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二十一の噺 「イメージなんて、容易く壊れるもんだよ。」

 愛馬を厩に預け、信方に案内されて館に入る。


「見た感じは神社や寺みたいやな。」

「この廊下長いねー。なんか僕、走りたくなるよ。」


 キョロキョロとあちこちを見回しながら、六人は奥へと進んでいく。

 二、三回角を曲がったときだ、物凄い怒鳴り声が聞こえてきたのは。


「お館様アアアァァ!!!」


 一度聞けばわかるほど、その声は激怒している。

 一体何事だ、と目を見張る六人に、信方はやれやれと目元を手で覆う。

 ドタバタと足音と共に現れたのは、真っ黒な小袖に小豆色の羽織を着た男。左目には、小袖と同色の眼帯が。


「板垣殿!!お館様は!!何処にいらっしゃるか!!ご存知ないか!?」


 鬼気迫る表情で信方に迫る男は、今にもガルルと唸りそうだ。

 信方はげんなりしながら溜め息混じりに言った。


「またか……申し訳ない、勘助。」


 勘助、という名前にまたまた反応する六人。


「まさか…まさか、あの人ってよ……?」


 梅本は眼帯の男を指差す。ちょっと前の大河ドラマの主役だった、その彼の名は。


「山本 勘助……通称ヤマカン!」


 それは正しい通称ではないが、山勘という言葉が彼から派生したというのは間違いない。


「板垣様が謝る必要などシラミほどもありませぬ!!悪いのは全てお館様!毎度毎度毎度執務をほっぽりだして!!!」


 勘助は余程頭にきているのか、顔はもはや鬼の形相だ。


「何か……毎日胃痛や頭痛が絶えなさそうですね……。」


 怒れる勘助、項垂れる信方があんまり可哀想で、山中はポツリと呟くと。


「お分かり頂けますか!?全くお館様という方は!いつもゴキカブリのように逃げるんです!!」


 ゴキカブリとは、文字の雰囲気からもわかるようにゴキブリのことだ。


「……甲斐のゴキカブリ……」


 ボソッと小川が言えば、頭の中にゴキブリの着ぐるみを着た信玄が素晴らしく想像できた。


「「「………っ、だはははははははは!!!」」」


 プフーッ、と全員が吹き出し、たちまち爆竹のように笑い始める。言い出した勘助も、さっきまで真面目な顔つきだった信方もだ。


「無理ッ……無理無理無理おもろすぎる……!」

「ゴキカブリって……ぶははははー!!」


 床に膝をつき、バンバン叩きながら笑いまくる。

 普通そこは無礼者と怒られるとこだろうが、仕える側が言っちゃうとこがもう終わってる。


「わ、儂はゴキカブリじゃない!!主をゴキカブリ呼ばわりするなっ!!!」


 しばらくゲラゲラ笑っていると、聞き慣れない声が飛び込んできた。

 その後、息を呑む気配がし、そして勘助の纏う空気が瞬時に変わった。


「お~や~か~た~さ~ま~……!!!」


 からくり人形のように、一瞬で鬼の形相になる勘助。

 彼は手荒く声のした部屋の戸を開けて、中に飛び込んだ。


「待て!待て待て勘助!儂はちょっと休憩しようと……!」

「何度休憩すれば気がすむんですかあああぁ!!!」


 ドンガラガッシャン、と色んなものを引っくり返して大暴れする音がして、やがて収まった。


「やっと捕まえましたよ、お館様……。」


 ニタァとした笑顔も眩しく、勘助は何かをズルズル引き擦りながら再登場する。手からは縄が伸びており、その先に縄でぐるぐる巻きになった何かがあった。

 それは人の形をしていて、ぐにぐにと動いている。


「………!?」


 六人は一斉に信方に目を向ける。

 何だありゃ、という意味を含んだ視線に、信方は深い溜め息をつくことで答えた。


「勘助…すまんが、お館様を少し貸してはくれんか?」


 まだ絶句したままの六人を一瞥し、げんなりした様子で信方は言った。


「……そう言えば板垣様、そちらの方々は一体?」

「それを今から説明するから、一度お館様を解放してやってくれ……。」


 信方と勘助のやり取りを、何処か遠くで聞きながら六人は感じた。


(((誰が嘘だと言ってくれ……)))







 ちょっとした波乱と失望と悲しみの後、やっと六人はまともに甲斐のゴキ……いやいや、甲斐の虎と名高い武田 信玄と正式に面会することができた。


「お初にお目にかかります、ゴキカ……ごほん、信玄公。」

「今儂のことゴキ「お館様。」……うむ、お主等の名を聞こう。」

 

