十九の噺 「飯喰えば 元気になるなる 忍なら。」
慌てて六人は駆け寄り、動かぬ黒装束の身体を抱えた。
「ミナちゃん薬!早く薬用意して!」
「マンボウと王子と梅はお湯だぞっ!」
谷中と木下が同時に叫び、黒装束の上半身と覆面を引ん剥く。
現れた顔は、自分達より年下であろう少年。
山中は腰の入れ物から傷薬の壺を掴み出し、軟膏を掌に落とした。
「応急措置はしてあるみたいですね。」
傷に軟膏を擦り込みながら、山中は素早く具合をチェックする。
「そりゃ忍ならね。チロちゃん、包帯そっちに大きいのあったっけ?」
「あるぞ!サラシもいるよな。」
谷中に包帯を渡し、更に木下は折り畳んだサラシも引っ張り出す。
「えーーっとぉーー……あった、鍋!」
梅本は小屋中をガサゴソして隠された鍋物を見つけ。
「水はこんなもんやな…王子、火。」
「わかった。」
能力を使用し、北は水を入れ小川は火を起こす。
旅の心得その2、怪我の対処はテンポよく。
「よし、出来た!!」
「手当て完了!!」
「お薬も十分足りましたね。」
綺麗に包帯を巻き、満足げに手当てチームが頷く。
「こっちもお湯沸いたぞ。」
「……部屋も暖まるな。」
「白湯でも飲ませるか?」
湯沸しチームもOK、少しずつ小屋の内部が暖まってきた。
「……う……。」
「あ、起きた。」
微かな呻き声が聞こえ、少年が目を覚ましたことに気付く。
全員で周りを取り囲み、もしものときに備える。
少年の虚ろな目が、ぼうっと彼等の顔を捕え…ハッと光が戻る。
「……!!?」
「そら押さえろ!!!」
暴れだそうとする少年を六人がかりで押さえ付け、素早く彼の口の中にサラシを突っ込み舌を噛み切られないようにする。
モゴモゴ呻き、シタバタする少年に、六人は代わる代わる声をかけた。
「…落ち着け!」
「何にもしないからさ!」
「あたしら敵ちゃうで!」
「傷に響くよ!」
「暴れないで下さい!」
「オレ達が手当てしたんだぞっ!」
必死に話しかけて、何とか理解してもらおうと尽力する。
やがて疲れが出てきたのか、少年は息を切らしながら動きを止めた。
「ふぅ……もう暴れるなよ。頼むから。」
流石に全力で押さえ続けるのは、六人がかりでもキツい。
梅本は溜め息をつき、少年に言い聞かせるように言った。
「オレ、飯の用意する。お湯もあることだし、貰ったお握りで雑炊でも作るぞ。」
少年の足から手を離し、木下は湯気の立つ鍋に向かった。
そして全員分の葛からお昼御飯のお握りを出すと、沸き立つお湯の中に全部放り込む。
「たしか味噌は……あったあった!!」
「何で持ってんだお前は。」
用意周到とはこのことだ。木下はウエストポーチタイプの袋を漁ると、味噌を入れた袋を掴み出した。
「これな、凄いんだぞ。乾燥させた味噌をタブレットにしてるんだと!」
袋の中から摘まみ出したのは、成程確かに味噌タブレット。
これを鍋に入れ、かき混ぜて溶かすと……。
「出来たー!名付けて「味噌が効いてるねでも具がないのがちょっと悲しい雑炊」だ!!」
「タダのねこまんまじゃないのかそれ。」
時々入る突っ込みをスルーした木下は、葛の中に入っているご飯セットを取りに小屋の外に出ていった。
「もう暴れない?」
じっと自分達を見る少年と目を合わせ谷中が尋ねると、少年は暫くの躊躇の後、微かに頷いた。
「よし、じゃあ外してあげるね。」
手 を伸ばし、口に突っ込んだサラシを引き抜き、同時に押さえつけていた身体を離してやる。
少年は山中に背中を支えて貰いながら、ゆっくりと上体を起こした。
そして何か言おうと口を開いた時。
「くぉらこの梅干しとヤニ中野郎!!テメェらなぁ、自分の持ち物ぐらいちゃんと整理しやがれ!!茶碗と匙探すのに、どんだけ時間かかったと思ってんだあぁ!?」
足音荒く木下が入り込んできて、梅本と小川に茶碗を投げつける。
「ちょ、投げるなよチロ!」
「…割れたらどうするんだ!」
「知るか!雨水でも啜ってろ!」
茶碗をナイスキャッチして文句を言う二人を一喝して、木下は目を丸くして自分を見ている少年にハタと気付いた。
「お?何だやっと離してもらったのか。ちょっと待ってろよ、今飯入れてやるからな~。」
鼻歌を歌いながら、茶碗に雑炊をよそっていく。
