第80転 五将戦決着
とはいえ、元より『詩人』と『戦士』の差だ。体力も戦闘技術もタウィルに分がある。しばらくもしない内にオルフェウスの防御が崩れた。その隙間を貫いてタウィルの左拳がオルフェウスの右こめかみを打った。頭蓋骨が砕け、鮮血が散る。
「これで終わりじゃ!」
タウィルが右拳を繰り出す。防御が崩れ、重傷を負った身でこの一撃を受ければ死んでしまうだろう。
しかし、迫る盾を前にしてオルフェウスはにやりと笑った。
「――【冥王の二叉槍】」
オルフェウスの胸が縦に引き裂かれる。血飛沫を撒き散らして彼の内側から飛び出したのは二叉の槍だ。意表を突かれたタウィルは回避が儘ならず、胸部を槍に貫かれる。
これなる武具はバイデント。彼の有名な【海王の三叉槍】に並ぶ冥王の愛槍である。【地底に招く鎮歌】同様冥府との繋がりが為した召喚術式だ。
「LaLa――La――La――♪」
オルフェウスは死んでいた。二叉槍を召喚する為に胸を裂いた事で即死したのだ。だが、【地底に招く鎮歌】は声帯ではなく魂で歌っていたものだ。魂が肉体から抜け出るまでの数秒間で彼は最後まで歌い切った。歌は完成したのだ。
オルフェウスは笑みを浮かべたまま仰向けに倒れ、そのまま生命活動を停止した。
「あっ……がっ……!」
二叉槍が胸から抜け落ち、地面に落ちてカランカランと音を立てる。
タウィルの胸には二ヶ所の刺し傷ができていた。それだけでは致命傷にはならないが、鎮歌が完成した事により彼の命は終わっていた。生命力――否、運命力と呼ぶべきものがごっそり抜け落ちて、タウィルがうつ伏せに倒れる。
それでもまだ彼の意識は途絶えていなかった。
(負けぬ。負ける訳にはいかぬ……!)
それは偏に彼の意志の力によるものだ。厳密に言えば彼が魔法世界の人間であり、その身に魔力を宿していたからこそ為せた奇跡なのだが、その魔力で意識を繋ぎ止めているのは彼の意志力によるものだ。
しかし、それも十数秒までだ。意識が急速に薄れていく。即死しなかったとはいえ致命的である事には変わらず、最早死は避けられない状態だった。
それでもなおタウィルは足掻いた。彼の家族――十二人の仲間達の為に。彼らが生きる魔法世界を守る為に。ここで永遠に死ぬ事になろうとも、試合の勝ち星だけは譲らない為に。
「お……ぁああああああああああっ!」
タウィルがあらん限りの力で叫ぶ。ほんの僅かでも自分がオルフェウスよりも生きていた事を示す為に。この決闘儀式のルール「選手両名が死んだ場合には先に死んだ方を敗者とする」に則って、勝者は自分の方だと証明する為に。
「ぁ……。………………」
その叫びを最後にタウィルは力尽きた。地面に頬を擦り付け、二度と起き上がる事はなかった。
両者が死んだ事によって冥府の大気が消失する。元に戻った試合場に残ったのは二人の亡骸と審判エルだ。
『タウィル・アトウムル、死亡確認! オルフェウス、死亡確認! オルフェウスの死亡が先だった為、第三試合の勝者はタウィル・アトウムルとします!』
審判の宣言が闘技場に刻まれた。




