二十の噺 「つつじって、漢字で書ける人いる?」
小屋を後にして、黒蜘蛛の元に戻る六人+忍。彼等の帰りを今か今かと待ちわびていた黒蜘蛛は、六人の後ろにひっそりと立つ辰市に目を向けた。
「ど、どうですかい、大将達。化け物は……?」
「ああ、それコイツ。」
梅本は辰市を指さし、黒蜘蛛は目を見張った。
「こ、こんなガキが!?」
仰天した声が響いて、六人はやれやれと肩をすくめた。
「手負いの忍が潜む忍小屋に、不用意に近付いたあなた方の不運を嘆くしかありませんね。」
そう言う山中の背後で、辰市が合点のいった顔をする。
「……で、俺達はもう行っていいんだよな。」
いい加減、こんなむさ苦しい所にいるのは飽きた、と小川が眉を寄せる。くるっと全員が背を向けようとすると。
「ま、待ちやがれ!そのガキは置いていけ!」
いきなり黒蜘蛛が叫び、六人は面倒くさそうに視線を向けた。
「何で置いて行かなきゃなんないんだ?」
木下の問いに、黒蜘蛛はギャアギャアと喚きたてる。
「そいつは俺の子分を三人も殺したんだ!そいつだけはぶっ殺してやらねぇと、俺の気がすまねぇ!!」
彼の言い分を、六人は鼻で笑い飛ばした。
「よう言うわ、義賊ならともかく、お前らどない見ても悪党やないか。」
「今まで何人殺したか知らないけど、それはちょっとムシの良すぎる話じゃない?」
北と谷中は顔を見合せ、嘲笑する。
「……仲間想いなのはいいが、自分の行いを見直してからそういうことを言うんだな。」
不快感を剥き出しにして、吐き捨てるように小川は言った。
うっ、と言葉に詰まる黒蜘蛛を厳しい目で一瞥し、六人は再び背を向けてその場から立ち去った。
さて、六人は辰市の案内のもと、甲斐を目指す。
今日の目標は、今夜の宿代わりに利用する蕪木村まで辿り着くことだ。
「カブキ村は、何か美味いものあるかな?」
「蕪木村だ。」
やっぱり村の名前を間違える木下に、小川の訂正が入る。
「蕪木村は…そうですね、猟師が多く住んでおりますので、山鳥や猪が美味しいかと。」
律儀に答える辰市に、周りは苦笑を隠せない。
「辰市さん、ちゃんと掴まってろよ。落馬したら笑えないからな。」
梅本は相乗りしている彼の身体を、小まめに気遣う。
「はい、大丈夫です。梅本様こそ、窮屈にしてしまって申し訳ありません。」
辰市に深々と頭を下げられ、逆に梅本は面食った。
「いや、別にいいけど。」
そこまで丁寧に謝らなくても、と思うのだが、やっぱり忍と言う身分故か。
とまぁ、ほのぼの進んでいると。
「しまったあああぁぁ!!?」
「うおっひょい!?」
いきなり木下が絶叫し、驚いた北の口から何か妙な奇声があがる。
「礼金巻き上げんの忘れうぶっ!?」
「うるせぇ守銭奴!!」
すかさず梅本が手拭いを投げ、見事に彼女の顔面にヒットする。
「梅ー、手拭いに石入れちゃ駄目だよー?」
「雪合戦じゃ反則やな。」
谷中、北・・・・そういう問題ではないと思う。
「イッテェなこの野郎!オレ一応女!」
「えぇ!?女性の方なんですか!?」
「酷いよタッちゃん!?」
もう何もわからない。
……一度仕切り直して、テキパキと予定通り一行は蕪木村に到着した。
「肉!久しぶりの肉ですよマンボウさん!」
「……猪と鹿やな、チロさん。」
蕪木村の村長は、七人を快く泊めてくれた。
事前に宿代として渡したお金の力もあったせいか、その日の夕飯は牡丹鍋と焼き肉(鹿肉)というデラックスコースを頂けたのだ。
「やっぱり、肉もたまには食べないと物足りないないね。あ、王子水ちょーだい。」
もぐもぐと肉を咀嚼しながら、谷中は王子に渡された水を煽った。
「辰市さんも食べてますか?」
焼き肉を摘まみ、山中は居心地悪そうに座る辰市に話しかけた。
「あ……はい、ありがとうございます。」
「そんなに固くならなくてもいいのに。やっぱり忍って扱い酷いの?」
辰市の強張った様子を見かねて谷中が問えば、少しの迷いの後彼は答えた。
「いえ……そういうわけではないんです。私のお仕えする方は、忍には大層寛大なお方で、大切にしてくださいます。ですが、何分にもこんなに大勢と食事をとることは初めてなので、やはり緊張してしまって。」
照れるように辰市は俯いた。
「……じゃあ、貴重な体験だな。」
玄米の上に肉を乗せ、小川は即席肉丼をかっ込んだ。この時、全員が予想した辰市の「お仕えする方」とは。
(((武田信玄だったりして…?)))
