九の噺 「驚き桃の木山椒の木、ってもう沢山だ。」
訓練道場を出て、つらつらと喋る利家の話を聞きながら歩いていると、ふと山中が足を止めて後ろを振り返る。
「どうしたんや?」
「いえ…何か、視線を感じるような……?」
北と山中は、怪訝そうに視線を感じた方向を見る。そこに、利家がやれやれと肩をすくめて呼び掛けた。
「明智殿、森殿。隠れてないで、出てくりゃいいじゃないですか。」
すると、物影からギクリというように息を呑む声が聞こえた。
「べ、別に隠れていたわけじゃない!」
「わ、私は……蘭丸様に引っ張られて…。」
一人目は、鮮やかな青と紫の着物を着た、いかにも小姓ですといいたげな格好の美少年。
少女のような顔付きをしているが、やや吊り上がった目は、警戒心露に六人を睨んでいる。
二人目は、黒く長い着物に黒灰色の羽織のような物を羽織った、長い髪の女性だ。
右目が前髪で隠れ、肌は病的に白い。俯き加減の姿勢は、全体的に暗い印象を受ける。
「明智?明智光秀のこと?何処にいるんだ?」
一人は森 蘭丸だとわかったが、もう一人がわからない。
しかしここで、はぁ?というような顔をした利家が爆弾発言をブチかました。
「何言ってんだ、明智殿ならいるだろ……あの方だ。」
指差す先に、あの暗い女性。
「え……あ、明智さん?」
「は、はい……。」
シン、と一瞬辺りが静まり返り。
「マジでええぇぇ!?」
「あり得ん!あり得んぞ!」
「女体化か…萌えるわー。」
「ミッチーがオンナノコだぁ!!」
「マニアな設定だな……。」
「お綺麗な方ですね。」
全員が同時に叫んだせいで、何を言ったのかはわからなかったのが幸いだった。あまり聞かれたくない言葉が少し含まれていたからだ。
「おいっ、お前達!僕を無視するな!」
光秀ばかり注目されているのが気に入らないのか、彼女を押し退けて蘭丸が六人の前に立った。
そしてキッ、と利家を睨み付けると、いきなりギャンギャンと彼に向かって怒鳴り始めた。
「利家殿も何を考えているんです!?いくら信長様の許しが出たからって、こんなどこの馬の骨ともわからない人達に、城の中を案内するなんて!?」
蘭丸の勢いは止まることを知らない。
今度は六人に向かい、ビシッと言い放つ。
「信長様に良いようにされたからって、調子に乗るなよこの無宿人!!少しでも怪しいことをしたら、この森 蘭丸が即刻切り捨ててやるからな!!」
しかし六人の興味はあっさり蘭丸から逸れていた。
「明智さんって影があるけど美人だね~。」
「黒じゃなくて、もっと派手な着物着ればいいと思いますよ。」
「薄幸の佳人……好みや…」
「これからミッチーって呼ぶぞっ!」
「この羽織、変わった形だな。」
「………いいな。」
総員が華麗に蘭丸をスルーし、光秀の周りにたかっていた。
光秀は恥ずかしいやら困ったやらで、おろおろしている。
「~っ………!」
ビキッと蘭丸の額に青筋が浮くのを、利家はニタニタ笑いながら見ていた。
何かと口煩いこの少年がどう出るか、実に楽しみなのだ。
「……人の話を聞けえええぇぇ!!!」
腹の底から叫ぶと、ようやく六人はめんどくさそうに蘭丸の方に首を向けた。
「あー、ハイハイ聞いた聞いた。」
「うっせーな、無駄吠えすんな犬野郎。」
「黙れ小僧!」
実に迷惑そうな顔で蘭丸を見て、やる気のない声で言い返した。
信長の小姓として気位の高い蘭丸は、怒りのあまり肩を震わせるが。