 小川の言葉に信玄が反応するが、笑顔の勘助の一言でたちまち抑え込まれる。

 六人の名乗りが済み、どういった経緯でここを訪れたのかを話すと。


「そうであったか……辰市をのう。儂からも礼を言おうぞ。感謝する、小川殿、梅本殿、北殿、山中殿、谷中殿、木下殿。」


 信玄は六人に向かい、深々と頭を下げた。


「わ、私達、本当に何もしてません!貴方のような一国の主に頭を下げられては、どうしたらいいか……!」


 困りきった山中がそう言えば、顔を上げた信玄は豪快に笑う。


「なんの、大切な家臣を助けてもらい、頭の一つも下げんなど儂には出来んよ。」


 安土城にいたときとは違うこの扱いの差!魔王様と比べれば、信玄公はとってもいい人だ。


「お館様。辰市の、この者達をしばらくここに置いてやってほしいとの頼み……聞き入れて頂けましょうか。」


 信方がそう訪ねると、信玄はすかさず頷いた…のだが。


「いや、おかしいやろちょっと。」


 北は顔をしかめて、まとまりつつある話に割り込んだ。


「そんな簡単に決めてええんか?あたしら、まだ名前しか言ってないんやで?怪しいやろ絶対。」


 彼女の言うことは至極まともで、他の五人もうんうんと頷いている。

 しかし信玄は不意に真面目な顔になり、静かに言い放った。


「怪しい者は、自ら進んで怪しいなどと言わぬもの。もしお主等が忍で、儂の命や情報を奪いに来たのなら……そのような殊勝なことなぞ言わんだろう。」


 どっしりとした言葉と構え方に、六人は目を丸くする。


「ま、どーしても疑って欲しいなら牢が空いておるがの……。」

「いえ、それはナシの方向性で。」


 慌てて言えば、信玄は豪快な笑いを響かせた。笑い声のでかいおっさんである。


「お主等が何処の何者であるかはどうでもよい!それこそ妖怪変化の類であろうとも、受けた恩を儂は返すつもりぞ?」


 武田 信玄……ちょいと器が広すぎゃしないだろうか?


「信玄様、スゲー!!やっぱり武田最高だなっ!!!」

「そうか!武田最高か!」


 わあっと歓声をあげる木下に、ノリよく信玄も便乗する。

 はしゃぎ声をBGMに、木下以外の五人は信方と勘助の方に向き直る。


「お館様が決めたことを、我等がどうこう言えるものではない。」

「というよりも、異議を申し立てても無駄だからな。」


 呆れたような視線を信玄に送り、武田の家臣二人は苦笑いを隠せない。

 というわけで、甲斐での宿は躑躅ヶ崎館に決定した。







「あ~、スッキリした……。」


 手拭いで髪を拭きながら、六人は深々と一息ついた。面会の後、やっとお風呂に入ることか出来たのだ。

 ネタネタもベタベタも綺麗さっぱり洗い流して、新しい着物を着て、あてがわれた部屋でまったり寛ぐ。


「想像していたより信玄様は何というか……お気楽なオジサマですよね。」


 山中は、あのチャラかしいイメージが信じられないようだ。


「……ヤマカンも、醜男と聞いていたが、俺にはそう見えないな。」

「それ、あたしも思ってた。めちゃ普通やでアレ。足はちょっと引き摺ってたけど。」


 小川の言うことに、北も首を捻る。


「ま、いいんじゃね?だってほら、ゲームの世界だし。」

「どんな違和感もその一言で片付けれるよなー。」


 木下と梅本は幸せそうな顔で、畳の上をころころ。

 まるでアザラシのようだ。しかし、完全に気を抜ききっているというわけではない。

 彼等は何気ない風を装って、互いに目配せをしあった。天井裏から、微かに感じる気配……恐らく忍だろう。覚えのある感覚は、神憑きのものだ。


(やーっぱり、監視されますか。)


 誰の指図かは知らないが、当然と言えば当然だ。

 向こうは六人が神憑きであることを知っているのだろうか?

 色々と話したいが、忍がいるとあっちゃ、そう簡単に口を開くわけにはいかない。

 やれやれ困ったと思っていると、いきなり襖が開き、何かがシュバッと入り込んできた。

驚いて素早く身構えるが。


「頼む、匿ってくれ!」

「「「また逃げたのかよ。」」」


 すかさずツッコミを入れた相手は、さっきまで謁見していた甲斐の虎。


「わ、儂だって遊びたいんだもん!!」

「その面でもんとか言うな、気持ち悪すぎるやろ。」


 鬱陶しそうに言う北に、とにかく匿えと信玄は迫った。

 彼等は溜め息をつくと、一人が荷物から代えの着物をつかみ出して立ち上がった。そのまま信玄の前に着物を広げて壁を作り、残りの五人がその前に座り込む。ちょっと着物の鑑賞会してました、のポーズだ。

