三十の噺「過去を変えたいと思ったことは、人生に何度ある?」
それから数日間、北は真夜中に起きては謙信のもとに足繁く通った。そんなある日のこと。
「謙信様は、気になる男の人とかおらんの?」
昼に、恋バナで盛り上がっていた女中達の事を思い出し、何気無く北は話をふってみた。
「気になるお方…?それは、お慕いしている方のことですか?」
「あー、そうとも言うな。」
謙信はしばらく考え込んでいたが、やがてぽつりと言った。
「強いて言うなれば……武田 信玄殿でしょうか。」
「……すまんもっかい言って?」
「強いて言うなら、武田 信玄殿かと。」
間。
「何あっさり言うとん!?」
「言えと言ったのは、北殿でしょう。」
一瞬ピシッと固まった北は、我に還って叫んだ。
「ちょお待ち、ホンマかそれ。ホンマにお館様のこと気になるんか?」
再びの大ニュースに、北は我が事のように慌てて謙信に詰め寄った。
「……あの方は、私に勿体無い程の方。私を認め、真の武人としていつでも真っ直ぐに向き合い、刃を交えて下さる。大切な好敵手です。」
「ん~、ようわからんな。好きなんやでな、お館様のこと。」
何やら複雑な感情入り交じる告白に、北は首を傾げずにはいられない。
(これはツンデレか……?ヤンデレとはまたちゃうな。)
そんなことを思いつつ、ふとあることが気になった。
「……戦になったら、お互いに命の獲りあいするんやろ?一応、謙信様はお館様のこと好きやのに、そんなことしてええの?」
その問いかけに、謙信は少し悲し気な、諦めに近いような微笑みを浮かべた。
「私は上杉を、あの方は武田を背負って立つ者。どうして寄り添うことが出来ましょう。私は、戦場であの方と刃を交える……ただそれだけでよいのです。たとえ、此度の戦で雌雄がつこうとも。」
北は黙って溜め息をつき、ガシガシと頭を掻いた。これぞ殺し愛、と言うべきか?
とにかく後味の悪いことを聞いてしまったものだ。
「あのさぁ、ちょっと極論過ぎひん?あたしはあんまり、愛だの恋だのは鬱陶しいから好かんけど……。」
重たい話題だと思うが、こう言わずにはいられない。何なんだこれは。 情熱? 情念?それとも執念か。
眉を寄せて、難しい顔をした北に、謙信はふふっと笑ってみせる。
「貴女には理解できないことかもしれませんね。ですが、一武人としてあの方と戦うのを私は楽しみにしているのです。お慕いする気持ちもありますが…ね。」
策を巡らし、鎬を削り、火花を散らし、猛り狂う激情を余すところなくぶつけ合う。そんな滾りを交わすのも、また良いものだ。
そう言う謙信を、どうも腑に落ちない表情で北は眺めていた。
「って話なんやけど。」
大まかに話し終えた北は、あぁ疲れたと白湯を一口。
「複雑すぎるだろ、その話。」
「……どこからつっこむべきだ、おい。」
顔を引き攣らせて、梅本と小川は呻くように言った。
「あの上杉謙信が実は女で、武田信玄に惚れてて、けど敵同士だから言えなくて、最後は戦でやり合う?」
「……今時ゲームやドラマや映画にしかないシナリオだぞ。」
「ゲームやん、この世界。」
小川のボケに、珍しく北がつっこむ。
「よし、マンボウ。甲斐の三人に伝えろ、何から何まで。」
「あー、無理。電池いっこ減ったから。」
メールの指示を出す梅本だが、即行に却下される。
「……え?何で?」
メールは交代で送っている為、そんなに電池を使わない筈だ。なのに、何故もう電池が減っているのか。
「いや~、ちょっとドラクエやってもてな。」
「お・ま・え・は―――!!!」
あはは、と笑いながら白状した北の脳天に、梅本の拳骨が落とされた。
「無闇に使うなって言っただろーが!アプリするとかアホか!!?」
「はっはっはっは。」
襟首を引っ掴み、ガクガク揺すられても北は一向に反省する様子はない。
小川はもう付き合うのが嫌になったのか、煙管片手に明後日の方向を眺めている。
「王子、悪いけどメールしといてくれるか?マンボウ、お前はそこ座れ。正座しろ正座。」
説教モードに入った梅本を一瞥し、了解の意味を込めて小川は煙管をユラリと揺らした。いやはや、今日もいい天気である。
side甲斐
即時配達、飛脚いらずのメールを受け取った甲斐の三人は、とんでもない内容にびっくり仰天するはめになる。
「うっわ―……それなんていうシェークスピア?」
「驚きを通り越して鳥肌ものですね。」
「マンボウってスッゲー!!」
謙信が女だという事実も驚きの一つだが、その謙信が信玄に想いを寄せているということはもっと驚きだ。
「なんとも劇的な話ですね。いかにもというか、王道というか……」
携帯を閉じて、やれやれと溜め息をつく山中。
「なんかさァ、これでいいようにオレは思えないぞ。もしどっちかがやられちまえば、絶対悲しいに決まってるぞ。」
木下は顔をしかめて、納得がいかない様子だ。
