二十五の噺 「U.N.毘沙門天は彼女なのか?」
side越後
霞がかった意識がほろほろと戻り、朦朧とした思考が状況を求めた。
今自分達は何処にいるんだ?
背中に感じるのは、布団の柔らかい感触。
接着剤でくっつけられたような目蓋を無理矢理抉じ開けて、小川はようやく周りの様子を見ることが出来た。
「ここ……は?」
ぼうっとしたまま、何度か瞬きを繰り返した後、昨晩のことを思い出して飛び起きようとしたが、中々満足に動かない。
「……畜生……ふざけんな…!」
悪態をつきつつ、必死で上体を起こす。
「……起きろバカ野郎!!!」
幸せ面を曝して寝ている二人が無性にムカついて、小川は苛々と叫んだ。
すると、呻き声をあげながら目を覚ます「バカ野郎」二人。
「なん、何だぁ……?うわ、だりィ……。」
「なんか…気持ち悪いわあたし……うぷっ……!」
口を手で押さえる北に、梅本と小川は這いずるようにして距離をとった。
「てめ、ここでマーしたらぶっ殺すぞ…!」
「しゃーないやんけ、出るもんは出るんや!!」
「……偉そうに言うな。」
何だかんだと文句の言い合いをしていると、いきなり襖が開き、三人は揃ってそちらに目をやる。
「ほぅ、驚いたな。あの薬を吸い込んで、もう目が覚めたのか。」
目に入ったのは、水色の着物を着た女の姿。
キリッとした目は三人を捉えて、驚きの為か軽く見開かれていた。
黒く真っ直ぐな髪は、首筋辺りで切り揃えられており、細く白い首には群青の数珠のようなネックレスが見えた。
「あんた、誰や?」
スッと目を細めて北が問いかけると、女は微笑しながら言い返した。
「私の名が知りたければ、お前達から先に名乗れ。それが礼儀だろう?」
口調こそ静かだが、威圧的な響きは隠せない。
「アホかあんた。他人拐っといて、どの面下げて礼儀だの何だの抜かせんねん。出直せ変態。」
「お前が変態言うな!」
梅本に後頭部をしばかれながらも、北は淡々と言ってのけた。
女は、このどつき漫才を驚いたような顔で見ていたが、やがてニヤリと唇を歪ませた。
「随分と威勢のいいことだ。この私が誰だか」
「あんたが何処の何者で、どんだけ偉いかはどーでもええ。能書き垂れとらんとさっさと吐き、このグズ。」
言葉を遮り、久し振りの毒舌が炸裂して、梅本と小川は溜め息をついて頭を抱えた。流石に、女も口元をひくりと引き攣らせている。
「……成程、あの魔王の元にいたという話は嘘ではなかったのか。とんでもない肝の据わりようだ。」
苦笑して小さく呟き、女は三人の元まで歩み寄り腰を下ろした。
「私は上杉が家臣、直江 兼続と申す。此度の無礼な振る舞い、どうか許して欲しい。」
手を付き、彼女は……直江 兼続はそう述べて頭を下げた。
その名を聞き、三人は絶句する。
「な、直江……?ホントにあんた、あの直江 兼続なのか?」
呆然として梅本が言えば、兼続はきょとんとした顔で頷いた。
「いかにも、私は正真正銘直江 兼続だが……何故そのように驚いているのだ?」
「……いや、なんかその、想像よりも勇ましい感じだったんでつい。」
急いで小川が取り繕い、他の二人もうんうんと頷く。
「そ、そうか。勇ましいか……。」
兼続は何やら微妙な表情だ。
三人も名前を告げ、一体何の目的で自分達をここに連れてきたのかを問いかけた。
兼続は少しばかり躊躇していたが、やがて口を開いた。
「武田との戦の為だ。お前達は『六武衆』と称される、類稀なる神憑きなのだろう?あの『武田の猛虎』といわれる飯富 虎昌を、手合わせながらも無傷で倒したとの報告も入っている。」
「「「はいちょい待ち。」」」
明らかに話がおかしいので、三人はハモりながら手を前に突き出す。
「……飯富 虎昌を負かしたのは俺達じゃない。それは別の三人だ。」
「誤認やで。あたしら、飯富さんの介抱はしたけどな。」
小川と北の言葉に、兼続は驚愕を隠せない。
「そ……それでは、お前達は全くの無関係者なのか!?『六武衆』ではないと……?」
「いや、それも違う。一応、俺等も『六武衆』。でも、飯富さんとやりあったのは俺等の仲間なんだ。」
梅本はそう言い、地国天を喚び出して見せた。
「それに、通り名に六ってついてるから、六人おるってわかるやろ?何であたしらが関係者とちゃうって思ったんや?」
そう北が問えば、兼続はやれやれと頭を押さえて答えた。
「お前達は知らんだろうが……『六武衆』についての情報は、信憑性のないものや誤報が多いのだ。ましてお前達がいた場所は、忍の扱い方が上手い武田……あの小賢しい虎が、のうのうとお前達の情報を素直に流すと思うか?」
三人はヘェ、と感嘆の声を出した。
見た目や行動はちゃらんぽらんだが、ちゃんと仕事してたんだ、という意味で。
「それに、情報を撹乱しているのは武田だけではない。」
(((信兄、今川焼、GJ…!)))
