、兵士の鍛練だの、情報の探り合いだの、一際賑やかしかった両軍も、前日となれば準備も整い、静かになっていた。
しかしその静けさも穏やかなものではなく、ピリピリと張り詰めた、実に居心地の悪いものだ。
当然と言えば当然だが、慣れぬパンピー共にはちと堪えた。
「あー、何か心臓の辺りの圧迫感がヤベェぞ……」
くたりと座り込んだ木下は、げんなりした顔で左胸の辺りを掴んで呻いた。
「僕もだよ……何か緊張しちゃうし、夜も寝れないし……」
谷中も同じく、がっくり項垂れて情けない声を出す。
「でもさ、俺達って……」
「うん、まだマシだよね。」
二人は顔を見合せ、ちらりと隣を見る。
そこには、顔色が真っ白になっている山中がいた。
「ミナちゃん、大丈夫か?何か新雪みたいな顔色してるぞ。」
気遣わしげに木下は山中を覗き込む。
「大丈夫です……と言いたいところですけど……あんまり大丈夫じゃないです……」
か細い声で山中は言い、両肩と二の腕をごしごしと擦った。
「武者震いってヤツ?」
「そんな勇ましいものでもないですよ……」
「ぶっちゃけ怖いよな。」
三人の表情は、眉を寄せた情けないものになっている。
ま、無理もない。桶狭間での戦いは正式な手順を踏んだものではなかったし、精神的に切羽詰まった状態だったので何とか戦えた。しかし今は違う。
「思えば無茶で無謀で無理な作戦立てたよね……僕達超バカかも。」
「「言えてるー。」」
それを言ってしまっていいのか、君達。
そうこうしてる間に、光陰矢のごとし、時間はすぐに過ぎていく。
三人は夕食を食べた後、自室に籠り必死に精神統一をしていた。
そんなとき、懐に入れていた携帯がぶるぶると震え肩が跳ねる。
見れば、越後チームからのメールだ。
『明日の出陣、ちょっと早くなるみたいだ。』
「……とすれば、啄木鳥の戦法が考え出されるのは、出陣してからすぐではなさそうですね。」
梅本からのメールを読み、山中はそう言った。
「そーなのかー?」
ひょこっと右側から顔を覗かせた木下に、山中は頷く。
「この世界だとどうなるかはわかりませんが、確か数日間睨み合いがあったような……」
「まぁ、いきなりドンパチってことないよ。ってか、上杉が啄木鳥の戦法に気付いた理由って、炊き出しの煙を見たからだよね。ということは、作戦は夜に始まるってこと?」
さらに左側から谷中が顔を出し、そう言う。
「だったら、夜道はオレの出番だなッ!能力のせいか、やたらと夜目が効くようになったし。」
得意気に木下は胸を張ってみせた。
「とりあえず、戦が始まっても時間はありそうですね。追々調整していきましょう。」
山中の言葉に二人は頷くのだった。
甲斐の虎と越後の龍、内に伏せ隠した想いを宿したまま、両者は牙を剥く。
そこに割り込むのは、異なる世界からやって来た六人の異分子。
彼等の練った作戦は、前代未聞の大仕掛け。
破天荒で向こう見ず、一体全体どう落とし前をつけるのやら……。
次回はいよいよ第四回川中島の戦いの幕開けだ。
次回から!川中島入るお!
どうも皆様、夜です。お久しゅうございまする。
ちょっとここのところ立て込んでまして、更新がすっごく遅れました。
いやー、なんだかんだでようやく決戦ですわ・・・・・・ここまでくるのにどんだけかかったんだ自分。
次も頑張りますよー、お楽しみにです。