孫子兵法の言葉、「風林火山」を旗印に掲げた、戦国一の武将。その通り名は『甲斐の虎』である。
虎と呼ばれるからには、さぞや猛々しい人物かと思いきや、身分がずっと下の忍を大切にするなど、寛大でおおらかな精神を持つ武将だ。
「優しい人なんですね。辰市さんは、いい人にお仕え出来てよかったですね。」
山中の言葉に辰市はこくりと頷いたあと、意を決したように真面目な顔付きになった。
「あの、甲斐にお着きになったら……宿は決めておられるのでしょうか?」
六人は首を横に振り、決まってないことを告げる。
すると、辰市はよかった、と呟いた。
「何がよかったんや?」
「いえ、こちらの話ですからお気になさらないで下さい。」
北が首を傾げるが、辰市は素知らぬ顔で牡丹鍋に手を伸ばすのであった。
翌日、村人に丁寧にお礼を言って蕪木村を出た。
その後、三、四日は村を見つけては泊まらせてもらったり、野宿したりしながら進んでいった。
「さすがに……いい加減、風呂に入りたいんだが。」
呻くような小川の言葉に、無言で六人は頷いた。
毎日濡らした布で身体を拭いてはいるのだが、やっぱりお風呂が恋しい頃合いである。
「あー、髪ネチネチやし。」
特に北は髪が長いので、気持ちが悪そうだ。
「もう少し我慢して下さい。今日中に到着すると思いますので……。」
辰市の励ましに緩慢な動作で六人は頷き、疲れたように溜め息をついた。
ようやく待ちに待った甲斐へと到着したのは、ちょうど昼を過ぎた頃だ。
「やっと着いたぜこのやろー!」
「風呂があたしを呼んでるぜばかやろー!」
さっきまでダダ下がりだったテンションがグンと上がり、木下と北が阿吽の呼吸で叫び出す。
「静かにしろよ、恥ずかしいだろ!?」
現代にいた頃もこの世界でも、彼の役割は変わらず「保護者」のままだ。
「あの、宿のお話なのですが……。」
遠慮がちに辰市はあるお願いを六人にしてみた。
「私に少し時間をくれませんか?是非お招きしたい「宿」があるんです。」
「それってお金いくらー?」
すかさず谷中が問う。
どれだけ懐が潤っていても、ムダに高い宿には泊まれない。
「……うまく行けば、格安で泊まれます。」
うまく行けば、という言葉が引っ掛かるが、それよりも格安という言葉が魅力的だ。
しかし、その宿が何処にあるのかということは、六人が何度尋ねてみても辰市は口を開こうとしない。
「……念の為に聞くがお前、俺達をどうこうする気はないよな?」
声を潜めて小川は囁くように言った。
それを聞いた瞬間、辰市の顔付きが変わる。
「確かに私は賎しき身分にございます。ですが、命を救って頂いた方を貶める事は決して致しません。」
辰市は声を荒げて、しばし小川と睨み合う。
「わかった。疑って悪かったな。」
小さな溜め息をつき、小川は目を逸らして謝った。
「いいえ、それでいいんです。」
苦笑して辰市は言い、自分達のやり取りをジッと見ている五人に向き直った。
「で、何処なんだその宿は?」
辰市によって連れられた「宿」。
果たしてそこは宿と呼んでいいのやら……。
規模のデカさは安土城と比べると、そりゃ多少は小さい。
六人の予感は見事に的中していた。
甲斐にこんな馬鹿でかい屋敷……むしろ要塞じゃないのかコレ? と言いたくなるような箱モノを持つ人間なんて、一人しかいない。
「た……辰市さん、このお屋敷の名前って……?」
目が点になっている山中に、彼は笑顔で答える。
「躑躅ヶ崎館、といいます。」
分かっていても絶句してしまう。
城を持たない武田信玄の住まう屋敷だが、その広さは城レベルにしか見えない。
「魔王様の次は甲斐の虎……遭遇率パねぇな。」
門番の兵二人に話をつけている辰市を眺めながら、小声で梅本が言った。
「お待たせしました。どうぞお入り下さい!」
それぞれ馬を引きながら、門番の視線を気にしつつ門をくぐると。
「たーつーいーちいいぃぃ!!!」
何かが辰市にタックルをぶちかましてきた。
見えたのは、菖蒲色の残像。
