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第77転 現出

「まだまだ!」


 タウィルがスライディングから身を捻じりながら立ち上がる。ケルベロスが反転し、タウィルに向かって疾駆。右前脚の爪で振り上げてタウィルを引き裂かんとした。

 だが、左後脚が折れた状態では動きに精彩を欠く。後方に一歩跳んで爪を躱したタウィルが間髪入れず踏み出し、軸足である左前脚に盾による突撃(シールドチャージ)を繰り出した。骨のひしゃげる音が試合場(アリーナ)に響く。


「トドメじゃ!」


 後脚一本、前脚一本を失ったケルベロスは最早自力で立つ事は叶わない。苦悶の唸り声を上げてケルベロスが(うずくま)る。その頭上にタウィルが跳躍した。彼が狙うは脊髄だ。頭が三つあろうとも胴体は一つ。三つ首を一つの脊髄に繋ぐ交点がある。そこを突けば、三つの頭を相手にしなくても纏めて討ち倒せるのだ。

 両肘を振り下ろして両盾を叩き付ける。強烈な盾の打ち下ろし(シールドバッシュ)にケルベロスの脊髄が打ち砕かれ、冥府の番犬は遂に轟沈した。


「……どうじゃあ!?」


 蒸気のような息を吐き、オルフェウスを見やるタウィル。対するオルフェウスは心底感嘆した笑みを浮かべていた。


「お見事。御美事(おんみごと)。まさかケルベロスを打ち倒せる人間が本当にいるとは思わなかった。きみは素晴らしい実力の持ち主だ」


 オルフェウスが賛美するが、タウィルの耳はとうに聞こえなくなっている。だが、オルフェウスの余裕ある態度に漠然とした不穏さを感じていた。


「いいだろう。きみの健闘を称え、試合の勝ちは譲ろうじゃないか。けれど、勝負の勝ちはぼくが頂く。『試合に負けて勝負に勝つ』という奴だ」


 途端、空気が一変する。重く冷たく沈んでいくような感覚が試合場を満たす。何事かとタウィルが周囲を見渡すが、現段階ではまだ目に見える変化はない。


「ケルベロスは戦力として召喚したんじゃない。(アンカー)として()んだんだ。冥府とこの場所を繋げる道を固定する為ね」


 タウィルはオルフェウスから目を離さず、しかし不気味さに心臓が早鐘を打つ。その間にも空気の沈重さは急速に増していく。


「きみの【時間逆行セーブ・アンド・ロード】を封じる為にはどうすればいいか。神々は知恵を絞って考えた。そして、こう結論を出した。『殺した直後、スキルを使われるよりも前に冥府に魂を引きずり込めばいい』と」

「まさか……貴様! まさか!」


 冥府こそは魂の監獄だ。一度そこに(とざ)されてしまえば冥王の許可なしに脱出はできない。生と死の絶対的な境界線は神々ですら越えられない。如何なチートスキルであっても元々は転生の女神が与えたもの。転生の女神は神々の一柱。女神では冥王には逆らえない。


「その為に神々は試合前から入念な準備をしてきた。北欧の三姉妹(ノルニル)ギリシャの三姉妹(モイライ)ローマの三姉妹(パルカエ)宿命の女神(アナンケ)繁栄の女神(テュケー)車輪の女神(フォルトゥナ)――運命を司る神々を総動員して、きみとぼくとの縁を結んだ。きみが何回戦に出ようともぼくと当たるように対戦カードを仕組んだんだ。ここまで言えばもう分かるだろう?」

「おのれ貴様ぁ!」


 空気の沈重さが可視化する。黒色と紫色の大気が試合場を埋め尽くす。遥か彼方、試合場の結界の外に見えるのは無数の白骨死体と無数の人魂だ。地面は乾き、ひび割れ、朽ちている。あらゆる生命が枯れて果てた大地だ。

 この光景をオルフェウスは知っている。現世で命を落とす度、この景色を目にしている。


「このぼくがきみへの切り札――きみの死神だ、タウィル・アトウムル」


 冥府(ハデス)が現出した。

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