「覚悟してるって言っても……言い方は悪いけど、所詮言葉だけのものだよね。心や身体は、きっと痛いだろうし。」
頬杖をつき、谷中は溜め息混じりに言った。
「……伝えさせてみる、というのはどうでしょう?」
「「はぃ?」」
山中の言葉に、二人は首を傾げて顔を見合わせた。
「戦に加わり、どうにかしてあの二人に話をさせる時間と言うか、隙と言うか……とにかく、そういうものを作ることはできないですかね?」
何とまぁ、壮大な提案か。谷中と木下は目を丸くした。
「今、私達がバラバラになっているのは、案外好都合ですね。正式に戦に参加するということを明確にして、越後の三人と携帯で連絡を取り合う……川中島の戦いの、歴史を変えてみるのも面白いと思いませんか?」
ニタリと笑う山中に、二人はうーんと考え込む。普通なら、異世界のこととはいえ、歴史を変えることに躊躇いを感じるものだ。
だが、彼女達の答えはこうだった。
「それ、いいね。歴史を変えるなんて、誰もやったことないよ。」
「面白そーだッ!!のったぜミナちゃん!」
躊躇いなんぞ、少しもない返答。理由は単純、好奇心だ。
歴史を狂わせれば何が起きるのか、世界はどう変化するのか、それが見たいだけ。俗世にまみれた願いだが、遠い過去を変えてみたいと思ったことはある。それに。
「恋というものはよくわかりませんが……好きあっている方々が戦うのを、無関心で見ている程、私達は情のない人間ではありませんしね。」
「だよなッ!オレは悲しいのキライだ!」
「どうにかなるなら、どうにかしたいよね。」
三人はうんうんと頷き合い、ふとあることを思い出した。謙信は信玄のことが好き、ならば信玄は謙信のことをどう思っているのだろうか?
「お館様って、独り身だよな?」
木下は彼の周囲の人間を思い出し、そう言った。
史実で信玄は、「三條の方」と呼ばれる京都出身の妻と、「諏訪御前」と呼ばれる側室がいた筈だ。
しかし、この世界ではそのような人物を見かけない。つまり、独身貴族?
「よし、じゃあさりげなくお館様に聞いてみようか。それから一応聞くけど、僕達は戦に参戦するんだよね?」
「「勿論!」」
いい加減にコレを決めておかないといけない頃だ。谷中の問い掛けに、二人は声を揃えて答えた。
「そろそろ決めないとなッ!今まで話はするものの、保留になってたし。」
早速越後にメールを送る谷中を見ながら、木下は気合いを込めるように拳と掌をパシン、と打ち鳴らした。
送信完了、と携帯を閉じる谷中を待って、三人は部屋を出る。目的地は信玄の部屋だ。
~信玄の部屋~
「お館様~、元気~?」
失礼しますも何もない、いきなりの入室。
もしここに信方や勘助がいたら、眉をひそめられるだろう。しかし、そんなことは知ったこっちゃない三人は、ひょこっと顔を覗かせる。
そして、ピタッと固まった。
「お~、お前達が噂の六武衆だな。ほほぉ、実物のめんこいことめんこいこと。」
中には、見たこともない男が一人、座っていた。
鳶色の短髪に細い目、ニヤリと三日月の弧を描く口元。纏う着物は、目に痛い程鮮やかな猩々緋。その背中に、白抜きで一際目立っている『六文銭』。
ポカン、と口を開ける三人を前に、男は立ち上がった。
よく見ればその派手な羽織を一枚、前を閉めずに着ているだけで、その下は上半身裸だ。下は足首を縛ったズボンに似た形の袴?を穿いている。
「……お館様の部屋に、変態がいるぞ。」
「だぁれが変態だ。」
「お前。」
しばし互いに見つめあい、木下とそんなやり取りを交わす。
「おれは真田 昌幸。初めまして、可愛らしい鬼のお嬢さん方。」
相変わらずのニヤニヤ笑いを崩さずに『表裏比興の者』は軽く会釈した。
予想通りの言葉に、三人は目を白黒させて戸惑う。
真田 昌幸、言わずと知れた六文銭を家紋とし、真田 信幸・幸村の父である。彼は信玄子飼いの武将で、第四回川中島の戦にも参戦している。
「申し遅れました。私は山中 美那、こちらは谷中 若菜様、木下 千尋様です。」
器用に片眉を上げて何かを待つ昌幸に、慌てて山中が名を告げる。すると彼は満足そうに笑い、ドカッとまた腰を下ろした。
「なーにそんなトコで突っ立ってんだい。入んなよ、お館様に会いに来たんだろ。」
チェシャ猫のような顔で、昌幸はともすれば胡散臭く見える赤銅色の眼をキラリと光らせた。
お久しぶりです・・・・ホントにお久しぶり。
久々の更新です、最近色々あって筆が進まなくて(泣)
内容はですね~、まぁありきたり?ですけどこんな感じで。
でもそんなにベタベタにするつもりはありませんよ、もっとあっさりとスッキリと仕上げたいと思いまする。
で、ついに登場しました真田様。
今は昌幸パパだけですけど、ちゃんと息子もそのうち登場させますよ。
ふ~・・・・・・にしてもやっと三十話到達です。
なかなか進展しないですみません。
でもボチボチ感想が増えてて嬉しい限りです。
次回ものんびり待っていてくださいね~。