八の噺 「飯は命だお宝だ、喰わねば何にも出来ません。」
「何でテメーがいるんだこの今川焼イイィィ!?!?」
「おじゃあああ!?」
ドドドドッ、と六人は凄まじい形相で義元に詰め寄った。
猛牛のような勢いに、義元は部屋の隅まで逃げ込む。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいまし。」
クスクスと笑いながら、春と夏が六人を押さえた。
間。
「殿が言うには、貴様等はどうせ何も知らぬだろうから、今川殿に色々教えてもらえ、とのことらしいです。」
「で、出てきたんがこれか。」
これ、と北に指差された義元は、心外だとばかりに言い返した。
「これとはあんまりおじゃ!まろは織田殿から、正式に世話役としての命を承ってきたのじゃぞ!」
「んなこたぁ、どうだっていい。大体、よくも自分の敵とそんなに仲良く出来るよな。残る今川家はどうするんだ?」
顔をしかめて小川が言う。すると義元は微かに悲し気な表情になり、苦笑を浮かべた。
「まろが負けた今、あの領地は織田のものじゃ。将は一つの国に一人しか必要とされてはおらぬ。負けた国は、勝った国に従うのが運命ぞ。それはどこの国でも覚悟の上じゃ。」
義元はきっぱりと言い切る。
その潔さは尊敬出来るだろう、多分。
「でも、どうしてそんなに元気なんですか?大事な武器を、壊されてしまったんでしょう?」
山中は腑に落ちない、というような表情でそう尋ねた。
確かに利家の話では、神器と呼ばれる武器を壊されることは、並々ならぬ損失感を与えられるらしい。
「壊された数日間は……自刃したくなるほどじゃった。まるで生きたまま死んでおるようなものおじゃ。じゃが……青柳がまろを庇って砕け散ったのに、そのまろが自刃しては、青柳が尽くしてくれた誠意に泥を塗るようなもの。」
義元は晴れやかな顔をして笑ってみせる。
「まろは生きねばならぬ。生きて今川家を支えることが、敗国の将の唯一出来ることおじゃ。」
超・ポジティブシンキング今川。
そう言い切った義元を、六人は信じられないような面持ちで見る。
「どうしようミナちゃん、今川がカッコいいぞ…。」
「頭でもぶつけたんでしょうか?」
「あの見た目でさっきのセリフはないよねぇ、マンボウ?」
「ま、あたしらは春夏双子さんに世話になるからええけどな。」
女性陣からは、相変わらず容赦ない言葉を浴びせかけられる。
男性陣は深々と溜め息をつき、義元から目を逸らす。
多分、そんなことを堂々と言えるのは義元だけだろう。
「どこまでも失礼な奴等おじゃ……。」
何だか言い返す気力もなくて、義元は肩を落としてそう呟いた。
義元と双子の侍女に連れられて部屋を出た六人は、食事が用意されている部屋へと向かう。
「ここですよ。」
「どうぞお入りくださいまし。」
そう言って開かれた襖の向こうに、きちんと並べられた六つのお膳。
「ぃやったあああー!まともな飯ーっ!」
目の色を変えて、真っ先に木下が飛び付く。
「餓えた犬だな……」
ガツガツと米を貪る木下を、冷たい目で小川は眺めた。
「まぁ、チロは食い物が原動力と直結してるからな。」
梅本はそう言いながらも、もぐもぐと魚を口に運び、山中や北にいたっては無言だ。
とにかく空腹を満たすために、ひたすら食べる。一心不乱に食べる。
食べて食べて食べまくり、やっと一息つくことができた。
「あぁ、美味しかった…。」
「身に滲みましたね。」
満腹になり、食後のお茶をたしなんでいると。
「よう、お前等!ちったあ動けるようになったか?」
スパン、と利家が襖を開けて登場した。
「あ、トッシーだ。」
「前田のトッシーだ。」
「トッシー何か用?」
勝手にあだ名で呼ばれている。
「トッシーってもしかしなくても俺のことかよ。」
目を丸くして自分を指差す利家に、六人はこっくりと頷いた。
