一の噺 「異世界は存在する、と言った奴にノーベル賞をやれ。」
冷たい水が降ってくる。これは多分雨だろう。というか、何故全身がびしょ濡れなんだ。
「起きろ! おい、起きろって!」
聞き慣れた声が耳に突き刺さって、彼らは目を開く。
「森・・・・も、森?」
開口一番、真っ先に視界に広がる景色を、木下は口にした。
「森やなぁ。ト○ロとか。」
どこかズレた感想を言いながら、むくっと身を起こすのは北だ。
「いや、関係ないだろ。ってか少しはパニクれお前ら。」
がくっと脱力したように肩を落とし、梅本は頬を伝う滴を拭う。
「うっわー・・・・びっしょびしょ。僕濡れるの嫌いなんだよねー。」
心底嫌そうに、谷中は地面から立ち上がってシャツの裾を絞った。
「ここ・・・どこなんでしょうか?どうして私たち、こんなところに揃っているんでしょう?」
唯一マトモな疑問を口にした山中は、慌てて木の影に入り込む。
「・・・・煙草が・・・・使い物にならない・・・・」
水を吸ってグニャグニャになった箱を、悲壮感漂わせながら小川は呆然と眺めた。
・・・・・揃いも揃って、勝手気ままな連中である。
辺りは緑一色だが、森というよりは林と言うべきか。激しい雨は止むことを知らず、延々と冷たい滴を落とし続けていた。
「ホントに何なんだ?オレら、みんな家に居た筈だよな?何で、こんなとこに?」
雨を避けて、六人は一つの木の根本に身を寄せる。木下の疑問に、他は首を傾げることしかできない。
「私は雷が落ちて・・・びっくりして目を閉じたら、何かに引き込まれて真っ暗な中を落ちるのを感じました。そして、目が覚めたらここに。」
山中の説明に、全員が息を呑んだ。
「俺も、同じだ。ミナちゃんの言った通りの目にあった。」
梅本が困惑したような顔つきで言い、残りの五人も頷く。
「どういうことや?何で全員、全く同じ目にあっとる?」
「解らないよ・・・・。そんなことより、この場所がどこなのかを先にはっきりさせないと。」
谷中はキョロキョロと辺りを見回し、どうにかして手がかりを得ようと試みる。だがどこを見ても、記憶に引っかかるモノは見つからない。
「途方に暮れるってのはこのことだな。」
小川は天を仰ぎ、暗雲たる空を眺めた。
とりあえず、雨が一段落つくまでここにいようということで、六人はやれやれと木の根本に座り込む。
しかし一息つく暇など、彼らには与えられなかった。運命とは厳しいものである。
にわかに物音・・・恐らく足音であろう音が聞こえ、誰か来たのかと六人はパッと顔をあげる。
「誰か来たみたいやな。道でも聞くか?」
「はは・・・・言葉通じなかったらどうする?」
「そりゃー即死だな。オレ、英語無理だし。」
そんな冗談を言い合いながら、走ってきた数人の男達の姿を見て六人は固まった。
「き・・・・貴様ら何者だ!?」
「今川の手の者か!!」
歴史を知る者でなくとも、現れた男達の姿形を示す言葉はすぐに浮かぶだろう。胸から腹を防御する、黒く丸みを帯びたシンプルな鎧。頭に被っているのは、三角の形をした黒い笠状の質素な兜。足にも同色の脚絆を巻き、手には長く鋭い槍を握りしめている。
「え・・・・?何コレ、大河ドラマの撮影?」
目を丸くして木下は男達を凝視する。
「んなワケあるか。今の大河ドラマってこんな時代設定じゃないだろ。」
梅本が溜息をつきながら言い、男達に近づこうとする。
「撮影中すんません。俺ら、ちょっと迷っちゃったみたいなんですよ。ここどこだか・・・・うおぁっ!?」
いきなり男の手から繰り出された突きを間一髪でかわして、梅本は仰向けにひっくり返った。
「何を意味のわからんことを!!今川の奴め、このような餓鬼共で俺達を馬鹿にしているのか!?」
男達はギリッと歯を軋ませ、六人を睨みつける。
