第76転 試行錯誤
攻防に一つのミスも許されない。それを認識していながらタウィルの心は揺らがない。彼の戦いはいつだってこうだった。苦難と学習、意地と忍耐の連続だった。今回の闘争もまたその一つとするだけだ。
それにしても、
「全く、何が『この身一貫』じゃ。嘘吐きめ」
上方から見下ろしてくるオルフェウスにタウィルが苦笑する。身一つで戦うと嘯いておきながら彼はケルベロスの背に騎乗していた。ケルベロスはオルフェウスの魔力によって顕現しているので、ある意味では彼だけで戦っていると言えるが。
「あああああ、あああああ、あああああ――!」
オルフェウスはケルベロスの上で叫んでいた。叫ぶ度に喉の奥から音矢が飛び、弧を描いてタウィルを襲う。タウィルはケルベロスの猛攻以外にもオルフェウスの音矢にも対処しなくてはいけないのだ。
『GYYYAAAAAaaaaa――!』
降り注ぐ音矢は【魔盾オハン】の絶叫で威力を弱らせ、弾いて掻き消していく。度重なる魔盾の使用により既にタウィルの聴覚は完全に麻痺してしまっていたが、気にしている余裕はない。
ケルベロスの猛攻を防ぐのに活躍しているのは【御盾アイアス】だ。携行サイズの円形の盾でありながら、その防御力は城壁や櫓に匹敵すると謳われる兵装である。
実のところ、この試合におけるセーブポイントは当初は試合開始時点ではなかった。その十分前、得物を選ぶ段階に作ってあったのだ。タウィルはここまでの冒険で数々の盾を入手している。炎を噴く盾、突風を起こす盾、毒気を放つ盾、最硬金属製の盾、等々だ。何度も生と死を繰り返して、対オルフェウスに相応しい物を厳選した。その上で、試合開始時点にセーブポイントを作ったのだ。
(ワシは諦めぬぞ。勝利を掴む、そのたった一度の為に幾度でも死に臨もうぞ)
「あああああ、あああああ、あああああ、あああああ、あああああ――!」
繰り広げられる激闘は熱気を増していき、両者共に滝のような汗が宙に舞う。
片や冥府の番犬を使役し、下顎を痛めながらも叫び続けるオルフェウス。片や精密さと豪胆さを併せ持って防衛に徹し、タイミングを見計らうタウィル。どちらも体力の限界を超えている。それでもなおも意地と矜持を張り続け、互いに一歩も引かないでいた。
そうして攻防が四十も五十も超えた頃、ようやくタウィルが絶好の間合いを見出した。
「――ここじゃ!」
ケルベロスの真ん中の首が噛み付き攻撃を繰り出す。その刹那、タウィルはスライディングでケルベロスの下に潜り込んだ。腹の下を滑り抜け、腰部まで辿り着いたタウィルはケルベロスの左後脚を両盾で挟み打ちにした。骨の砕ける音が盾越しに伝わり、冥府の番犬が悲鳴を上げる。
「GuRAAAAA――!」




