十一の噺 「有り得ない世界には、有り得ない事が付き物だ。」
次の日の朝。
六人は城の裏に勢揃いし、信長を待っていた。自分にあう武器はいったい何なのか、様々な想像が脳裏を駆け巡る。
「ていうか、何で集合場所が裏なんだろ?」
「それはあたしも気になってたわ。普通裏じゃなくて表やでな。」
谷中が口にした疑問に、北も賛成の意を示す。
目に映る景色は、繁る木々と風に揺れる草や花。とてもじゃないが、この場所に加治屋があるように思えない。
変わったところと言えば、少し離れたところにポツンと建つ朱塗りの鳥居くらいだ。何かを祀る祠もなく、ただあるだけ。
「何なんだ、この鳥居。」
小川はそこに近寄り、しげしげと眺めてみる。何の変哲もない。
「おい、勝手に入るな!大人しく待ってもいられないのか!?」
偉そうな叱責が聞こえ、六人は顔を歪める。一発で誰だかわかった。
その方向を見れば、いつもの派手な着物を着た蘭丸と信長が立っていた。
「何だペッパーかよ。」
「信兄おはよー。」
蘭丸をやっぱりスルーして、六人は信長に挨拶する。
「ああ。感心だ、遅れなかったようだな。」
信長はニヤッと笑いながら言う。
「ぺっぱぁとは何だ!?それは僕のことか!?」
「うるさいな、どうでもいいだろ。」
後ろでは蘭丸と小川が言い争っている。それを聞きながら、山中が鳥居のことを信長に尋ねた。
「あの、加治屋さんはどこにあるんですか?あの鳥居は何か関係が……?」
もう一度辺りを見回してみるが、やっぱり何も見つからない。
「関係は大アリだな。ついてこい、余り騒ぐなよ。」
何やら愉快そうな表情で、信長は自分の背後に六人を集まらせる。
「いいか、ここから先は人間の世界じゃないんだ。ちゃんと礼儀をわきまえろよ!!」
蘭丸の言葉に、六人は顔を見合わせた。
人間の世界ではないとは、どういうことだろうか。
こんな辺鄙なところで、何をするつもりなのか。黙ったまま、信長の様子を見守っていると、彼は鳥居に近付きそっと触れる。
すると、ぐにゃりと鳥居の向こうの景色が歪んだ。
「な、何だ…!?」
「気持ち悪るっ!!」
「静かにしろ。」
騒ぎそうになる彼等を一声で黙らせ、信長はゆっくりと鳥居を潜る。恐る恐る六人も後に続くと、鳥居を潜った瞬間、景色が一変していた。
「何処だろう、ここ…?」
見えるのは、ガヤガヤと賑やかしい通り。あちこちに店が並び、祭囃子のような音楽が聞こえてくる。
だが、道を行き交う者の姿は人間ではなかった。
「よ、妖怪!妖怪だぞ梅!」
興奮する木下は、梅本の着物の袖を引っ張る。
「わかったわかった、凄い凄い。」
それをテキトーにあしらい、スッ飛んで行こうとする木下の襟首を掴む。
「だから騒ぐな、バカ!」
蘭丸は苛々と、声を押し殺して言うが。
「蘭、あまり言ってやるな。貴様も落ち着かんか。」
信長の注意に、蘭丸は不服そうだが渋々と従い、木下は梅本に殴られてやっと静まる。
「ここは一体…?」
「雰囲気的には、某有名アニメ映画に出てくる風呂屋みたいだな。」
確かにそうだ。原色の目立つ建物が多く、まさにその表現がぴったり当てはまる。
「ここは妖怪が住む世界さ。僕達人間の住む世界とは一線を引いて、あの『妖鳥居』を境に広がる世界だ。」
鼻高々と話す蘭丸の説明を聞きながら、六人は信長の後を必死についていく。
「神憑きの武器は、妖怪達が造っている。人間にはわからない技法でね。」
「企業秘密ってワケか。」