「だってそっちのほうが言いやすいしね。」
「お前等なぁ……。」
にっこり笑って谷中が言うと、利家は困ったような、照れたような顔でガリガリと頭を掻いた。
「いや、んなことはどーでもいいんだ。お前等、城の案内してやるから一緒に来いよ。」
利家の誘いに、めんどくさい、と言おうとした北の口を塞ぎ、六人は立ち上がった。
「安土城は広いからなァ、最初は絶対に迷うぜ。慣れないうちは、あんまり遠くまで行くなよ。」
六人を後ろに引き連れて歩く利家の姿は、まるで面倒見のいい兄貴分のようで、周囲から微笑ましい視線を送られている。
「そうですね、あんな山の中に、押し込むように城が建ってますから。」
山中は好奇心に輝く瞳で、あちこちを見回す。
あの幻の安土城、中を見学出来るなんて、一生に一度もない大幸運だ。
「じゃあまずは、突撃トッシーのお部屋訪問だね。」
「記念すべき被害者第一号だなっ!」
「お前等俺の部屋で何するつもりだ。」
ニシシ、と笑いあう谷中と木下に、若干引き攣った顔で利家が言った。
だがそこは兄貴分(仮)、ちゃんと案内してくれる。
「ほら、ここが俺の部屋だ……頼むから暴れんなよ。」
何だかんだ言いつつ、見せてくれた部屋の感想は?
「意外と小綺麗だな。」
「春画とか散乱してると思ってたのに、つまらんわ。」
梅本はとにかく、北の言葉に利家はワナワナと震えながら言い返した。
無論、怒りによるものだ。
「何処から来るんだ、その発想は…?仮にも女だろ、お前……」
「身体的にはな。」
北はどうでもよさそうに答えた。
流石、孝研の干物女にしてオッサン女マンボウ。
恥など無縁の厚顔無恥。
「ハイ、次。」
「ここが厠だ。」
「そこそこな造りだな。」
「次。」
「んで、書庫だ。」
「カビ臭い……」
「次だなっ。」
「台所だ。」
「レトロ通り越してるだろ。」
……と、城をふらつくこと約一時間。
一度外に出て、利家はある場所に向かう。
「今度は鍛練場だぞ。お前等もいずれ行く場所だ、道ぐらい覚えとけ。」
近付くにつれ、何やら勇ましい声が響いてくる。
「おお、やってるやってる!」
広いグランドらしき所で訓練を積む兵士達。
互いに手合わせや筋トレなんかをしている。
その大勢の中で、一際良く目立つ人物がいた。
一際大きな体躯を誇る、岩のような男。
「おーい、おやじ殿ー!」
利家が手を振りながら大声で呼び掛けると、その大男はくるっと振り返った。
「おやじ殿…?」
「にしちゃあ、全ッ然似てないぞ。」
いぶかしげに大男を見る六人。
すると、その大男はのそのそと近付いてくる。
近付けば近付く程、その異形はよく目立った。
真っ黒な肌に、ギョロッとした目、ゴツゴツした体つき。
「何アレ、妖怪なんたら入道?」
「ちげーよ!ありゃ柴田 勝家様だっ!!」
「……嘘ん?」
利家の言葉に、六人は絶句する。
どんどん近寄ってくる勝家にビビり、彼等は押し合い圧し合いしながら利家の背後に隠れた。
「利家……案内か…?」
「ああ。信長様の御命令でな。」
「……そうか。」
まじまじと勝家は、利家の背後を見詰める。
「儂は…柴田、勝家と…申す。名を聞いても、よいか?」
なるべく優しい声で勝家が話しかけると、六人はおずおずと利家の背後から出てきた。
そしてそれぞれ名乗ると、勝家は何とも嬉しそうに笑ったではないか。
「………ん。」
「…え、くれるの?」
おもむろに勝家は懐をごそごそ漁ると、薄い紙に包まれた六枚の煎餅を取りだし、彼等に手渡す。
「あ、ありがとうございます…?」
何故煎餅。何故出てくる。
まぁくれるモンはもらっとけ。
ハテナマークを乱舞させながらも、六人は煎餅をパリッとかじった。
お次は柴田 勝家さんです。
厳ついけどまったりした性格の優しい人設定です。
気に入られるとお菓子がもらえます。