第79転 決死と使命の歌
死せる大気が試合場に充満する。ケルベロスの魂が冥府より召喚され、死して冥府に帰還した事で縁が結ばれた。ケルベロスの仮初の肉体は消滅し、楔となって闘技場と冥府と繋げた。今や試合場は冥府の領域と化していた。
「LuLuLuLu――♪」
オルフェウスが歌う。彼の下顎は砕かれていて言葉はうまく喋れず、叫ぶ事しかできない筈だった。にも拘らず、彼の歌声を試合場に響いていた。今、彼は喉からではなく魂から声を出しているのだ。魂から魂へと伝える神域の音色。聞く者を冥府へと誘う旋律を歌っているのだ。この歌が終わった時、聞いていた者は一人の例外もなく死に至る。
【地底に招く鎮歌】――寿命削りの歌唱。冥府と繋がった今だからこそ使える術技だ。
死後の大気と死に誘う音響。ここまで濃密な死の気配を前にしては、如何なる英雄といえども恐怖に身が竦んでも仕方がない。そんな状況下でありながら、『不屈の戦士』の心は折れていなかった。
「まだじゃ! まだ貴様を倒せばこの術を止められる可能性がある!」
地面を蹴り、盾による殴打を繰り出すタウィル。対するオルフェウスは回避しなかった。両腕で防御態勢を取り、甘んじて盾の攻撃を受ける。オルフェウスの身体が易々と弾き飛ばされ、十数メートル先で着地した。両腕の骨が折れそうになる程の衝撃だったが、それでもオルフェウスは歌う事をやめない。
「…………! こやつ!」
オルフェウスの意図を悟るタウィル。先の発言通り、彼は試合を捨てたのだ。ケルベロスを倒された時点でオルフェウスは決定打を失った。音矢も音の壁も今のタウィル相手では心許ない。故に試合の勝利ではなく使命を優先する事にしたのだ。
――異世界転生軍の要、序列六位『戦士』タウィル・アトウムルの封印を。
「LuLuLuLu――♪ LaLaLaLa――♪」
「ワシを舐めるな、若造が!」
タウィルの盾がラッシュする。左右交互に打ち出される鉄拳は豪雨の如くだ。オルフェウスの肌に次々と痣ができ、皮膚が切れて血が舞う。殆ど袋叩きの有様だが、それでもオルフェウスは歌い続ける。
音矢や音の壁による反撃はしない。音に乗る高速移動による回避もしない。歌に集中する為に余計な動作は一切しない。ただただ防御を続ける。