通り過ぎる者達は、翼ある者、牙や角を持つ者、足がなく這う者、目が身体中にある者など様々。
「着いたぞ、ここだ。」
やっと信長がとある建物の前で足を止めた。
煤けた看板には、『明王堂』と彫られてあるのが辛うじて読めた。
「タダでさえ夢みたいな世界なのに、更に夢みたいな出来事がどんどん起きてるな。」
「ゲームの設定って、こんなのだったか?」
ふらふらと飛ぶ鬼火を片手で払い、小川と梅本は看板を見上げた。
「餓鬼共、離れずにしっかりついてこいよ。はぐれたら妖共に喰われてしまうぞ。」
信長はそう言い、明王堂の中へと入った。
すると、すぐに一匹の三毛猫が出迎える。勿論普通の猫ではない。
背丈は木下や山中程もあり、黒いハッピのような物を着ている。よく見ると、尻尾が二股だ。
「おや、尾張の旦那じゃないか。どうしたっての?」
キラッと瞳孔の細い目を輝かせ、化け猫は人懐っこそうに言う。
「久しいな、コマ。」
信長はそう挨拶し、蘭丸も丁寧に頭を下げる。
「ヘェ、お小姓も一緒?後ろの子達は?」
コマという名の化け猫は、ひょこっと蘭丸の背後を覗き込んで、彼等に好奇心一杯に近寄ってきた。
「実は、彼奴等に武器を拵えてやってほしい。」
「…こいつは驚きだ。俺も長いこと出迎えをやってるけど、こんな変わった神憑きはお目にかかったことがないね。」
ニュッ、とコマの瞳孔が開き、マジマジと六人の顔を眺める。
「あの、変わってるってよく言われるんですけど…一体何がどう変わってるんですか?」
谷中がそう尋ねると、コマはニイッと笑う。
「どう、って言われても、変わってるモンは変わってるとしか言えないよ。アンタ達に宿る力は、ちいっとばかしけったいなのさ。」
何が面白いのか、コマはからかうような物言いだ。
「そんなら、うかうかしてられないね。鍛冶屋に伝えておくから、アンタ達は一つ目に見てもらいな。」
コマはそう言うなり、サッと四つ足になり奥に走り去った。
「一つ目って、一つ目小僧のことやろか?」
北はコマが走り去った方向を眺めながら、首を傾げる。
「ふん、何も知らない田舎者ではなさそうだな。」
「やかましいわ、女形坊主はおべべの心配でもしとき。」
憎まれ口に憎まれ口で言い返し、歯軋りする蘭丸を無視する。
「小僧という見た目ではないがな。」
信長はそう言い、奥の部屋へと進む。後に続くと、今度は小ぢんまりした部屋が見える。
赤い枠縁の、やたら派手な障子に閉ざされていた。
「ここからは貴様等だけで行け。俺は待っている。」
信長に背を押されて、六人は恐々とその部屋に足を踏み入れた。中は薄暗く、何やら不思議な香りの香が焚かれている。
「六人もいるのか。今日は珍しく仕事が多いね。」
いきなり暗がりから声がして、彼等は飛び上がる。
目を凝らしてそこを見ていると、勝手に行灯に火が灯り、声の主を照らし出した。悠然とくつろいでいるのは、煙管片手に此方を興味深そうに眺める少女だった。緋色の着物に山吹色の帯、一見遊女のような出で立ちだ。
「座りなよ。いつまでもそこに立たれてたら、私の仕事が出来ない。」
少女はそう言い、座布団を勧める。見たとこ、目の数は二つ…人間と変わりがない。
「私は壱目。わかりやすい名前だろ?」
座布団に腰を下ろす六人を見ながら、壱目は煙管を灰皿に打ち付けた。
「さて、それじゃ始めようか。アンタ方の神器の見定めをね。」
壱目はそう言い、おもむろに目元を手で覆い隠すように撫で下ろした。
思い切り趣味に走りました。
好きなんです妖怪。
二股しっぽの猫なんて特に・・・・。