十三の噺 「妖々跋扈、正直生きた心地がしません。」
「梅、気をつけろよ。野槌って、何でもかんでも呑み込んじゃうらしいぞ。」
「何でテメーは言うかなそういうこと!?」
木下の忠告に、梅本は彼女の襟首を掴んで喚いた。
「ほら、早く行きなっての。次は木下殿だよ、新月!」
コマは呆れたように梅本を押し退け、次の妖怪の名を呼ぶ。現れたのは、漆黒の身体をした大百足だった。無数にある足の先だけが赤く、煌々(こうこう)と輝く双眼がジッと木下を見下ろす。
「で、デッケェ…!!」
恐る恐る、だが好奇心に瞳を輝かせて、木下は大百足の元に向かった。
「山中殿は……東風之!」
上から羽ばたきの音と共に山中の前に降りてきたのは、松葉色の山伏装束を纏ったこれまた美しい女性。
背に生えた黒い翼から、鴉天狗だとわかる。鴉天狗は値踏みするように、山中を鋭い目で見つめている。しかし山中は毅然とした態度で鴉天狗の元に歩み寄っていった。
「谷中殿は、裂空!」
「うわあ!?」
バチバチと電気を纏った黄色の体毛を持った生き物が、ストンと谷中の肩に乗ってくる。
鼬のような、狐のような形をしていて、どことなく愛嬌のある顔つきだ。恐らく雷獣だろう。 いきなり肩に飛び乗られた谷中は驚いてよろめくが、意外と可愛い雷獣の顔にちょっと安心するのであった。
「最後は北殿だね。えーっと……磯姫!」
固唾を呑んで妖怪の群れを見る北の前に、ぬうっと突き出てきたのは、蒼白な顔の女の首だった。びっしょり濡れた長い黒髪、深い群青の蛇体。
磯女という妖怪は、薄笑いのような表情で、北を眺めた。
「以上、計六人だ。確かにこの猫又、コマが割り振らせてもらった!」
妖怪の群れに向かってそう叫び、コマは六人の背中を見送る。
「さぁて、どんな神器が出来上がるかな。あの子達が出てくるまで、尾張の旦那と一杯やりながら待つとしようか。」
そんな呟きを残して。
妖怪に連れられ、六人は一人づつ、それぞれ別の場所に通された。
目の前には洞窟があり、そこから焼けるような熱風が吹き込んできていた。恐らく、あの洞窟が妖怪達の仕事場なのだろう。
何をされるのかとビクビクしていると、妖怪達は口を揃えて血を寄越せ、と言い出した。血を吸われるのかと身構える六人だが、どうやら少し意味が違うようだ。
血は命の源、魂や心を溶かす液体であり、神器を拵えるにはどうしても必要なものだと説明された。
求められる血の量は、差し出された器に一杯。大きさは御猪口程度だが、今まで血を流すことに無縁の世界で生きてきた六人、はいそうですかとナイフでざっくりいける程、痛みに慣れているワケがない。
散々躊躇い、ビビる六人だが、苛々しはじめる妖怪に喰われるのは御免である。渡された小刀を握りしめ、腹を決めて勢いよく刃を腕に突き立てた。
普段の切り傷とは比べられない程の痛みと、ドッと溢れる赤い液体に、意識がブッ飛んでいきそうなのを堪えてなんとか器に血を注ぎ込む。どうにか一杯注ぎ終えると、その場にうずくまり、傷口を押さえつけた。痛い、とにかく痛い。
知らぬうちに涙がぼろぼろ零れて、止まらなくなる。よくやったとばかりに、妖怪達はすかさず手当てをしてやり、とりあえず六人のやらなくてはならないことは済んだようだ。
「……やっぱり、全員同じ目にあってたか。」
全員が蒼白な顔で出てくると、小川が消え入りそうな声で言った。
「オレ、こんな怪我したの初めてだ……。」
木下はグズグズと鼻をすすり、白い包帯を巻かれた腕を擦った。
「でも、これでいい武器が出来るんだよね。」
「そうじゃなかったら祟ったるわホンマ。」
溜め息をつき、谷中と北は疲れたように項垂れた。
「血なんて…久しぶりに見ました……。」
「大丈夫かよ、ミナちゃん。倒れそうだぞ。」
ふらふらする山中を梅本は心配そうに見守った。しかしこれしきで音を挙げていては、これから先、生きてはいけない。
