第9転 第二回竹取物語前日譚1
兵士達が竹に迫る。甲冑のぶつかり合う音が近付く中、竹は意識が朦朧としていた。霞が掛かった意識で思い出すのは、彼女が現世に転生する前の出来事だった。
日ノ本における月と夜を司る男神『月読命』――彼の赫奕なる愛娘『かぐや姫』は当時、月の都にいた。
一九六九年七月二〇日、ロケットで月面に着陸した事により、人類は月が大気も生命もない岩石だらけの星だと認識した。しかし、それは誤認である。月には竜宮城やアヴァロンと同様に異界があり、その内側には大気もあれば人も住んでいる。異界は魔法に属するものであり、科学の力では入り口を発見する事はおろか存在を感知する事すらできないのだ。
かぐや姫の住まう月の都はその異界の中にあった。月の都にある武家屋敷。罪を犯した貴人を束縛する施設に彼女は軟禁されていた。
「かぐや。お前を追放処分とする」
かぐや姫の下に一人の男が訪れる。中肉中背の中年男性だ。黒髪の東洋人だが、両瞳は月色という人ならざる色合いだ。頬、口の上、顎で繋がった髭を綺麗に整えている。服装は直衣と呼ばれる平安時代の貴族が着ていたものだ。
彼こそが月読命。かぐや姫の父親である。
「追放処分。まるで昨今流行りの成り上がり小説ね」
「処刑されないだけ有難く思え。小説は無能扱いされた有能が追放されるのがテンプレだが、お前の場合は明確に罪を犯した。武装蜂起ともなれば私の権限でもお前を庇う事はできん」
「私を庇う必要はないわ。覚悟の上での行動だもの」
無表情のまま、正面から堂々と言い放つかぐや姫。そんな娘に月読命は眉をひそめながらも静かに問い掛ける。
「そんなに異世界転生を許せないか?」
「ええ。人命を使い捨てにするなんて真似は私にはどうあっても許容できない」
月読命の問いにかぐや姫が語気を強くした。
「地球で不遇の扱いを受けてきた者達が異世界で活躍し、優遇される。――とだけ抜粋すれば夢物語だけどね。実際に物語の主人公のような活躍をするのはほんの一握りだけ。十中八九はチートスキルを使っても志半ばで死んでいくわ」
英雄とは他人が真似できない事をするから英雄なのである。そして、それは如何なる特権的能力を与えられたとしても容易く達成できるものではない。英雄になるにはそれ相応の精神性と精神力が必要なのだ。元々はただの地球人でしかなかった者達に求めるものではない。
華やかな物語など所詮は氷山の一角でしかないのだ。
「地球で普通に暮らしていた一般人を死んでいるから後腐れがなくてちょうどいいって。ズルみたいな能力と都合のいい環境を与えて、おだてて戦場に向かわせて。そうして大概は帰らぬ人になるのよ。そんなの殆ど鉄砲玉じゃない」
「そうだな。それについては否定せんよ」
「それにそもそも……」
そもそも異世界の問題は異世界人の手で解決すべきだとかぐや姫は考えている。同じ鉄砲玉にするにしても、その役目は異世界人が背負うべきだ。それを人手が足りないからといって、地球人に任せようって考え方が気に入らないのだ。
「何よりも不愉快なのは、そんな異世界転生者の人生を娯楽として楽しんでいる神々よ」