内心で魔王様と白塗り元公家に礼を述べ、微かに笑う。
「……で、あんたは俺達に武田と戦えって言いたいのか?」
小川が面倒そうに尋ねると、兼続は頷いた。それは、武田の元にいる三人ともやりあわなければいけないということだ。
「……言っておくが、断ろうなどと思わないことだ。」
「よう言うわ、さっきから何人忍ばせとんねん。最初からあたしらを脅そうっていう魂胆やろ、見え見えやっちゅーの。」
北は部屋中を見回しながらせせら笑った。
隠れているのはザッと十何人、気配を消しているのだろうが、三人にはちょんバレだ。
「……気配を絶った忍を見つけるとは、ますます戦に欲しいものだ。」
不敵に笑う兼続と睨みあう三人。一触即発な雰囲気が一瞬漂うが。
「控えよ、兼続。私はそなたに、斯様な命を下した覚えはない。」
キン、と耳を貫いた声に、びくっと身を震わせる兼続。
同時に感じる気配に、三人は思わず腰を浮かせて身構える。
静かに襖が開き、現れた姿に彼等は目を丸くした。
頭には白い頭巾を被り、灰黒色の着物だか、法衣だかわからないものを着ている。切れ長の涼しげな目に、スッと通った鼻梁、顔立ちは綺麗な中性的だ。何処か神秘的な空気の漂うこの人はまさか。
「上杉……謙信?」
恐る恐る、小川がその名を口にすると、彼の人は柔らかな微笑を浮かべて、軽く一礼した。
武田 信玄が人間味溢れる武士ならば、上杉 謙信はどこか人間離れした武士といったところか。
「御初に御目にかかる、『六武衆』の方々。此度は我が家臣、兼続が御無礼致した……お前達も下がるがよい。」
謙信がピシリと命じれば、わらわらと感じていた忍の気配が、潮の退くように遠ざかっていく。
「流石、越後の龍。鶴の一声と言うには惜しい一声やな。」
のんびりと言った北に、慌てて梅本が彼女の頭をしばいた。
「アホかお前はあぁ!!?もうちょい丁寧に喋れボケ!」
「梅ッ、お前も騒ぐな!」
小川は必死で梅本を抑えるが……しかし喧しい。
「いったいな、さっきから人のことバシバシしばいて。武将だの何だの言うても、一皮ひん剥いたら誰でもタダの人間やんけ……。」
「「頼むからもう黙ってろ!!!」」
北 修子、恐るべく無頓着なヤツである。
ユニゾンで怒鳴った後、小川と梅本は素早く土下座した。切り捨て御免?冗談じゃない、ごめんなさい。
「すいません、すいません、コイツちょっとアホでしてマジですいません。」
「後でしっかり殴っときますんで、見逃して下さい。」
ペコペコしていると、ぷっと吹き出す音がして、笑いを必死に堪える声も聞こえた。
そーっと顔を上げると、謙信は袖で顔を隠してくすくすと笑っている。
「何とも面白い者達だ……。私がタダの人間か……成程正論、間違いではないな。」
やっと笑いが鎮まったのか、謙信は袖を下ろした。
「やはり、毘沙門天のお告げ通りだ。そなた達が此度の戦に変化をもたらすと。」
「毘沙門天のお告げ?」
梅本が怪訝そうに聞き返せば、謙信はしっかりと頷いた。
「十日程前のことだ。私がいつものように、毘沙門天に祈りを捧げていると、不意に私の頭の中に、そなた達をここに連れてくるように、という言葉が湧き出てきた。それからすぐだ、兼続からそなた達が信玄の元にいると聞いたのは。」
三人は顔を見合わせて、首を捻った。
アレか?ここの上杉 謙信は、ちょっと電波入ってるのか?
