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二十四の噺「拉致と誘拐の違いは何だ。」

 今日もいい天気だ。

 青い空、爽やかな風、煌めく太陽……そしてこんな日は、昼寝するのに限る。

 甲斐の虎も、のんびりと傍らで寝そべっているが。


「って、違げェだろ!」

「ごふぁ!?」


 盛大に跳ね起きた梅本は、自分達の隣で引っくり返っている信玄の腹に容赦なく肘を落とした。


「何で一国の主が俺達と一緒に昼寝してんだよ!?」

「がはっ……そこに突っ込まれるとは思わなんだわ…!」

「普通突っ込むわ!!」


 唸りながら梅本は額を押さえる。何だかもう、頭が痛い。


「うっさいなぁ、何騒いで…何で信玄様がここにおんねん!?」


 どんちゃん騒ぎに気付いた北は、隣で悶絶する信玄に驚いて飛び起きる。


「いやぁ、仕事が一息ついたから、ちょっとお主等と遊ぼうと思うて部屋を覗いたのだ。そしたら、お主等があんまり気持ち良さそうに寝ていたものでつい……。」

「……子供か、あんた。」


 目を開けた小川は、身を起こし呆れたような表情をしてみせた。

 今目覚めたのは四人。他の三人はいつ目を覚ましたのか、タオルケット代わりの布はもぬけの殻だ。

 自分達は余程眠かったんだろう、全く気付かなかった。


「春眠暁を覚えず、か?」

「…猛浩然だな。当たらずといえども遠からずと言った所だ。」


 ちょっぴり孝研っぽいやりとりを交わして、四人は立ち上がり、ぐちゃぐちゃとした布に足をとられないよう注意しながら部屋を抜け出した。


「あいつら、どこに行ったんだ?」


 谷中、山中、木下の三人は、どこにいるのか。

 梅本が辺りを見回してそう言ったとき、ズドン、と物凄い爆音が鼓膜を乱打した。同時に、荒れ狂う風が館中を吹き抜ける。


「な、何事や!?」


 耳を押さえて北が叫び、爆音のした方向を見る。

 バリバリ、と空に見える白金の筋は……雷だ。


「……鍛練場の方だ。」

「嫌な予感がするのー。」


 小川と信玄は顔を引き攣らせて呟く。

 四人は目配せをして、一つ頷くと脇目もふらずに爆音のした方向へと向かった。







「あは、あはははは……やっちゃった☆」


 プスプスとあがる煙、黒焦げの地面、バタバタ倒れている人々。その中、無傷で笑っているのは、電王を手にしている谷中だ。


「……雷って、本当にコントロールが難しいんですね。大丈夫ですか、お二人さん。」


 開いた舞風を畳み、山中は背後でムンクの顔になっている辰市とあやめを気遣った。


「雷の一撃も防げるんですか……丈夫で何よりです、舞風。」


 そして、着物の埃を叩いて落とす。


「おい、何したんだよお前等!大丈夫か!?」


 駆け付けてきた梅本達は、この惨状に言葉を失った。


「………何だこれ。」


 やっと一言、これだけ言えた。


「いや、あのね……鍛練に付き合ってもらってたんだけど……新しい技使ったら、こーなっちゃってさ……。」


 未だにビリビリと震える空気を纏い、困りきった顔で谷中は頭をかいた。


「む?そう言えば、もう一人ちっこいのがおらんぞ。」


 げんなりしていた信玄は、いつもちょろちょろしている木下の姿が見えないことに気が付いた。


「雷に消し飛ばされたんとちゃうか?」


 ボソッと北が物騒なことを呟いたとき。


「失礼なこと言うな、この馬鹿マンボウ!」


 足元からそんな怒声がしたかと思うと、彼女の影から勢いよく黒い棒が伸びる。それを呼び出した凪鮫で防ぎ、北は二、三歩下がった。


