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第72転 オルフェウスの冥府還り1

挿絵(By みてみん)

「さあ、ぼくの妻を返して貰おうか」


 古代ギリシャ、冥府にて。オルフェウスは冥王ハデスにそう要求した。


 オルフェウスにはエウリュディケという名の妻がいた。彼女は新婚早々、暴漢に襲われて命を落とした。正確には暴漢から逃げる途中で毒蛇に気付かず近くを通り、蛇に噛まれて死んでしまったのだ。

 当時の現世と冥府は地続きであり、冥府は地底にあった。妻を諦められなかったオルフェウスは彼女を取り戻す為に生きたまま冥府へと足を踏み入れた。異物の侵入を敏感に察知した冥王はオルフェウスに忠告した。


『――引き返せ。ここは生者の来る場所ではない』


 冥府の奥底の居城から声だけを届かせるハデス。虚空から響く言葉にオルフェウスは臆することなくこう答えた。


「妻を返して貰いに来た。拒否するなら押し通らせて貰う」

『――ならぬ。引き返せ』


 伝承によれば、オルフェウスの奏でる琴の音に感動した冥王妃ペルセポネに説得されて、冥王ハデスがエウリュディケを解放したとされている。だが、真相は異なる。


「LaLaLa――♪」


 オルフェウスの歌声が竪琴の哀切な音色と共に冥府に響き渡る。魔性の音色に冥府にいる誰も彼もが魅了された。古代ギリシャにおける三途(さんず)の川ステュクスの渡し守(カロン)冥府の番犬(ケルベロス)も比喩ではなく心を奪われた。死者もオルフェウスの指揮下に入り、群れを成して彼に追従した。

 そうして遂にオルフェウスは冥府最深部――冥王宮にまで辿り着き、冥王妃ペルセポネまでも虜にした。妃を(かどわ)かされた冥王は険しい顔でオルフェウスを迎えた。


「我輩の妻を人質に取るか、人間!」

「そんなつもりはないよ。あなたは愛妻家だと聞いている。同じ妻を愛する者として、他人の妻に指一本触れるつもりはない。ただ、ぼくの本気を知って欲しかっただけだ」

「ならば、我輩が貴様の要求を呑まなかった時はどうする気だ?」

「その時はあなたもぼくの歌の虜になって貰う。心配しないで、あなたの妻もあなたの住人も盾にするつもりはない」

「…………」


 冥王(ハデス)()め付けるが、人間の生者(オルフェウス)は頑として怯まない。神の眼光を真っ直ぐに見返している。

 そのまましばらく睨み合っていたが、先に根負けしたのはハデスだった。深々と溜息を吐き、相好を崩す。


「全く……我輩以外の神々であれば妻など見殺しにして、貴様を八つ裂きにしていたところだぞ」

「伝聞通りなら、あなたがそんな(ヒト)ではないと信じていたからね」

「ふん」


 忌々しさと呆れの感情を前面に出して鼻を鳴らすハデス。しかし、その口端はほんの少しだけ照れによって歪んでいた。


「よかろう、貴様の妻を返してやろう。冥府を預かる者として有名人の居場所は把握している。すぐに返せるとも」


 だが、


「一度冥府に堕ちた者は生前と同じではない。貴様の知っている(エウリュディケ)ではないのだ。貴様にその覚悟はあるか?」


 オルフェウスの目を改めて見据え、冥王はそう問うた。

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