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第74転 オルフェウスの冥府還り3

 感情はなくとも知性で判断はできる。合理的な思考が彼女に「自分はもうオルフェウスの共に生きる事はできない」と結論を出したのだ。

 しかし、突然そんな事を言われてもオルフェウスがすぐに納得できる筈もない。どうにか彼女の言葉を覆そうと足掻く。


「そ、それでも……きみが詩心を失くしたとしても、ぼくはきみと一緒にいたいんだ! その想いだけでは不充分だときみは言うのか?」

「はい。アナタは『詩人』――悩み、苦しみ、それでも最後には愛ではなく詩を選ぶ。それがアナタです。いずれ私と決別する事は見えています。その時に傷付くのはアナタの方です。生前の私ならそれを望まないでしょう」

「…………」


 オルフェウスの顔が曇り、押し黙る。反論の言葉は何も思い付かなかった。エウリュディケの予想を「違う」とどうしても言えなかった。彼女の言う事は正しいと彼自身も思ってしまったのだ。


「本当に……駄目なのか」

「はい。お別れです」


 オルフェウスの未練をエウリュディケはきっぱりと断つ。それで、オルフェウスもようやく彼女の言葉を受け入れる事にした。


「顔を見せて貰えるかい、ぼくの伴侶よ」


 振り返り、妻の顔を見るオルフェウス。冥府のルールは覚えていたが、だからこそ最後に彼女の顔を拝んでおきたかった。妻の相貌は朽ちながらも生前の美しさが見て取れた。オルフェウスの胸に掻き毟りたくなる程の哀切と愛おしさが込み上げる。


「愛しているよ、エウリュディケ」

「私も愛していまし()、オルフェウス」

「……さよなら」


 出口の方へと向き、歩き出すオルフェウス。エウリュディケは沈黙のままその背を見送った。冥府へと繋がる(みち)は洞窟であり、洞窟を出たオルフェウスは陽光と森林の香りを一身に浴びた。強い日差しが目に染みる。

 自分一人だけで冥府を出てしまった。その現実を改めて認識した瞬間、オルフェウスは地面に突っ伏した。


「ああああ……! あぁああぁ……あぁぁっあぁぁっ……!」


 地面に膝と肘を擦り付け、滂沱の涙を流すオルフェウス。後悔と悲痛が溢れ出すが、最早どうにもならない。既に別れは告げた。彼女と共に生きる事よりも詩と共に在る事を選んでしまったのだ。後戻りはできない。



 この日、オルフェウスは真に『詩人』として完成した。

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