「ちょ、何でんなトコから出てくんねん!!」


 影蜈蛸を握り締め、影から姿を現したのは木下だ。


「新しい技だぞっ!影抜けって言うんだと!」


 得意気に木下は言い、今度は梅本の影に入ると、小川の影から飛び出してくる。


「影から影へ自由に行き来出来るみたいなんだ。便利だよな!」


 新しい技の結果に、彼女はとてもご機嫌そうだ。


「う……な、何という威力か……!」

「あ、ごめんね虎昌さん!大丈夫?怪我ない?」


 すぐ近くで倒れていた男が、呻きながら半身を起こし、谷中は急いで駆け寄る。

 真紅の派手な小袖と、それに合わせたかのような紅蓮の髪。とにかく第一印象は「真っ赤」である彼は、梅本達にとって初見だった。


「こりゃまた派手にやられたの、飯富。」


 にやにやしながら、信玄は飯富と呼ばれた男を見下ろした。

 彼は飯富 虎昌。『武田四天王』の最後の一人である。戦場での猛々しさから、『武田の猛虎』と呼ばれており、かの有名な武田の赤備えの元祖でもある。


「お館様……この飯富 虎昌、六武衆を甘う見ておりました……。」

「ホントにごめんね。まさかあんなに凄く爆発すると思わなかったんだ。」


 谷中は虎昌に肩を貸して、申し訳なさそうに言う。


「殿下さん、よく制御をするのが難しいと嘆いてますものね。」

「そーなんだよ~。ちょっと気を抜くと、すぐに爆発しちゃうんだもんな。」


 近寄ってきた山中も、虎昌を支えてやる。


「辰市ー、あやめー、水くれよ!オレ喉乾いたー!」

「は、はいただいま!」


 木下に袖を引かれ、辰市はあやめと共に井戸の方へと走っていく。


「ところで信玄様、さっき勘助様が信玄様のことを探していましたが……。」

「ム?勘助がか?」


 思い出したかのように山中が信玄に言えば、彼はきょとんとした顔で首を捻る。


「……仕事を放り出していた、というわけではないようだな。」

「失礼な!儂だってやれば出来る子だもん!」

「だから、もんって言うな。んで、子って歳でもないやないか。」


 小川の苦笑いに対して信玄が反論し、更に北が呆れた表情で溜め息をつく。


「とりあえず行けば?あ、水ありがとな。」

 

 三つの水を持ってきた忍っ子二人に礼を言い、木下は手をヒラヒラと振る。

 信玄は頷き、勘助を探しに行く。


「おい、お前等ここ片付けた方がいいんじゃないか?その人、俺達が連れてってやるから、三人で片付けろよ。」


 何か色々散らかっている鍛練場を見回して、梅本はそう提案してみる。


「あー……そうだね。暴れたのは僕達だし。」

「このままだといけませんね。」

「一応、出来るとこだけやっとくか。」


 ハハハ、と力なく笑い、三人は虎昌を梅本達に預けて、何かの残骸や黒焦げの材木を撤去しにかかる。

 それを後目に、梅本達は頭上にピヨピヨひよこが回っている虎昌を運んだのであった。





 その日の夕刻、越後では。


「……面が割れた、と?」

「はっ。飯富 虎昌に肩を貸し、部屋に入るところを目撃したとのことにございます。」


 女の纏う気配が、瞬時に変わった。


「他の者共はどうだ?」


 張り詰めたような空気の中、女は男に問う。

 男はしばらく躊躇った後、静かに首を横に振った。


「わかりませぬ……。本当に、我々にも掴めないのです。武田は忍の扱いに長けている。それ故、敵側の忍に対する感覚が鋭敏…こちらがわも、二、三人を忍ばせるのがやっと、と言ったところなのです。情報の不足も理由の一つですが……気配を感じないというのが、最も我々にとっては苦しいことにございますれば……。」