それを後目に、少年は再び口を開いた。
「怪我の手当て、真にありがとうございます。私は……辰市と申します。」
忍の本名は明かさないのが決まり。
多分偽名だろうが、六人は特に気にした様子もない。自分達もそれぞれ名乗ると、木下が茶碗を各自に手渡した。
「しょーもない飯だけど、喰わないよりはマシだろ。怪我人は一杯喰えよな。」
山盛りに雑炊の入った茶碗を渡すと、辰市と名乗った少年は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「あんたがずーっと見とった通り、毒なんぞ入っとらんからな。」
早速雑炊を掻き込み、北は匙で辰市の茶碗を示した。辰市は一つ頷くと、恐る恐る雑炊を口に流し込んだ。
「……っ!」
一口食べて、そこから一気にガツガツと食べ始める。その様子を見届け、六人も食事を再開した。
「それで、辰市さんは何処から来たんですか?」
食器を北に洗わせて、五人は改めて辰市の周りに集まる。
山中の質問に辰市は、少し黙り込んだ。
忍という職業上、あまりペラペラと自分のことを喋るわけにはいかない。しかし。
「俺達は全国をフラフラ見て回る旅の途中でね。これから甲斐に向かう予定なんだ。」
梅本の言葉に、辰市の顔に微かな反応が見えた。
「甲斐に、でございますか……?」
(((かかった。)))
ニヤリと全員が内心で笑った。
恐らく辰市は甲斐の人間。これで甲斐への道案内が出来るというわけだ。
最初は、シメあげた盗賊の誰かにやらせようと思っていたが、小汚ないし見映えもよくないし、何より嫌な噂を立てられたくなかった。
「……もしかして、甲斐の人間か?」
小川が確認の為に聞き返せば、辰市は曖昧な態度をとるだけだ。
それにムッと顔をしかめて、木下が噛みつく。
「何だよ、ハッキリしねー野郎だなっ!オレ達、別に盗賊とかそんなのじゃないぞ!!変な勘ぐりすんな、アホ!!」
「それにや。あたしらは、甲斐への道がわからんで困ってるんやで?ちょっとくらいお礼してくれても、バチは当たらんと思うけど。」
洗い物が終わったのか、手を拭きながら現れた北も応戦する。
続いて谷中と山中の二人も。
「案内くらいしてくれてもいいと思うけどなー。僕達、そんなに怪しく見えるわけ?わー失礼。」
「だいたい貴方が何であろうと、私達には関係ないことです。」
女性四人に次々と責められ、辰市は困ったような顔で視線をさ迷わせた。
「いえ、あの、その……」
どうしたものか、と言いたげな辰市の肩を、ガシッと掴むのは小川と梅本。
「……当然、案内してくれるよな。」
「得たら返す、当たり前のことだよな。」
ニィッと笑い、全員がジリジリ詰め寄ってくる。
凄く眩しい笑顔が、妙に怖い。
「わ、わかりました…!やります、やらせて頂きます!」
怪我の手当てを受け、飯まで食わせてもらったのだ、立場上嫌だと言えない。
自分が忍という事実がちょっと困るが、恩を仇で返すと、「あのお方」がきっとお怒りになるだろう。
溜め息をついて、辰市は目の前の六人を眺めた。
変か普通か、と聞かれれば、間違いなく「変だ」と答えるだろう。
一体、どういう素性の人間だろうか。
着物や持ち物の質から、農民や商人ではなさそうだし、かといって武士や忍でもないだろう。
「よし、それじゃ王子の着物貸してやれよ。」
「……何で俺のヤツなんだ?」
「お前の背丈が一番ぴったりっぽいから。」
梅本は辰市を指さし、小川はまじまじと自分と彼とを見比べる。
「…葛は?」
「小屋の外の道です。」
山中がそう言えば、小川はやれやれと言いたげに着物を取りに行く。
「申し訳ありません……私のような者が着物をお借りしてしまって。甲斐まで辿り着けば、ちゃんと新しい着物を買い直しますので…。」
忍とは本来「汚れ役」である。それ故、汚らわしい者として扱われるのだ。
辰市は深々と頭を下げようとするが、即座に頭を押さえられた。
「何言ってんのさ、良いってそんなに縮こまらなくって。アレはもとからああいう性格なんだ、気にしなくってもいいよ。」
谷中は苦笑しながら頭を上げさせ、辰市は目を丸くして彼女を見つめた。
「……何やってる?」
「別にー。ほら、さっさと渡す渡す。」