 すると、廊下をズルッ、ズルッと歩く音が聞こえた。


「お館様ーァ……お館様ーァ……何処に行きやがったんですかーァ………!」


 まるで地を這うような声がして、ピタリと部屋の前で止まった。

 そして、スウーッと襖が数センチ開き、勘助が顔を覗かせた。その雰囲気たるもの、井戸から這いずり出てくる某有名な幽霊のようだ。


「あ、あの……何か?」


 冷や汗を流しつつ、谷中が尋ねると。


「……ここにもいらっしゃらない……。」


 低い呟きの後、無音で襖が閉じられて、ズルッ、ズルッと足音が遠ざかっていく。

 固唾を呑んで、彼の足音とおっかない気配がなくなるのを待ち、全員が半ば止めていた息をようやく吐き出した。


「ち、超怖い……あの人怖すぎるでしょ、信玄様!?しかも何アレ、どこの怪談なわけ!?」


 止まらぬ冷や汗を浮かべたまま、谷中は信玄の襟首を掴んで揺さぶりまくった。


「勘助怖い勘助怖い勘助怖い勘助怖い……」


 信玄はというと、揺さぶられながら蒼白な顔色で、勘助怖いと呟いている。


「あれ……武田の裏の支配者やな。」

「オ、オレ……今日一人で厠行けないかもしれないぞ……。」

「そ、その時は私、お付き合いします……。」


 北と木下と山中の三人は、引き攣った顔でくっつきあっている。


「信玄様さぁ、頼むから俺達巻き込まないでくんね?」

「……というか、匿ったことがバレればこっちまで飛び火がくるんじゃないのか?」


 梅本は呆れが頂点まで達したのか、もう半笑いだ。

 そして小川のもっともな言葉に、皆ピタリと動きを止める。


「「「よし引き渡すか。」」」

「ちょ、待たんか!お願い待って!」


 六人が真顔で手足や襟首を掴むと、信玄は半泣きで抵抗する。


「うるさいなっ、あんなのに殺されたら洒落にもなんないんだぞっ!!」


 木下は苛々と言い、信玄の手をぐいぐい引っ張る。


「ホントに待たんか!儂はただ逃げてきたわけではないのだぞ!」


 話があるのだ、と信玄は必死に言い、彼等は疑り深い眼差しを向けながら渋々手を離した。


「しょーもない話やったらあの妖怪軍師すかさず召喚したるわ。」


 舌打ちする北に、信玄は真っ青な顔で頷いた。

 あの武田信玄に完全にタメ口をきいている辺り、イメージの崩壊とやらは恐ろしい。

 信玄の前に座り、さっさと話せと催促すると、彼は一つ咳払いをして、天井に向かいピシリと言い放った。


「儂はこの者共に話がある。見張りはよい、元の場に戻れ。」


 すると、微かな物音と共に忍の気配も消え去った。


「さて、本題に入ろう。これは儂の推測に過ぎぬが、お主等、『六武衆』だろう。」


 躊躇いもへったくれもない、直球ストレートの言葉。


「……何故、そう思う?」


 六人はサッと顔を強張らせ、小川は静かにそう尋ねた。


「ふふ……武田の強味の一つは、忍の使い方よ。儂の情報収集力、なめてもらっては困る。」


 初めて信玄の顔が、険しくも不敵な戦人のそれに変貌した。


「成程。流石は武田の忍、感服いたしました。それで、私達をどうするつもりですか?」


 きちんと姿勢を正した山中は、落ち着き払った視線で信玄を見る。


「どうもせんよ。言うたであろう、お主等が何者であろうと、儂は恩を返すつもりだと。」


 ここまで言い、信玄は楽しそうに笑ってみせた。


「ただ、下手に隠すより、開き直ってしまったほうが儂はよいと思うたでな。」

「それはそうとして、結局何なんだ?それだけを言いに、あの妖怪軍師の目を盗んでここまで来たのか?」


 長い息を吐き出し、梅本は正座から胡座に座り直した。どうも真意が掴めない。


「もう一つは、何の用で甲斐に来たのか、ということよ。まさか尾張の小僧の密偵、というわけでもないのだろう?」


 信玄は六人の顔をそれぞれ見回し、答えを促す。


「オレ達、信玄様に会いに来ただけだぞ。他は特にない!」


 あっさりと木下は言い、他の五人も真顔で頷く。

そ のあまりにも単純明快な理由は、信玄の目を丸くさせるには十分な威力を持っていた。


やっと甲斐の虎のご登場です。

ええ、イメージをズタボロにした感じは十分あります。

ごめんなさい石投げないでください。

一応大好きなんですよ武田。

ヤマカンも風林火山見てからすごい好きですよ。

それ見て大河ドラマはまりましたから。

・・・・・次回は甲斐の武田ライフをお送りします。


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