 男は悔しげに言い、深々と頭を下げた。


「しかし、何とか顔は確認することが出来ました。如何いたしますか?」


 女は組んでいた腕を下ろして、言い辛そうに口を開いた。


「実は……お館様に話をしてみたところ、非常に興味を持たれてな。一度会うてみたいと仰せられてしまった。」


 彼女の苦虫を噛み潰したような表情に、男は深い溜め息をついた。


「出来れば、此方に連れてこいとの命が?」


 女はこくりと頷いた。


「……然るべく。」

「すまんな、やりづらい仕事だと言うのはわかっているのだが…。」


 男は微かに苦笑した後、一礼して姿を消した。





 その日の夜。


「ところで、今武田の戦状況はどうなってるんでしょうか?」


 ふと思い出したかのように、山中は髪をとかす手を止めて言った。


「戦の状況?」


 仰向けに引っくり返っていた梅本は、その言葉に反応してむくっと起き上がる。


「はい。実は鍛練場の片付けてをしていたときに、信玄様と勘助様が通るのを見かけたんですが……何やら深刻そうな顔でしたので、戦関連のことではないのかと思いまして。」


 少し考え込むような素振りを見せる山中。


「……考えすぎじゃないのかと言いたいとこだが、実際、桶狭間の戦い以外俺達は他の戦のことを知らないよな。」


 いつどこで手に入れたのか、小川は黒い煙管を吸いつつ、山中に同意する。


「武田と言えば、vs村上、vs上杉、vs織田が有名どころだけどさ、戦だとどのあたりなんだろーな?」

「この世界やと、何か色々とずれてたり狂ってたりするんやろうな。」


 木下と北の二人は、互いを団扇で扇ぎ合っている。


「多分そうだろうね。明日、誰かに聞いてみようよ。素直に教えてくれるかな?」

「教えてくれなかったら、無理矢理にでも聞きだせばいいだろ?」


 笑いながら言う梅本の手荒い言葉に、谷中はそれもそうか、と納得する。随分と物騒な思考である。

 とにもかくにも、そろそろ就寝の時間である。鍛練場で暴れた三人は疲れているのか、目蓋が徐々に下がってきている。


「オレ、もー寝る……眠いぞ……。」


 最初に力尽きたのは木下、その後に山中、谷中と倒れていく。

 当然、梅本、北、小川の三人はまだ眠たくないわけで、彼等は物音をたてないようにしながら部屋を抜け出した。

 向かうところは、月のよく見える館自慢の庭だ。

 

「たまには月見酒と洒落込むか~。」


 梅本がぷらぷらと手にぶら下げているのは、白い徳利。


「……あの世界じゃ、こんな綺麗な星や月なんて見ることないな。」


 上機嫌な小川は、煌めく星空や煌々と輝く月を見上げて呟く。


「起きてりゃ、殿下も一緒に飲もうと思ってたんやけどな。あの様子じゃ、起こせんなァ。」


 北は幸せそうに爆睡する谷中を思い出し、苦笑した。

 ちなみに、山中と木下はハイパー級の下戸なので、酒を飲むことが出来ない。

 こんなにいい月夜なのだ、何もしないで寝るなんて勿体無いじゃないか。

 三人は夜の冷たく透き通った空気を味わいながら、庭へと入り込んだ。中に座する庭石に腰かけ、彼等はそれぞれの御猪口に酒を注ぐ。


「「「乾杯ー!」」」


 ぐいっと煽り、ぷはあっと息を吐く。喉を通り過ぎる味と香りを楽しみ、しばし時を忘れた。





 程好く酔いが回りかけた頃、それは突然に起こった。ほわほわしてきた感覚をにわかに刺す、微かな気配……神憑きのものだ。


「……何だ?」


 御猪口を置いて小川は辺りを見回すが、動くものはない。


「えらいちっちゃい気配やな。こりゃ、隠れとる忍並みにちっちゃいで。」


 例えるなら、蚊に刺されているときに感じる痛みのように微かだ。

 眉を寄せて北はぼやいた。

 全く風流もへったくれもない、なんて不粋な輩だろうか。せっかくの月見酒が台無しだ。


「何処から来てるんだ……?上、か?」


 怪訝そうな顔で梅本は空を見上げて、目にしたものに度肝を抜かれる。

 彼が見たものは、空から急降下してくる数人の忍達だった。


「何だありゃあ!?」

「ドえらいノーロープバンジーやなぁ。」

「感心するところが違う!!」


 小川は北を殴り、神器を喚ぼうとするが。


「……これは…粉…!?」


 はらはらと舞い落ちてくる粉末を吸い込んだ瞬間、急にだるさと眠気が身体を襲った。ヤバいと思う暇もなく、力なく崩れ落ちる。

意識が途切れる瞬間、聞こえた言葉。


「…捕獲、完了。」


 倒れた三人の傍らに降り立った忍は、屈み込んで彼等を担ぎ上げた。そのまま軽々と飛び上がる様子が、忍の体力の壮絶さを物語っている。

 さて、彼等は一体何処に連れられて行くのだろう?行方は月と星のみが知っている。





「……ふぁ?」


 気配を感じたのかはたまた偶然か、パカッと谷中の目が開いた。むくっと上半身を起こし、ぼんやりした視線をさ迷わせる。


「……たい焼き、食べたい……。」


 ぽつりと呟き、ばたっと引っくり返る。そして聞こえるのは、穏やかな寝息。

 三人がいなくなったことに気付くのは、朝日が昇ったときになりそうだ。


鯛焼きってあんこも美味しいけど、カスタードやキャラメルなんていう色物もおいしいですよね。

さて、いよいよこの進みにくい話にも変化が訪れました。

攫われた三人の安否は? 何が目的なのか?

ちょいちょい出てくる謎の男女は何者なのか?

あー、やっとここまで来れたですよ・・・・・・お次は攫われた三人に焦点を当てて書いていきますー!


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