戻ってきた小川は、首を傾げながらも着物を辰市に投げ渡した。
「じゃあ、私達は外に出ていますので…。着替え終えたら呼んで下さいね。」
「二人とも手伝ってやれよー。」
女性陣は小屋を出ていき、残されたのは男三人。
「さて、じゃあ着替えるか。辰市だっけ、お前身体は大丈夫か?」
「…無理なら手伝うぞ。」
そんな二人の申し出に、辰市はぶんぶんと首を振った。
「そ、そこまでして頂く必要はありません!私は大丈夫ですので…。」
随分と慌てたような様子を見て、二人はあっさりと引き下がった。
そりゃそうだ、会って間もない他人に、着替えを手伝ってもらいたくはない。
辰市は出来るだけ素早く着替えを済ますと、自分の脱いだ装束を畳んでしまう。
「お待たせいたしました。」
「…そんなに待ってないがな。」
ぼーっとしていた二人が振り返る。
小川の着物は彼に丁度いい大きさのようだ。
そして、いいタイミングで外から呼び声がした。
「終わったんか?」
返事の変わりに、辰市を連れて小屋の外に出る。
「おお、着丈も全然問題ないな。怪我は大丈夫か?」
「はい、お陰様ですっかり動けます。」
心配そうな木下に、辰市は微笑んで言った。
「あ、そうだ。案内してもらう前に、黒蜘蛛のオジサンに報告しないとね。」
「えー…メンドイ。」
思い出したように谷中が言うが、周りは乗り気ではなさそうだ。
そのまま放って行けばいいじゃないか、という意見があがるが、谷中は首を縦に振らない。
「忘れたの?礼金」
「「「よし行こう。」」」
最後まで言わないうちに、即座に態度を変える。
素晴らしい変わり身の早さである。
「あの、何の話でしょうか?」
辰市の問いに、北は手をヒラヒラさせて一言。
「こっちの話や、気にせんとき。」
説明するのが面倒だし、何かややこしいことになればもっと面倒くさい。
辰市は北の素っ気ない態度に、素直に引き下がる。
「それじゃあ、黒蜘蛛さんのところにいきましょうか。」
「りょーかい。」
生い茂る草や木を掻き分け、やっと自分達の馬が待機している場所に到着する。
荷物は馬の側に置きっぱなしだが、見るからに普通とはかけはなれた姿の「妖馬」に近付こうとする物好きは、そういない。
「ただいまー写楽!荷物番ありがとな。」
真っ先に木下が三つ目の愛馬に駆け寄り、首筋を撫でてやる。
「写楽?」
梅本が聞き返すと、木下は嬉しそうに頷いた。
「いい名前だろ!三つ目なだけに、写楽にしたんだぞっ!」
「僕は黄麟にしたよ。この子、麒麟に見えなくもないしね。ちなみに女の子だった。」
「私は白竜にしました。」
よしよしと、谷中と山中の二人も愛馬を愛でる。
「……俺は、赤兎にする。」
「何を張り合ってんだオイ。そしてまさかの赤兎かよ。」
その様子を見ていた小川がすかさず言い、呆れたように梅本が突っ込んだ。
「あたしは…そうやな、翡翠にするわ。ヒレが翡翠みたいやし。」
何やら次々にお名前披露会が始まっている。
「梅は何にする?」
「んなもん後でもいいだろうが!」
とりあえず話を進ませようと、苛々しながら梅本は急かすが、何やら服の袖を引っ張る力を感じて振り向いた。
すると彼の袖をくわえて、ジッと自分を見つめる愛馬の姿。
妖馬は知能が高く、人語を理解出来るらしいのだ。どうやら自分にも名前が欲しいらしい。
「あー、わかったよ!わかったからそんな目で見るなって!」
溜め息をつき、梅本はしばらく考えたあとポツリと呟いた。
「……地角、でいいか?」
真っ黒な瞳がクルリと動き、馬はたちまち袖を離した。
「ほら見ろ、喜んでるじゃんか。」
どことなくご機嫌そうな梅本の馬を見て、木下は笑う。
「はいはい、もう行くぞ。辰市さん、悪いな。」
地角を従え、梅本はなかなか話が進まないのを辰市に詫びた。
「い、いえ。私は大丈夫ですので。」
謝られたことに戸惑いながらも、辰市は六人の観察を続けた。
妖馬、しかもかなり質のいい妖馬を持っている。
何処か良家の出身なんだろうか?
だが彼等のおちゃらけた雰囲気が、その考えをぶち壊す。
辰市は黙ったまま、六人の後に従ったのであった。
やっと更新できました!
ホントにペースダウンしちゃってすみません・・・・・。
なかなか進めにくくて(汗)
次くらいから甲斐に突入出来るかと思います。