「ちょ、いきなり何するんですか!?俺達はただ、道を・・・・」
側にいた小川は梅本を助け起こすと、男達に食ってかかる。
「やかましい!!今川に組する輩が、今ここで屍にしてやるわ!!!」
男達は槍を構えると、六人の言葉もろくに聞かずに襲いかかってきた。ザクッ、と地面に突き刺さる穂先に、これはヤバイと六人の顔が青ざめる。
「こーいうときって・・・・どーするんやったっけなぁ殿下?」
冷や汗を流しつつ、引き攣った笑みを浮かべる北に、同じく似たような表情の谷中が叫び声で答えた。
「逃げるが勝ちって、ことわざにもあるよねっ!!!」
そう言うや否や、六人は回れ右して脱兎の如く逃げ出した。
「逃げたぞ!追えっ、追って殺せっ!!!」
男達の怒鳴り声をバックに、血相を変えて必死で逃げる。
「これっ・・・どういうことでしょう・・・!?」
「わっかんねぇ!!ってかあの槍モノホン!?モノホンなわけ!?」
困惑の極み、というような山中に、若干キレ気味な表情で喚く木下。
「どこまで逃げるんや!?」
「知るか!あのイカれた奴らが諦めるまでだよ!!」
走れメロス、いや走れ考研。止まれば確実にぶった斬られるのは明白だ。カーブをきり、直線を突っ切り、泥を跳ね飛ばし、落ちている枝やその他諸々(もろもろ)を飛び越える。
だが思いっきり年中インドア派、体育何それおいしいの?な連中が、長時間走るという行為を続けることは勿論出来ない。
「あっ・・・・!?」
「ミナちゃんっ!!!」
ついに、山中が石に足をとられ転んでしまう。悲鳴に近い声で木下は名を呼び、手を伸ばして引き起こそうとするが。
「ここまでだ、死ねっ、今川軍!!!」
無情に振り下ろされる槍の穂先。終わりだ、と誰もがそう思ったとき、それは輝く金色の光と凄まじい衝撃波を以て彼らを救った。
槍を振り下ろした男は勿論、他の男達もまとめて、突然フッ飛んできたナニかに弾き飛ばされ、それはそれは美しい放物線を描いて地面に落下する。
ドシャッ、という音に、呆然とした顔でその場にへたりこむ六人。
何が起きたのか。とりあえず今、自分達は生きている。斬られてもいない。当然、血も出ていない。
「・・・・・・・・な、に?今の・・・・・」
「と、飛んできた・・・・・よな?」
やっと口から出てきた声は酷く掠れていて、風邪もひいていないのに喉が痛んだ。
「アレ・・・・・・僕が投げた・・・・・石?」
死んだような目で呟く谷中に、他の視線が集中する。
「石・・・・?何で・・・?」
梅本の問いかけに、のろのろと谷中が先ほどまでの状況を説明した。彼女曰く、山中を助けようと近くにあった石を拾って、思い切り投げつけただけだ、ということだ。
「投げる瞬間・・・・いきなり、腕が・・・・バチバチッて。」
「・・・・で、ああなったのか・・・?」
小川の言葉に、コクンと谷中は頷いた。
「雷ですよね・・・?アレは。」
ふと、山中が何かを思いついたような表情をして、皆に確認をとる。
「多分・・・そうだろ。オレ、ちょっとだけ痺れたし。ほんのかーるくだけど。」
間近でアレを見た木下が、うんうんと頷きながら言った。
「雷・・・雷・・・・・まさか。」
目を驚きに見開き、おもむろに山中は手を前に突き出す。そしてそのまま、目を閉じると眉間に皺を寄せて、何やら念じ始めた。
「な、何やってんの・・・?」
「ちょっと黙っててください。」
「す、すんません・・・。」
ぴしゃりと言われ、梅本は口を閉ざして引っ込んだ。
山中はジッと集中して、一心に何かを念じている。六人は黙ったまま、訝しい表情で山中を見守っていた。
一分、二分、三分・・・・やがて、ヒュウヒュウと風の音が聞こえてきた。しかしそんな音を伴う風は吹いていない。どこから聞こえてくるのか?