「心配したんだからああぁ!!アンタ初の単独任務でしょ!?無事に帰ってきてくれてよかったよおおぉ!!!」
「ちょ、待っ、待って下さいあやめ姉さん!」
艶やかな黒髪をポニーテールにした少女が、辰市にガッチリとしがみつき、彼の頭をぐりぐりと撫で回している。
「誰やねん、アレ。」
「彼女かな?」
あまりの激しさに、唖然とした顔でその様子を眺める六人。
「あら、貴方達だあれ?辰市の友達?」
一頻り騒いだ後、ぐったりしている辰市を放り出してようやく少女が六人に目を向ける。
「一応、そこで萎びとる奴の連れや。あんたは?」
極めて大雑把な答えに、少女は気にした様子もなく名を名乗った。
「あたしはあやめ。辰市の姉!」
「タッちゃんのねーちゃんだったのか!」
目を丸くして、木下は二人の顔を見比べた。
言われれば成程、似てなくもない。
「こ…この方々が、怪我をしていた私の手当てをして下さったんです。」
復活した辰市がそう説明すれば、あやめの顔付きが変わる。
「ちょ、それじゃ辰市の恩人じゃない!?やだ、あたしったら何てご無礼を……!!」
「別に畏まる必要なんてないですよ。私達、そんな大層な身分じゃありませんし……。」
慌てるあやめに、山中はにこやかに言った。
「うっそぉ!?じゃあ何でそんな凄い妖馬とか持ってるの?」
「……よっぽど良い馬なんだな、お前。」
凄いと言われて嬉しいのか、小川はご機嫌な赤兎の頭を撫でてやる。
「あやめ、辰市……いつまでお客を立たせておくつもりだ。」
和気藹々とした空気が流れる中、別の低い声が飛び込んできた。
見れば、白地に流水の柄が入った小袖を着た男が一人、呆れたようにこちらを見ている。
「「い、板垣様!!」」
あやめと辰市が同時に叫び、慌ててその場に片膝を立てて跪いた。
「板垣…ってさ。」
聞いたことのある名前に、出来るだけ小さな声で木下が山中に耳打ちする。
「はい……信方さん、でしょうか。」
眉を寄せて、六人は男の姿をジッと見つめた。
男は辰市の前に屈み込むと、彼の肩に手を置き、噛み締めるように言った。
「辰市、よくぞ……よくぞ、戻ってきてくれた。」
「いいえ……!私がまだまだ未熟なせいで、板垣様にご迷惑をお掛け致しました……!」
声を微かに震わせ、辰市はその場に平伏する。
「お前が謝ることは何もない。顔を上げ、立ってくれ……。」
静かに男は辰市を立たせて、ポカンと傍観している六人の傍までくると、慇懃に一礼した。
あまりにも丁寧な態度に面食らい、こちらも急いで頭を下げる。
「某は板垣信方と申す……。此度は我が忍、辰市をお助け頂き、誠に感謝している。」
「はっ……!?いやいや、俺達そんな大したことしてないですから!んな馬鹿丁寧に頭下げないで下さい!!!」
板垣信方と言えば、『武田四天王』と呼ばれる知勇を兼ね揃えた大物の一人だ。そんな人間に頭を下げられちゃ、居心地が悪いのなんの。
梅本はアワアワしながら信方に顔を上げるよう、必死で説得する。
「いや、部下を助けて頂いた方に頭を下げぬなど、某には出来ぬ。」
「いや、ホントに困りますから!何か後々困りますから!」
何とか信方の顔を上げさせて、ふう、と一息。
「……板垣様、この方々、まだ宿を決めておられないのです。どうか、お屋敷に泊めて差し上げることは出来ませぬか?」
おずおずと辰市が口を開き、板垣に懇願する。
それを聞き、板垣は険しい表情を浮かべたが、それも一瞬のこと。
「いいだろう。しかし、お館様にも了承を得ねばならん……そなた等、馬を預けてくれまいか?」
どうなるのかと固唾を飲んで見守っていた六人は、あっさりと出たOKに半ば目を丸くした。こんな何処の馬の骨か知れない奴を、そう易々と引き入れていいのやら。
しかし、断るのも特に理由はないし、何より勿体無いではないか。
というわけで、彼等は信方に向かって頷いた。
いざ、甲斐の虎穴に入場である。そこで得るものは、はたして虎児か、はたまた別の何かか……。
躑躅ヶ崎館にやっと入館です。
今回のはワリと早く上げられたかな・・・・・?
お次はいよいよ甲斐の虎と面会です。