第82転 今晩のメニューはカレー
魔王城シャールノス。島ごとを空に浮かぶ巨大施設であり、城内も相応に広い。中庭の面積も輪廻転生軍の全員が屯してもまだ余裕がある程だ。
「いやあ、まさか武祭が一日で終わんねえとはなあ」
中庭で吉備之介がそうぼやく。
現在時刻は十八時過ぎ。日没時間は過ぎ、夜の帳が訪れていた。第一試合開始から第二試合開始まで四時間弱、第二試合開始から第三試合開始までまた四時間弱、第三試合が終わった頃には夕暮れを迎えていた。
「異世界転生軍の連中は元々三日間でやる予定だったらしいわよ」
「三日か。そうなると、明日は第四試合から第六試合までやって、第七試合を三日目にやるつもりなのか」
「順当に進めばそうなるんじゃない?」
輪廻転生軍の面々は中庭で夕食を食べていた。今晩のメニューはカレーだ。香辛料の匂いが中庭に充満し、食欲を駆り立てる。
カレーの材料を提供したのは獣月宮竹だ。カレーだけでなく、彼女は多くの食糧をここに持ち込んでいる。異世界転生軍に食事を用意させたら毒を盛られるかもしれないと警戒しての事だ。アーザーの言葉を信じるのであれば無用な警戒ではあったが、だからといって食糧を無駄にはできない。武祭期間中の食事は彼女の世話になる。
「さっき、『試合の数は限られているんだから悩んでいる時間はそんなにない』って言ったけど……よかったわね。少なくとも今日一晩は悩んでいられるわよ」
「『よかったわね』じゃねえよ。他人事だと思いやがって、この女」
横目で竹を睨む吉備之介。しかし、その手に握っているのは彼女が提供したカレーが乗っているスプーンだ。世話になっている手前、怒りを強く表に出すのも体裁が悪い。
「実際、他人事だからね。気に障ったのなら謝るけど」
「謝っている態度じゃねえんだわ。せめてスマホは置け。な?」
「イヤよ。スマホは私の身体の一部だもの」
「そもそも食事中にスマホ弄ってんじゃねえ。ていうか、通信会社が軒並み壊滅しているっつーのに、スマホで何を見てんだ、お前は?」
「SNSよ。神界経由のシステムだから地上の通信とは関係ないわ」
「神々もSNSやってんの!?」
「まあまあ、喧嘩しないの。ネ?」
視線で火花を散らし合う二人をネロが宥める。三人はテーブルに横一列に座っていた。右から竹、吉備之介、ネロの順番だ。対面に座っているのは、
「呵々。三人とも何だかんだ仲が良くなったようですな。結構結構」
一人の老人だ。総白髪に長い白髭、しわが深く刻まれた顔と見るからに年老いた男性だ。しかし、その首から下にはまるで老いは感じられない。どころか、分厚い胸板に膨れ上がった上腕二頭筋、大木の如き太腿と肉体はこの場にいる誰よりも活力に溢れている。双眸も力強く、まるで鷹の如き鋭さだ。
彼の名はパラシュラーマ。吉備之介達輪廻転生者を率いる首領。『武聖仙』の異名を持つ戦士だ。
「今のやり取りを見て、どの辺で仲が良いと思ったんだよ? じいさん」
「長く武をやっていると感情は勿論、関係性をも感じ取れるようになりましてな。貴殿らが互いに悪感情を懐いておらんのが見て分かります」
「マジかよ。武ってすげーな」
半信半疑な顔で適当にパラシュラーマを称える吉備之介。彼に竹と仲がいい自覚はないので、パラシュラーマの言葉を信じられないのは当然と言えば当然だった。
「しかし、桃太郎殿。まだ悩み苦しんでいるのですかな?」
「え? ああ、まだな……」
吉備之介の表情が曇る。パラシュラーマの言葉通り、吉備之介は未だ悩みの中にいた。己が戦場に赴く事。その戦場に幼馴染がいる事。幼馴染と闘う可能性。殺す覚悟と殺される覚悟。それ以前の他者を傷付け害する覚悟。それらの現実をまだ呑み込めていなかった。クリトとは戦ったものの、まだ足りない。『桃太郎』と呼ばれる事にさえ違和感を覚えているレベルだ。
パラシュラーマはそんな吉備之介の内面を感じ取ると、「ふむ」と頷き、
「よろしい。では、その悩みの解決にこのジジイが一肌脱ぐとしましょう。食事が終わり次第、儂と組み手です」
「は? え? 組み手?」
戸惑う吉備之介にそう告げた。




