第75転 冥府の番犬
異世界転生軍観客席VIP席にて。『冥府の番犬』ケルベロスの登場に軍幹部の三人が騒然としていた。
「召喚魔法だと!?」
「結界は!? どうなっている、ザダホグラ!?」
「正常に作動している! 結界に何ら問題はない!」
「だったら、何故召喚なんて真似ができるんだ!?」
試合場に張られた結界は選手と審判以外の出入りを禁止している。召喚魔法を使おうと第三者が結界内に入る事はできない筈だ。しかし、現にケルベロスは試合場にいる。幻ではなく実体として、四本の脚で雄々しく立っている。
「……ああ、成程。解析ができた」
とケルベロスを注視していた『神』ザダホグラが言った。
「あのケルベロスは冥府の番犬そのものじゃない。喚び出した番犬の魂を基にして、オルフェウスの魔力で肉体を構築した具現体――いわば複製品だ」
「召喚といっても本体が直接ここに来ている訳ではないという事かい?」
「そうさ。あれはあくまでオルフェウスの音矢や魔性の歌声と同じ、彼の術技という事になるねぇ」
魂こそ侵入されたが、物質的には何も増えていない。ケルベロスの四肢はオルフェウスの魔力で形作られていたものだ。ある意味ではオルフェウスの一部とも言える。故に結界の影響を受けなかった――否、そもそも結界とは関係がない現象だったと言うべきだ。
「タウィルのスキルと決闘儀式の為に魂の出入りには制限を掛けていなかったからねぇ。勿論、幽霊系のような不死者は通さないようにはしているけど」
「盲点だったな……まさかあんな技を使ってくるとは」
眉間にしわを寄せる三人。眼下では三つ頭の巨犬が一人の少年に猛威を振るっていた。
◇
ケルベロスの爪牙がタウィルを襲う。その牙は鉄筋コンクリートを噛み砕く程に険しく、その爪は鉄製の鎧を貫く程に鋭い。巨体から繰り出される突進はトレーラーをも容易く引っ繰り返す。それでいて機動力はバイクよりも上だ。駄目押しに唾液には毒草が含まれている。
「GuRRRRRAAAAA――!」
神話上の怪物は伊達ではない。仮に最新鋭の戦車を持ち出してきてもケルベロスに勝つのは難しいだろう。
生身の人間などただの一撃でも喰らえば即死する。そんな暴威を前にてタウィルは冷静沈着だった。ケルベロスの猛攻を全て紙一重で躱し、受け流す。
(盾で攻撃を受け止めてはならぬ。もし噛み付き攻撃を受け止めれば、そのまま両顎で捕らえられ、粉砕されてしまうからのぅ。それで盾を失ったところを一体何度こやつに喰い殺された事か。噛み付き攻撃には牙や顎に盾を重ねるようにして、逸らす形でなければいかん)
噛み付きだけではない。爪で斬り殺された事も貫き殺された事も、巨重で踏み潰された事もタウィルは数回数十回と経験している。
(ワシは知っていた。オルフェウスの音による高速移動も、冥府の番犬の召喚も。ケルベロスがどのように攻撃してくるかも知っていた。【時間逆行】を繰り返す事で学んできた)
だが、
(まだ実際にケルベロスを突破した事はない。今度こそじゃ。ここからが正念場じゃ)




