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第71転 召喚

「ふっ!」


 タウィルに肉薄される直前、オルフェウスが地面を踏み抜く。蹴撃音から音の壁が生じるが、その矛先はタウィルではない。壁は地面を弾き、その反動でオルフェウスの足を浮かせたのだ。音の壁に乗り、オルフェウスの身体が一瞬にして五メートルも運ばれる。


「La! La! La! ――――♪」


 歌いながら何度も足踏みをするオルフェウス。その都度に彼の身体が右に左に斜めに後ろにと高速移動する。タウィルが歯を食い縛って追うが、なかなか拳が届かない。


「舐めるではないわ、若造が!」


 しかし、そこは本職。『戦士』の身体能力は伊達ではない。如何に格上といえども『詩人』が及ぶものではない。戦闘を生業(なりわい)とする者相手にいつまでも逃げていられる道理はないのだ。ましてやオルフェウスの移動は一直線の単純なものだ。


 幾度目かの攻防の末に追い付かれ、タウィルの鉄拳がオルフェウスの下顎に叩き込まれた。


「がっ……!」


 ふらつきながらもなお高速移動で逃げるオルフェウス。距離を取った敵にタウィルは盾を構え直して次の動きを窺う。


「これでもう歌えぬな」

「いいや、まだ叫ぶ事くらいはできるさ。それに……」


 タウィルの揶揄にオルフェウスは蚊の鳴くような声で、しかし(したた)かにそう返した。吐き出した唾には血と歯が混ざっている。下顎が砕かれたのだ。言葉を発する事こそ可能なものの、人が聞き惚れる声色は出せない様子だ。


「詠唱は既に完了した。何も問題はない」


 オルフェウスの右隣の空間が歪む。歪みは加速度的に増していき、空間を潰していく。


「【海面に誘う怪歌(ブテス・セイレーン)】は声色と音程だけで発動できる。歌詞の内容までは関係ないんだ。だから、歌詞を呪文にしても問題がない」


 呪文とは魔術の一要素であり、非物理的な効果を得る為に使われる言葉の事だ。定式化された文章を口にする事で、使い手の望む効果を発揮する。オルフェウスは【海面に誘う怪歌(ブテス・セイレーン)】でタウィルを牽制する傍ら、ずっと呪文を詠唱していたのだ。


「魔法陣も魔法道具もなく、言葉だけで魔術を成そうとすると時間も魔力も酷く掛かるんだけどね。才能と縁も必要になる。逆に言えば、それさえクリアできたのなら、召喚みたいな複雑な魔術も不可能じゃない」


 空間の歪みに黒色が混ざり、黒色は一塊となって実体を形成した。

 犬だ。それもただの犬ではない。トラック並みの巨体を持つ黒犬だ。頭は三つあり、それぞれが独立した意識を持ってタウィルに威嚇の唸り声を上げていた。たてがみは無数の蛇の群れているようであり、尾は竜のように頑強で鱗に覆われていた。


『冥府の番犬』ケルベロス、召喚――――。

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