十六の噺 「思い立ったら即実行、って無理だろ準備とか多すぎるから。」
神器の訓練を朝から晩まで重ねること数週間。
やっぱり六人の肉体変化は著しく、自分の身体ながら気味悪ささえ感じていた。既に一端の「武人」と化し、一兵卒では相手にならないところまで成長している。ああ、何というレボリューション、これぞトランスフォーマー。
やはり異世界に落ちたことや、自分達が少し変わった「神憑き」であることに、関係があるのかないのか……。憶測が彼等の間を飛び交うが、依然答は闇の中。
「そろそろいいかなーとか、思うんだよね僕。」
夕食を吸い込むように食べた後、ポツリと谷中が呟いた。
「……何がいいかなー、なんだ?」
一人酒をチビチビやりながら、小川が聞き返した。
「ん?ここから出るの。」
谷中は皆に向き直り、更に続ける。
「もう大分神器を使えるようになったし、馬だって普通に乗れるし。いつまでもここに居るわけにもいかないでしょ。それに、もとの世界に戻るには、ゲームクリアが必要かもしれないんだよね?」
その言葉に、皆ハッとした顔付きになる。
「そうだったなぁ…。でもよ、仮にここから出るとして、その後どうするんだ?行く先々で、大名にケンカ吹っ掛けるわけにもいかないだろ。」
梅本は腕を組んで言う。彼の言うことも一理あるのだ。
「天下統一が条件っていっても、どうやればええんやろうな?武力行使……なんやろか。」
「たった六人で、武力行使ですか…?」
北の疑問に、山中が不安そうな表情を浮かべる。
それはいくら何でも無理な話だ。
「でもよ、オープニングムービーで流れた前置きには、「自由なやり方で天下を手にしてほしい。」ってあったよな。色んなクリアパターンがあるってことじゃねぇの?」
思い出したように木下が言い、一つの仮説を立てる。
確かに、「天下」といっても様々な取り方がある。
「…まぁ、クリア云々よりも、この世界をもっと見てみたいと俺は思うんだが。」
珍しく楽し気に小川は微笑み、空になった徳利を置いた。
「たまには良いこと言いますね。私も、そう思っていたところでした。」
好奇心に瞳を輝かせ、山中は弾んだ声で賛成する。
現状をとりあえず楽しめ、それが孝研。
せっかくこんな体験をしてるのだ、まだ見ていない武将の顔を拝みに行くのも悪くない。
「そんなら決まりやな。いつ出る?」
「準備が整い次第、いつでもいいな。」
六人は期待に口元を綻ばせ、就寝の準備に入った。
翌日。
「ここからお発ちになるのですか?」
朝食を持ってきたお世話係三人組に、彼等はその話をしてみる。
「そうだの……神憑きとしての力の積み上げにも、そろそろ外に出てみるのもよいおじゃ。」
ふむふむ、と義元は頷きながらお膳を置いていく。
「神憑きの方々がお使いになる能力は、実戦の中で初めて成長すると聞いたことがありますわ。」
「実際に刃を交えなければ、能力は開花しないということですね。」
双子は納得したように言い、白湯を注いでいく。
「まずは信兄にはなさんといかんな。」
そそくさと和え物に箸を伸ばし、北はもぐもぐと口を動かしながら言った。
皆はこくりと頷き、朝食を食べ始めた。
「ほう、ここから発つか……そろそろ言うてくる頃だと思っていたぞ。」
朝食を済ませた後、六人は連れ立って信長のもとを訪れていた。
彼は煙管片手に、くつろいだ格好で彼等を迎える。
「それで、馬の手配はどうする?」
「馬?」
信長の問いかけに、六人は首を傾げる。
「当たり前だろう。まさかその足でふらつくつもりだったのか?」
バカかこいつら、と言いたげな表情で信長は六人を見る。
「いや…そこまでお世話になってもいいものなのかと…。」
困ったように言う小川に、信長は鼻で笑う。
「たわけが……貴様等の馬を調達した程度で、簡単に揺らぐような城ではないわ。」
そう言いながら信長は手を伸ばし、紙と筆をひっ掴んで何やら書き始める。
「そうだな、長旅にも耐え、長時間走らせても息切れせぬ馬がいいか。となると、並みの馬では務まらぬ……妖馬、それも鬼の血をひいているものがいいな。」
ぶつぶつと呟き、紙に書き込んでいく。
「ヨーバって何だろな?」
「鬼って言いましたよね?」
「なーんかヤな予感するな。」
信長の様子をジッと見守り、六人は顔を見合わせる。
馬の調達をしてくれるのはありがたい。
だが普通のが欲しいのだ、普通のが。
「…こんなものか。おい!」
書いた紙、多分注文書であろうそれを折り畳み、信長は声をあげる。
すると、直ぐ様侍女が部屋に入ってくる。侍女は信長のから注文書を受け取ると、六人が声をかける間もなく退出してしまった。
「おお、他にもくれてやる物があったな。」
「まだあるの!?」
武器と馬、この二つでも十分なのに、まだあるのか。