「うぇ!?ミナちゃん、手っ、手が・・・!?」
驚きの声をあげ、木下が山中の掌を指さす。
なんと、そこには小さなつむじ風がくるくると回っているではないか。
「これ、つむじ風だよね?」
谷中は目を丸くして、掌に現れたつむじ風を眺めた。
「ふぅ・・・・やっぱり、こういうことなんですね。」
山中が一息つき、突き出していた手を下ろすと、つむじ風はふわっと消えた。
「こういうことって、何かわかったんか?」
北の問いかけに、山中はにっこり微笑んですかさず答える。
「マンボウさんは、水ですよ。」
「「「はい?」」」
ハモる間の抜けた声に、山中はお構いなしに不思議な答えを告げていく。
「梅さんは土、王子さんは炎、チロさんは影ですね。」
「待った待った!何のことだ一体。」
小川が困ったような表情で山中に詰め寄る。
「だから、私達が使える力です。殿下さんはさっき見た通り雷。私は風でした。」
山中はぐるっと六人の顔を見回し、更に続ける。
「私達の頭がおかしくなってなければ、完全にこれは現実です。多分、皆も出来る筈ですよ。」
それぞれ顔を見合せ、恐る恐る山中と同じように手を突き出し、力を込める。
程なくすると。
「で、出たっ!!」
「こりゃ、凄いな…」
小川は指先から炎を、梅本は大地を壁のように立ち上がらせ、北は水の球を掌に現すことが出来た。
「おい、チロ!何でやらないんだ?何か凄いぞ、これ!」
興奮した面持ちで木下に呼びかける梅本に、木下は眉を寄せて言った。
「オレが選んだの、影なんだぞ。影ないだろ、今。」
どんよりとした空をつまらなそうに見上げる木下。
「何言ってんだ。影ならあるだろ。」
そう言いながら小川は地面を指差す。
「曇り空ってのは、でっかい影じゃないのか?」
「………あ、そっか。」
成程、と木下は納得して、掌を下に向けて力を込める。すると、ザザザッと黒い影が持ち上がりその手にまとわりつく。そして影はうねうねと蠢き、鋭い爪を持った形に姿を変える。
「…うっわー、悪そうな能力だなー。」
「うるっせー梅干っ!!カッコいいじゃねーかよっ!!」
「梅干って言うな!!」
ジト目で言う梅本に、木下は心外だとばかりに噛みつく。
「まぁまぁ、梅干だか一夜干しだかはどーでもいいって。」
ケラケラと谷中は笑うが、次には表情を一変させて真面目な顔になる。
「これ、僕達がやってたゲームのアバターの設定…だよね?」
それに、皆は深く頷いた。
「ここ、そのゲームの世界……じゃないかな。」
何と奇想天外な言葉だろうか。それが真実だとすれば、何と数奇な運命だろうか。
「つーことは、あのスゲェ落雷が引き金ってことか?」
低い声で、木下は唸るように言った。
「夢やったらええけど……現実やな、これは。」
乾いた笑いを浮かべ、疲れたように北は溜め息をついた。
「……これは。」
愕然とする彼等そっちのけで、山中は一人、先程フッ飛ばした男達を分析している。
その呟きに、どうしたと集まる五人。
「…おい、この家紋って。」
固まる梅本の言葉を引き継ぎ、小川が答える。男達が身につけている、有名すぎる家紋。その苛烈すぎる性格で恐れられ、戦国一と謳われた騎馬隊を易々と破った男。その異名は、『第六天魔王』。
「織田……信長…?」
見違うわけのない、戦国時代の御三家。
「じゃあ、この場所って……あのステージか?お、桶狭間!?」
木下はそう叫び、再びへたりと座り込む。
「僕達、今川軍だと思われてたんだ……。」
谷中は恐らく足軽であろう、男達に視線を向けた。
そして、天候の変化に気付き慌てて空を見上げる。
「雨が……止んでる?」
「あ、ほんとですね。」
山中も空を見上げ、嬉しそうに言う。それと同時に、何やらドドド、という音が聞こえてきた。
まずは第一話です。
感想なんか頂ければ凄く嬉しいです。