十五の噺 「名前をつけていざ挑め、でもお手柔らかにお願いします。」
絹を掴んで一気に引っ張ると、隠れていた武器の形が露になる。
その途端、おぉ、という感嘆の声が六人の口から漏れた。
小川の前には、真紅の柄と赤銅に似た色の刀身を持つ大太刀。柄の長さに比べ、刃の部分が異様に長い。
「……凄いな。」
燃えるような色合いに、小川は溜め息を混じらせながら言った。
梅本の前には、金茶色の柄に茶色の打撃部がついた大槌。その大きさは、彼の身長を軽く越えている。
「ってか、持てんのか俺。」
ゴツくて重そうなハンマーを、梅本は不安そうに眺めた。
北の前には、鮮やかな群青と水色の旋棍。先の部分には鮫の歯のようなギザギザが付けられていた。
「まさかの近接戦かいな。」
一番不釣り合いだ、と北は苦笑した。
谷中の前には、黄金に輝く大きな弓。だが、不思議なことに弦が張られていない。
恐らく、何か仕掛けがあるのだろうか。
「うーん、ゴージャス。」
派手だが品の良い装いに、谷中は満足そうだった。
山中の前には、身長の半分くらいはあるだろう巨大な扇。手で持つ部分が少し長く、優しい萌木色が美しかった。
「何だか、軽そうな武器ですね。」
某有名な三国志ゲームに登場する武器を思い出したのか、山中はニヤッと笑っている。
木下の前には、艶のある黒い棒。中程には、きらびやかな螺黏でうねる大きな百足の細工が施されてあった。
「長っげぇ……俺、大丈夫かな。」
木下は自分の身長を気にしながらも、キラキラした目で神器を見つめた。
「名をつけろ。」
信長が命じると、彼等は一斉に手を伸ばして己の神器を掴んだ。
どんなに重そうでも、手にとれば扱いやすい重さになるのを感じて驚く。
そして、頭の中に一つの言葉が弾かれるように浮かび上がった。
「…陽炎丸。」
小川は紅の太刀に。
「地国天にする。」
梅本は大地の色を宿す大槌に。
「凪鮫や。」
北は海のような旋棍に。
「電王だね。」
谷中は天を裂く雷の弓に。
「舞風、です。」
山中は吹き抜ける風を起こす扇に。
「影蜈蚣ッ!」
木下は夜を模した棒に。
名前を与えた瞬間、六人の身体から「能力」である炎や雷が溢れ、神器に炸裂した。
「うわあああ!?高い買い物がああ!?」
「え、詐欺?詐欺なのこれ!?」
予想もしていなかった展開に、大パニックになる六人だが。
「安心しろ、貴様等の神憑きとしての力が神器に宿っただけだ。」
呆れたように信長は言い、笑いを必死で堪えている妖怪達に軽く会釈した。
「態々のお越し、痛み入る。」
「何の、新鮮な反応を久しぶりに見た故、こちらも楽しめたわい。」
鎖岩が面白そうに言い、妖の彼等は立ち上がった。
「せいぜい精進なされよ。我等の拵えた武器…無駄にならぬように。」
東風之は六人に、微かだが微笑みかける。
「武運を祈る。」
「君達の噂が聞けるの、待ってるよ!」
新月と裂空は、力強い励ましの言葉を送る。
「それでは、これにて御免。」
「おさらばえ、人の子等……。」
紅葉と磯姫がそう言うやいなや、たちまち妖怪達の姿は溶けるように消えてしまった。
「……び、びっくりした…。」
妖怪達を見送り、六人はホッと胸を撫で下ろした。
せっかくの武器が壊れてしまうかと、ヒヤヒヤしていたのだ。
「いちいち驚くな、鬱陶しい。」
「殿、さっきのは殿が悪うございますわ。」
面倒くさそうに溜め息をつく信長だが、濃姫に手を叩かれて、うっと言葉に詰まる。
「そう言えばさ、信兄の神器の名前って……国重?」
木下が期待に満ちた顔で尋ねると、信長は得意気に笑ってみせる。
「ほぉ、よく知っているな。いかにも、俺の神器は黒炎・国重だ。」
「あー、魔王っぽい魔王っぽい。」
「似合いすぎだろ、期待を裏切りませんな。」
いかにもっぽい文字の並びに、彼等はストレートな感想を述べる。
「…それは褒めているのか?」
「「「もちコース。」」」
テキトーな答えを信長に言って、六人はそれぞれ神器を掴み上げる。
「早速、訓練開始ですね。」
山中は舞風を一撫でして、サッと立ち上がった。
「オレ、コイツのこと気に入ったぞっ!」
「危ないから止めんかい!」
はしゃぐ木下は、気合いたっぷりに影蜈蚣をぶんぶん振って、梅本に怒られていた。
「というわけで、信兄さんありがとね。僕達頑張るよ!」
弾んだ声で谷中がそう言い、六人はドタバタと喧しい足音を響かせて部屋から出ていった。
「………成長したものだ。」
その様子をしみじみと眺めながら、どこか満足そうに信長は呟く。
きっと、彼等はこれからもっと成長してゆくだろう。まだまだ未知数の能力だが、いずれ周囲を凌駕する武人になる。
信長はそう思わずにはいられなかった。
神器をひっ掴んで訓練場に登場した六人を迎えたのは、利家、勝家、光秀の顔馴染み。
「帰ってきたな。」
ニヤッと含み笑いをする利家に、嫌な予感がする六人。
「何で皆がここにおんねん。」
顔を歪める北に、勝家がのんびり答える。
「神器の…訓練を、してやろうと……思ってな。」
六人は顔を見合わせ、納得した。
確かに餅は餅屋、神器の扱いに長けた者に教えを乞うた方がいいだろう。
「あの、私達ではご不満ですか…?」
悲しそうな顔で問われては、はいそうですなんて言えない。
「「「お手柔らかに……。」」」
物凄く気合いが入ってるように見える教官の顔を、冷や汗ダラダラで眺めて一言。
そう言うしかなかった。
「何してる!?もう少し踏み込め!」
「膝をつくな…!まだ…休ませんぞ……。」
「目を閉じないで!視界を閉ざせば、避けられませんよ!」
1対2のツーマンセルで挑むが、六人は片腕一本で軽くひねりあげられてしまう。
片や神器、片や練習用の武器。なのに手も足もでない。
一番大変そうなのは谷中だ。
彼女の神器は弓だが、弦が張られていない。どうするのかというと。
「まさか……雷を弦にするなんてね……。」
呻くように谷中は言って、必死に力のコントロールをする。
雷の能力はコントロールが非常に難しいようで、調整を行いながらも攻撃をしなければならない。
「うお!?おわぁ!?」
梅本はでかいハンマーの扱いに四苦八苦、それに振り回されている状態だ。
「どーやって…使うねん、コレッ!?」
「私もわからないです…!」
北や山中は、あまり見慣れない形状の武器に、どうすればいいのかわかっていない。
「イテッ、ちょ、タンマタンマ!?」
「……無理、だ…!」
小川と木下も同じ、武器を持っての戦い方なんて一向にわからない。
しかし鬼教官三人は、習うより慣れろとばかりに彼等を打ち据える手を弛めない。
訓練場には、痛そうな打撃音と六人の悲鳴が始終響き渡った。
やっと武器編終わったーー!!
いよいよ主人公達が尾張から出ようとします。
でもその前に、ちょっと番外編を書きたいと思いまして。
番外編の前編はもうあげてますんで、よろしければどうぞ!
ちなみに「旋棍」はトンファーという沖縄の武器です。
んでもって「影蜈蚣」は「かげごしょう」と読みます。