「おっと、暴力沙汰は御法度だお前等。森殿もそんなに突っ掛かるなよ、見苦しいぜ。」
これ以上は駄目だと見た利家が間に割って入った。
「蘭丸様…信長様だって、言ってたでしょう…?この人達は、信長様が面倒みるって。」
光秀も宥めるように言い、蘭丸の肩を叩く。
利家と光秀の二人に挟まれては、さしもの蘭丸も六人に因縁をつけることは出来なかった。
「…僕は、お前達を絶対に認めないからな。」
蘭丸はそう捨て台詞を残し、光秀を連れて足音も荒く立ち去った。
「何だよ、あのガキ。」
「小姓だかペッパーだか知らねぇけど、随分高飛車だな。」
チッ、と舌打ちして、小川と梅本は吐き捨てるように言った。
自分達が不審者であるということは十分に理解し自覚しているが、あそこまで敵愾心剥き出しにされては気分が悪い。
「あいつは信長様にゾッコンだからな。信長様の気がお前等に向いてんのが、めちゃくちゃ気に入らねぇのさ……しっかし犬野郎ってかよ……。」
笑いを噛み殺し、利家は口元を手で覆い隠した。
余程面白かったのだろう。
「ま、あいつのことはテキトーにあしらっとけ。イチイチ腹たててたらキリがねぇ。」
「「「りょーかいトッシー。」」」
その後、更に安土城の中を歩き回り、滝川 一益、池田 恒興、佐久間 信盛など多くの武将達に引き合わされ、挨拶をして回った。
六人を快く迎えてくれる者もいれば、森 蘭丸のように怪しむ者もいた。
挨拶が一通り終わる頃には、六人はすっかり疲れはてていた。
「ありゃー挨拶って名前の城内引き回しだぜ。」
「疲れたよ……お陰でお腹は減ってきたけどさ。」
部屋に戻り、やれやれと六人は一息つく。
「そんなそちらには!」
「「「うわあ!?」」」
いきなり襖が開いて、盆を持った義元と春と夏が現れた。
「このまろが茶を持ってきてやったおじゃ。」
「「ちなみに甘味もありますよ。」」
盆の上に、急須と人数分の湯飲み、それに小さな茶菓子が置かれている。
「ちょうどええわ、あたしお茶飲みたかったから。」
ご機嫌で北が手招きする。お世話係三人は素早く湯飲みに茶を注ぐと、彼等に配り終える。
「あの、貴殿方も一緒にどうですか?」
山中の誘いに、三人は目を丸くした。
城主のお客である彼等が、一介の世話係を茶に誘ったのだ。
「そんな、とんでもない!わたくし達は……!」
二つ返事で頷こうとした義元の口を二人がかりで押さえ、春と夏は首を振る。
「いいじゃんか、別にゆっくりしたってさ。」
木下が彼女達の袖を引っ張り、座らせようとする。
「だーっ、いい加減に離すおじゃ!!苦しいぞよ!!」
自分を押さえる手を振りほどき、義元が叫ぶ。
「まろは喜んで頂くおじゃ。せっかくの誘いを断る理由なぞ、ないのじゃからな。」
ササッと義元は六人の傍らに座り、懐から何故か湯飲みを取り出した。
「何故そこから湯飲みが出てくる。」
「公家たる者、これくらいの物がすぐ出せずにどうするおじゃ?」
お前は某万能執事か。
そして元・公家の間違いではないのだろうか。
そそくさと湯飲みに茶を注ぐ義元を、呆れたように双子は眺めるが、やがて苦笑しながら頷く。
「わかりました。わたくし達も、御相伴致しますわ。」
そう春は言い、夏は湯飲みを取りに行く。
しばらくすると、六人の部屋から楽しげに笑う声が聞こえてきたのであった。
明智さんを女の子にしてみました・・・・。
蘭丸君はツンデレ設定です。
次回は鍛錬、そして武器のお話になればいいな。