噴き上げる血飛沫など、どれだけ見ることになるだろう。それを思えば、意地でも慣れなければならないのだ。痛みにも、他人を傷つけることにも。
彼等の道のりには、幾つもの壁が立ち塞がっていた。若干シリアスな心持ちになって歩いていると、向こうからコマがやって来るのが見えた。
「おや、ちょいと来るのが遅れたね。お疲れさん、大丈夫かい?」
何やら美味いものでも食ったのか、コマは前足をペロリと舐めている。
「大丈夫も何も、エライ目にあったわ……あんなえげつないことするとか、あたしら聞いてへんで。」
忌々しげにコマを一瞥し、北は舌打ちする。
「んん?尾張の旦那は、何も言ってなかったのかい?俺はてっきり、何をするのか知ってるモンかと思ってたんだけど。」
北の言葉に、コマは目を丸くして驚いたような表情を作った。
「……あー、何となくわかったかも。」
谷中は力ない笑みを浮かべ、額を手で押さえた。他も同様、げんなりした顔になる。
「あの魔王様のことだから、敢えて何も言わなかったのかもな。」
「…サディスティックな顔だしな。」
梅本と小川は、顔を見合せて完全な魔王面で高笑いする信長を想像した。
……恐ろしく似合う。
「ドSで鬼畜さんですか……。」
「ミナちゃん、顔がビミョーに怖いぞ…。」
俯き、ボソッと呟く山中のオーラに木下はやや退き気味だ。
「ま、まぁお喋りはこのくらいにして、旦那のトコに戻ろうか。」
どす黒い雰囲気を追い払うように、コマはわざと明るい声で六人に呼び掛けた。
コマに連れられて、店の入り口に戻ると、信長と蘭丸が待っていた。
「終わったか。」
信長が非常に上機嫌に見えるのは気のせいだろうか?いや、気のせいではない。
「…なかなかお楽しみだったようで。」
「機嫌よさそーデスネ、この人でなし。」
「悪趣味の放火マニア。」
「ショタコンのロリコン。」
ジト目で信長をシラーッと見やり、次々に彼を罵る。
「…最後辺りの聞き慣れん言葉の意味を今すぐ教えろ。」
「「「テメーで考えろバーカ!!!」」」
多分良い意味じゃないとわかったのか、信長は目元をひくつかせ、唸るように言った。しかし六人は捨て台詞を吐くと、脱兎の如く逃げ出す。
「待たないかお前達イイィィ!!!」
「待てと言われて待つヤツがいるだろうか!!いや、いない!!」
鬼の形相で六人を追いかける蘭丸だが、こういうときだけ足が神がかり的に早くなる現代人。 たちまち見えなくなってしまった。
「……元気と度胸のある子達だねぇ。」
「全くだ。」
ポカンとした顔で六人を見、コマは信長に言った。やれやれと信長は溜め息をつく。
「そう言えば、彼奴等の戦装束だが……頼んだぞ。」
「勿論承知さ。あの子達の姿形は雲外鏡の奴がしっかり映したから、あとは女郎蜘蛛の姉さんにお願いしておくよ。」
ニッとコマは笑ってみせ、信長はよろしく頼む、と言い置いて、手のかかる連中の後をゆっくりと追ったのであった。
妖怪の住む世界から無事に帰還した六人は、城に戻り暫しの幸せを楽しんでいた。
「やっぱさ、鳴福屋の大福がオレは一番うんまいと思うぞっ。」
「いやいや、笹部堂の笹の葉煎餅もなかなかイケるよ。」
そう、細やかな贅沢、おやつタイムだ。いつもならお世話係三人組か勝家が一緒だが、今日は六人だけだった。
「……なぁ。」
和気藹々、ほのぼのまったりしていると、不意に小川が口を開いた。
「何だ、煎餅欲しいのか?」
「いらん。」
じゃあ何だ、と五人の目が小川に向けられる。
「皆、携帯はどうしてる?」
「……携帯?」
そう言えば、と彼等の頭の中に、現代社会にはなくてはならない小さな相棒の存在が浮かんだ。
今回はちょっと長めに書いてしまいました。
次は携帯電話の謎についてです、多分出来上がった武器の話も出せたらいいな。
ちなみにタイトルの「妖々跋扈」は某とんでも弾幕ゲームに使われている音楽の一つです。
・・・・・・あのゲームのアレンジ曲大好きだなー。