三十五の噺「寝返り?裏切り?とんでもない、それも作戦です。」
地図を中心に、三人は額を寄せあって考える。
「ところで、どうやって謙信は啄木鳥の戦法を見破ったんだっけ?」
不思議そうに木下は首を傾げ、ジッと山中を見つめる。
「……炊き出しの煙がいつもより多く見えたことから、これは何か仕掛けてくると予想して、最初に布陣していた才女山を降りたという話です。」
「流石ミナちゃん、得意なのは中国史だけじゃないね!」
ワザとらしく手を叩く谷中を、苦笑いを浮かべて山中は一瞥した。
「なら、その煙が解らなかったら、この戦法は成功してたわけだ。」
「成功させちゃダメじゃねーの?」
木下の言葉に、山中も頷いた。
「両軍を上手く噛み合わせて、私達は大将同士を引き合わせなくてはならない……なるべく史実通りに動きたいですが、互いの被害も最小限に止めたい。」
難しい話だ。それこそ、この戦国乱世ではあり得ない話。
「そこで、僕が仕込みをするんだけど……うん、一人じゃ無理だよ。お手伝いが欲しいとこだけど、もう揺すれる人はいないでしょ?無理に動かして、足がついても困るし。」
山椒と唐辛子の粉末は強力だが、相手は何百何千という人数だ。
「雑魚はそれで適度に足止め出来ても、神憑きはそんな小手先の仕掛けでどうにかなるとは思わないしなー……」
腕を組み、木下は唸った。
問題はそれだけではなく、他にもある。例えば。
「武田が背後から廻した別機動隊も困り者だね。えーっと、あの時って上杉チームに守衛隊いたっけ?」
谷中の質問に、山中は頷いた。
「武田の別機動隊と上杉の守衛隊……この両方を妻女山で抑えておきたいですね。この戦、前半は上杉の勝ち、後半は武田の勝ちと言われています。後ろから別機動隊がくれば、ただでさえ複雑な戦いが、もっと面倒なことになる。」
そう言いながら、山中は地中を指先で撫でる。
「じゃあ、別機動隊と守衛隊の中には、オレ達と向こうの三人のうちそれぞれ一人ずつを潜り込ませておくってのはどーだ?」
「そうするのが一番いいのかな……とりあえず、あっちの三人にもそれ、提案してみようか。」
しかし、内容が内容なだけにメールを送るのは面倒だ。
「チロさん、悪いですけど配達頼めますか?」
山中は荷物を漁り、帳面と筆を取り出す。
「あ、それオレも言おうとしてたトコ。オレなら影を抜けて直ぐに行けるもんなっ!」
久し振りの活躍である。
木下はテンション高く言い、ビシッと山中を指差した。
その間、山中は立ち上がって墨と硯の用意をする。
いつも山中が絵を描いたりするので、道具一式は部屋の中にあるのだ。
「地図も一応写メしとくか。」
谷中は念の為、地図を携帯のカメラで撮って送信する。
北と違って、余計なことはしていないので、電池はまだ大丈夫だ。
山中は素早く墨を摺り、帳面の紙に作戦のことをすらすらと書いていく。
しばらくすると、木下の届ける手紙が完成し、山中は丁寧にそれを折り畳んだ。
「今から行っても大丈夫かな?」
「大丈夫だろ、無理なら影から出なけりゃいいだけだし!」
山中が手渡した手紙を、木下は大事そうに懐に入れる。
「それじゃ、お願いします。」
「気をつけてね。」
木下は頷くと、立ち上がって自分の影を映す。
「じゃ、行ってくるなッ!」
元気よく言い、するりと自分の影に入り込んで行った。
「さーてと、僕達はお館様のとこにでも行って、作戦の確認でもしてくるかな。」
「どこで戦うか、それも追々考えていかないと。」
木下を見送った二人は、のんびりと信玄の元に向かった。