谷中がぎょっと目を見開く。
「確か今日、届く筈だ……貴様等の戦装束よ。」
「い、戦装束…?」
うわぁ、と何とも言えない表情が六人の顔に浮かぶ。
「女郎蜘蛛の仕立て屋に頼んだものだから、かさばるものではないぞ。奴等の糸だ、畳めば畳むほど小さくなる。」
彼等の心配とはややはずれたことを言い、信長は一人楽しそうだ。
「戦装束か……めちゃめちゃデザインに不安があるのはあたしだけか?」
「いーや、心配すんなマンボウ、全員そうだから。」
北は肩を落として言い、梅本はそんな彼女の腕を軽く叩く。
魔王様直々のデザインだったらどうしよう、というのが心配のタネだった。
若き頃からエキセントリック傾奇者であった信長、そんな彼から頂く装束………袖を通せるか不安である。まぁ、そんな彼等の心配はさておき。
「早速旅支度をしてこい。資金の心配はするなよ……大人しく頼っておればよいわ。」
煙管の灰を叩き落とし、信長は悠然と言った。
「信兄ってさ、意外と良い奴なんだな!」
「意外と、は余計だ。」
にこにこと嬉しそうに笑う木下の額を、信長は容赦なく指先で弾く。
「何から何までお世話になってしまって……でも、正直助かります、ありがとうございます。」
痛い痛いとピィピィ言う木下を、梅本が掴んで引きずって行くのを後目に、山中は深々と頭を下げた。
「なに、タダの暇潰しよ。装束が届いたら呼んでやるから、それまで城内で必要な物でも物色してるがいい。」
素っ気なく言い捨て、信長はそっぽを向いた。
六人はそんな信長の態度に苦笑しながら、彼の部屋を出ていった。
そこから、城内を練り歩いて支度を整える。
まずは一通りの物が入る葛を六つ。
火打ち石、折り畳み式行灯、万能小刀、薬入れと薬、着替え……。
「携帯やすぐに使うかもしれないものは、専用のポーチを作って、身に付けておいたほうがいいですね。」
山中の提案に、もっともだと頷き、お世話係の双子に裁縫のお願いを出す。
裁縫には無縁の現代人、快くOKしてくれた双子に感謝しなければならない。
そうこうしてると、勝家がのっそりと現れ、戦装束のお届けを知らせてくれた。
「信長様が……呼んで、いらっしゃる……。」
「来ちゃったぜマジで。」
ちょっと不安そうな口調で、梅本が呟いた。
しかし自分専用の戦装束、見たくない筈がない。
期待半分、不安半分な心持ちで、彼等は勝家の後についていった。
襖を開けると、畳の上に広げられた鮮やかな衣装が目に飛び込んできた。
「……これ、僕達の?」
目を白黒させて、谷中は呻くように言った。
「ああ、そうだ。なかなか良いものだろう。」
手近な一枚を掴み上げて、信長はサッと広げてみせた。予想通り、派手だ。
「……とりあえず、着てみるか…?」
せっかく用意してくれた装束を、袖を通さぬまま葛にしまってしまうのも偲びないので、小川の一言に頷く。
「きっと……似合う。」
「…やとええんやけどな。」
勝家の言葉に、北は力なく答えて。
「これ、けっこうカッコイイな。オレ、気に入ったぞ!」
ご機嫌に言う木下の衣装は、漆黒とくすんだ赤の二色で、形は『西遊記』に登場する孫悟空のようだ。
「この虎皮?っぽいのよく目立つね。僕、タイガースファンの人から喜ばれるかも。」
山吹色の上衣に、白いズボンに似たものを穿き、腰には虎皮の覆いを巻き付けている。
確かにタイガースファンが喜びそうな出で立ちだ。
「そこそこ動きやすい服ですけど、私の柄ではないような…。」
山中は、鶯色の着物に桜色の帯、松葉色をした細身の袴。
これは意外と可愛らしい装いだ。
「……何か、どういうべきやろ、コレ。」
北は濃紺のノースリーブ型上衣と、膝丈のズボンに脛当て、そして碧瑠璃のケープを纏う。まるで忍者のようである。
「いやー、こりゃ毘沙門天みたいだな。」
梅本は明るい茶色と黄土色の衣装…なのか?
彼の言う通り、形は七福神の一人、毘沙門天を連想できる。
「………赤い。」
小川は紅と朽ち葉色の、神主だか平安貴族だか、そんな形の衣装だ。
もとから黒が好きな彼には、恥ずかしいくらい派手である。
「さすが、女郎蜘蛛の見立てだ。似合っているではないか。」
信長はご満悦そうに六人を眺め、隣の勝家もうんうん、と頷いている。
「これもメイドイン妖怪なわけやな。」
どおりで伸縮性やフィット感がハンパないわけだ、と北は納得した。
これで旅支度に必要なものは、だいたい揃った。
あとは、移動手段である馬の到着を待つばかり。
久しぶりの投稿です。
最近お仕事探しや体調不良で続きがUP出来ません・・・・・(泣)
お仕事も見つからないし、踏んだり蹴ったりです。
えー、衣装に関してはテキトーに想像願います、だって難しいんだよ考えるの・・・・・。
次回は『考研、旅立ちの日へ』ですっ!