なんて失礼なことを思いながら、北が具体的には自分達に何をどうしてほしいのかを尋ねた。
「まぁ、毘沙門天は置いといて。あたしらは結局どうすりゃええの?戦に出ればええだけ?」
「戦に変化をもたらす、とのお告げだったからな……私としては是非とも参戦して頂きたいところなのだが、そなた達に無理強いはさせたくないのだ。意志が固まったら、私に伝えてはくれまいか?」
謙信はそう言い、先程から黙ったままこのやり取りを見ていた兼続の方に向き直った。謙信と目があうと、気まずそうに兼続は顔を伏せる。
「兼続、この上杉のことを、お前は誰よりも想ってくれているのはわかる。だが、彼等を脅して戦に駆り立てるのはならん。」
優しく諭すように、謙信は兼続に語りかける。
「このことは、彼等が己の意思で決めること。わかるな、兼続。」
「……申し訳ありませぬ。出過ぎた真似を致しました。」
深々と頭を下げて、兼続は謙信に謝罪する。
何というか、すんなりと自分の非を認めさせてしまう辺りが凄い。
「……武田のアレとは大違いだな。」
「違いすぎて笑えてくるぞ、俺は。」
「いや、アレはアレで楽しいやん毎日。」
信玄とのおちゃらけた日々を思い出し、力ない笑いが込み上げてきた。
とりあえず、危ない目にはあわなくて済みそうだった。
だが問題が消えたわけではない。
いくらあの上杉 謙信の頼みだからと言えど、武田にいる三人とやり合うわけにもいかないし、まずは仲間達とどうにかして連絡をとるのが先決。
残念ながら、未来の便利グッズである携帯を持っていない。そりゃそうだ、寝間着の中でも携帯を握り締めているわけじゃない。
どうしたものか、と三人は頭を悩ませるのであった。
side甲斐
朝っぱらから、甲斐の躑躅ヶ丘館は上に下にの大賑わいだった。
皆が目覚めたのは、谷中、山中、木下が行方不明の三人に気付き、館中を走り回った足音と騒ぎ声によるものだ。
そこから家臣総出の捜索が始まり、庭で置き去りになった徳利と三つの御猪口を見つけたときにゃ、大騒ぎだった。
「どうしよう!?どうしよう殿下!?もしヤバいことになってたらどうしよう!?」
木下はジッとしていられずにうろうろ動き回り。
「大丈夫だって、そう簡単にやられたりしないよ……多分。」
自信がなさそうに言う谷中。それを黙って見ていた山中が、静かに一言。
「チロさんの影抜けで、何とか出来るんじゃないんですか?」
間。
「忘れてた!!」
ハッとした顔をして、木下が叫ぶ。
「しかし、いきなり移動してはまずくないか?」
「敵の本拠地の真ん中に顔を出すわけにはいきませんよ?」
信方と虎泰は、早速影に飛び込もうとしている木下の肩を押さえて止めた。
「何だよ、じゃあどうするんだよっ!」
「何か、連絡が取りあえるものがあればよいのだが……。」
腕を組んで考える信玄の隣で、木下はブーブーと文句を言う。それに、やれやれと言いたげな視線を送りながら山中は谷中にそっと耳打ちした。
「殿下さん、あの人達の携帯…こっそり持ってきて下さいませんか?」
「うん、わかった。」
合点がいったのか、谷中は素早く走り去り、直ぐに戻ってきた。
そして額を寄せ、何だかんだと言い合っている武田軍団の中から木下を呼ぶ。
「何か良いこと、思い付いたのか?」
「はい。チロさん、影の中に潜んでいるときは、上の様子って見えますよね?」
確認するように問う山中に、木下は頷く。そこで山中は周りから見えないように、携帯を彼女に渡した。
「これを渡してきて下さい。良いですか、なるべく身体は外に出さないように、上手くやらなくちゃ駄目ですよ。」
たちまち木下の顔がキリリと引き締まり、携帯を三つ、懐に放り込んだ。
「僕達の気配は、どうやらわからないみたいだから便利だよね。影の中だと、尚更見つからないよ。」
谷中は早速自分の携帯を忍ばせたのか、懐を軽く叩いた。
作戦会議、終了。
「お館様!オレ、一応行ってみる!影から出なけりゃ、絶対に大丈夫だから!」
信玄や勘助が止める間なく、木下はそう言うや否や、近くの影に飛び込んだ。
胸に抱えるのは唯一の連絡手段、無事に届ける事が出来ればこっちのものだ。
木下、初の単独任務だが・・・・・騒動なしに上手く遂行できるのだろうか?
タイトルについてはつっこみナシの方向でお願いします(笑)
はい、やっと出てきました越後の龍。
上杉 謙信は本当に謎の多い武将だと思いませんか?
どこかズバ抜けてるような感じがして、それこそ「電波」な武将だったと思えるんですが私的に。
ちなみに直江も女性にしました、ええ先に謝っときますごめんなさい。
さて、謙信様は今のところ男か女かどっちかは明かしてません。
謎が謎呼ぶ上杉編、それでは次回でまた!