~side越後~
その頃、越後の三人も、同様に作戦について頭を悩ませていた。
「……これからどうする?」
谷中から送られてきた地図を見ながら、小川はボソリと言った。
「まぁ、この写真が送られてきたってことは、色々考え出したってことだよな。」
腕を組み、梅本はうーんと首を捻った。
「第四回川中島の戦かぁ……武田が上杉を挟み撃ちにしようとして、失敗したっつーことしか知らんな。」
大体伝わっていることはそれくらいだ。
「あっちの考えてる作戦がわかんねぇ限り、こっちも考えようがないよな~。」
暢気に梅本はごろりと仰向けに引っくり返る。
すると、背中をつんつんとつつく何かあり。
これはもしや、と梅本は直ぐ様辺りを探る。
「……今のところ、大丈夫か?」
忍の気配はない。梅本は身を起こし、よっこらせと立ち上がる。
「チロだろ?出てきてもいいぞ。」
ゆらり、と彼の影が揺らめき、急に濃さを増した影から見知った顔が覗く。
「よっ、久し振りだなっ。」
声を低めて木下は言い、影から這い出してきた。
「……便利な能力だよな。」
「いいだろ、羨ましいだろ~。」
ニシシと得意気な笑みを小川に向け、木下は懐に手を突っ込んだ。
そして、手紙を取り出して梅本に渡す。
「何だこれ。」
「作戦と解決すべき問題点。メールだとめんどくせーから、オレが届けに来たんだぞっ。」
手紙を渡し終えれば、もう仕事は完了だ。
「じゃ、そゆことで。ちゃんと考えろよっ!」
ヒラヒラと手を振って、木下は三人が止める前に、再び影に消えてしまった。
あっさりしてるというか、薄情というか。
「相変わらずやな……小動物並みにせこせこしとるわ。」
やれやれと北は肩をすくめ、山中からの手紙をむしりとり、畳の上に広げた。
そして、三人で額を寄せあい目を通す。
「……武田の別機動隊と上杉の守衛隊を妻女山で抑える為に、両隊に六人のうち二人を入れるのか。」
「でも、これだと寝返りみたいにならなくないか?それに、抑えるったって言っても、たった二人でとか……」
小川の言葉に、無理だろとでも言いたげに梅本は顔をしかめた。
そりゃそうだ、二人だけではいくら何でも。
「攻撃範囲の広いやつと、攻撃距離の長いやつなら何とかならんか?」
北は眉を寄せて、そう提案してみる。
「史実やと、結局武田の別機動隊が後ろから来てなんとかなったんやったな。そしたら、お互いに攻撃するフリしといて、後半一気に畳み掛ければええんとちゃうん?」
随分と腹黒い作戦だが、軍師でもなんでもない自分達が思い付くのは、これくらいしかない。
「あんまり気は進まねぇなぁ……でも、俺も他の作戦なんて思い付かないし。」
梅本は難しい顔をして、溜め息を吐きながら言った。
これはかなり良心が痛む作戦だ。出来れば寝返り役なんて、引き受けたくはないが。
「じゃ、妻女山チームは梅と殿下な。」
「はぁ!?おま、何勝手なこと言ってんだよ!!!」
いきなりのご指名に、梅本は北に喰ってかかった。
しかし彼女からは、普段からは想像もつかない程に知的な返事が返ってくる。
「お前、あたしの話聞いてたか?さっき言うたやん、適役は攻撃範囲の広いやつと、攻撃距離の長いやつって。それ、お前と殿下がぴったりなんやで。」
「……詳細希望だ。」
珍しく何やらマトモな事を言い出す北に、小川は視線を向ける。
「謙信さんにな、教えてもろたんや。あたしらの能力の特長ってやつ。」
ニヤッと北は笑い、話し始める。
北が言うには、神憑きの力には特長があるらしい。
「今は細かいこと省くけどな、あたしらの中で一番攻撃範囲が広いんは、地の神憑きのお前やねん。で、一番攻撃距離の長くて早いんは、雷の神憑きの殿下。」
「……広範囲、長距離で片付けるか。なら丁度いいな。」
梅本抜きで進む話に、彼は口をぱくつかせた。
ちょっと待てと言いたいが、口を挟む隙がない。
「……なら、それをあっちにも言ってみるか。」
「いや、おいっ!!!」
携帯を取り出そうとする小川の手を、慌てて梅本は押さえ込んだ。
「諦めの悪いやっちゃな~。どない考えてもお前が最適やろ。ぐちゃぐちゃ言うな、このへっぴり腰。」
「うっせぇ!!!そんな大それたこと言われて、はいそうですかって簡単にOKできるかよ!?」
小川から携帯をむしり取ろうとする梅本と、それを妨害する北。
「……諦めろ。」
「うわ熱っ!?」
いいザマだ、と笑う小川の体から炎が沸き上がり、梅本は思わず手を離す。
邪魔は北にまかせ、その隙に素早くメールを打ち込む。
「……送信、と。」
「最悪だ……マジで最悪だ……!」
ズーンと効果音が付きそうな程に、梅本はがっくりと項垂れた。
暗雲を背負い、ブツブツと陰鬱な呟きを発している彼を一瞥して、無情にも小川と北は作戦の続きを話し出した。
「……とりあえず、機動隊と守衛隊の話は置いといて。俺達の位置はどうする?」
晴れやかな顔で、小川は機嫌が良さそうに言った。
「個人的には一番後ろがええけど……でもそれを決めるんは謙信さんやろ。」
手紙を弄る手を止め、北はゴキリと首を鳴らした。
「……おい。」
さっきまで沈んでいた梅本が、まだ陰鬱な声のまま口を開いた。
「何や、粘菌。」
「……可哀想になってきたからあんまり言ってやるな。」
流石に酷いので、小川は北を諌めた。
粘菌呼ばわりは地味に凹む。
「……霧が出たよな。」
「霧ィ?」
部屋の隅でいた梅本は、のそのそと二人のところまでやってくる。
「第四回川中島の戦にはな、濃霧が出た筈なんだよ。その霧のせいで、両軍は互いに気付かずに、すぐ近くで鉢合わせちまって、とんでもない大乱闘になったんだ。」
「……なら、その霧を利用して、妻女山チームの時間稼ぎができるな。」
もうどう文句を言っても、この配役は覆らないと悟ったのか、梅本は小川の言葉に頷いた。
「ってことは、ゆっくり進んだ方がいいんやな……ん?そや、よう考えたら、あたしらの位置って最前線の方がええんとちゃうん?」
北は思い付いたようにいい、小川と梅本は顔を見合わせた。
「何でだよ?」
「だってさ、時間稼ぎすんならゆっくり進まなあかんよ、って言わんとあかんし、被害を最小限にするんには、相手を殺す気のないあたしらが一番気張らんとあかんやろ。」
めんどくさそうに、北は目を細める。
確かにその通りである。
「……お前、一年に数回はまともなことを言うな。」
「褒めとん?貶しとん?」
「……勿論貶してるが。」
舌打ちしながらギリギリと睨み合う小川と北を横目に、梅本は一人、キリキリと痛み始めた胃を押さえるのであった。
~side甲斐~
一方こちらでは、甲斐の三人が軍の会議に乱入していた。
彼女達の参戦を知った重臣達は、最初はあまりいい顔をしなかった。
彼等曰く、客人である三人を戦に出すわけにはいかない、とのことだったのだが、その三人の強い要望と信玄の推奨により、半ば押し切るような形で重臣達を納得させてしまったのだ。
「しかし、本当によいのか?」
未だに踏ん切りがつかない表情の信方は、何度もこう尋ねてくる。
「大丈夫だよ、ガッキー。僕達、一応六武衆なんだし。」
「それにさ、三ツ者だって言ってたんだろ?越後のあいつらも戦に出るって。」
いい加減に同じことを繰り返すのも面倒だ。
心配してくれるのはいいが、何事もほどほどが一番なのである。
「板垣殿、さように心配せずとも大丈夫でござろう!彼等はなかなか手強うござる、きっとよい働きをしてくれましょう!」
ニコニコしながら言うのは、武田の猛虎こと虎昌。
彼は一度谷中と手合わせをして、雷で黒焦げにされた経験がある。
「ですが……仲間同士で戦い合うことになるんですよ?」
困ったように眉根を寄せて虎泰は言うが、それを山中が一笑に伏せる。
「そこは私達も十分承知の上ですよ。ですけど、私達全員は武田でも上杉でもない……互いを攻撃しなければいいだけの話です。」
その言葉に、武田四天王は顔を見合わせた。
「あっさりしていますね。どちらが勝とうと負けようと、仲間が無事ならば問題ないということですか。」
「ま、そーなるな。オレ達の目的は、皆が無事に会うことだし。」
昌信が苦笑混じりに聞けば、能天気な顔で木下は笑った。
武田四天王としては、少しでも寝返り・裏切りの可能性のある輩は戦に参加させたくはないところだ。
だが、是非戦に加わらせてくれと頭を下げて頼み込んできている。
戦が近いこの頃、『六武衆』と呼ばれる彼等の参戦は、正直切り札としては好ましい。
何度か勘助や信方が、武田に仕える気はないかと尋ねてみたが、彼等は笑って一様に言い放った。興味がない、と。
「まぁ、そう気を張らなくともいいでしょうがよ、四天王の皆さん方。あちらさんも三人、こっちも三人、これで互いに過不足なしの戦が出来る。それに、それぞれが越後と甲斐に恩があるんだ。いくら得体の知れねェ六武衆でも人の子、いい加減疑うのはナシでいいんじゃねぇのかい?」
へらへらと笑いながらも、その声色の底にピシリとした響きを含ませたのは昌幸だ。
「珍しいこともありまするな、真田殿。いつもならば、貴殿が真っ先に噛み付いていように。」
隻眼を瞬かせ、勘助が驚いたように昌幸の方を見る。
「それは儂も同感だの。昌幸よ、お主が飛び入り参加の者を買うとは。」
信玄もどういう風の吹き回しだ、と言いたげである。
昌幸は笑みを崩すことなく、三人に顔を向けた。
「失礼ですねェ、揃いも揃って、人を山犬かなんかのように思ってるんで?ほら、お前達も言ってやりゃあいいさ。」
三人は頷くと、決意表明とばかりに高々と宣言した。
「先程、ああは言いましたが……私達は貴殿方武田を、悪意を以て陥れるようなことは絶対に致しません。」
山中は静かに、だがキッパリと。
「今は、武田の為に尽力する。必ずいい結果を出してみせるから、期待しててよ。」
谷中は力強く、余裕を持って。
「だから、オレ達のこと信じてほしいんだ。この戦、絶対に良いように終わらせてみせるぞっ!!!」
木下はグッと拳を突き出して、勢いよく。
それぞれの言葉を聞き、信玄はおもむろに口を開いた。
「ようわかった。お主等の覚悟、この武田 信玄しかと受け止めた。」
武田四天王も名軍師も、一様に頷き微笑む。
それを見ながら、三人は多少心が痛んだが、同時に必ずこの戦を良い方向に向かわせようと身に力を込めるのであった。
軍議の様子がマジにわかりませぬお館様あああぁ!!!!
・・・・・・どうも皆様、夜です。
十月も終盤ですね、時よ止まれお前は美しいいいいぃ!!!!
はい、ごめんなさいちょっと暴走しました。
次回からはいよいよ戦の準備編ですよっと。
早く進めばいいのに・・・・・・ストーリーがなかなか(汗)