第69転 魔性の歌声
「しまった……!」
粉砕された竪琴に目を見開くオルフェウス。楽器を破壊された以上、音使いに戦う術はない。もう音を奏でる事はできないのだからそう判断するのが普通だ。ならば、ここで追撃をするのが定石となる。
(――とはならぬ事は既に知っておる!)
だが、タウィルはその定石に逆らって後方に跳躍した。オルフェウスを仕留める絶好の機会を彼が自ら手放した――かのように見えたその直後、
「La――♪」
オルフェウスが歌った。
「くっ……!」
タウィルの脳が刹那の間、揺さぶられる。歌声はただの発声ではない。聞いた者を魅了する魔性の音色だった。間一髪、逃げるのが遅れていたらオルフェウスの傀儡にされてしまっていただろう。
ループの中でタウィルはこの攻撃を幾度となく喰らっていた。オルフェウスが竪琴を破壊されたら歌声を使ってくる事を身をもって知っていた。故にこそ、今回はこの攻撃を回避できたのだ。
しかし、オルフェウスの歌声を躱してもタウィルはノーダメージとは行かなかった。
「ちっ……やはり耳がイカレたか」
タウィルが眉間にしわを寄せる。今のタウィルは耳鳴りがしていた。
【魔盾オハン】が音使い特攻でありながら最初から使わなかった理由がこれだ。魔盾の大音圧を至近距離で聞く事になるので、使用者の聴覚器官にダメージを与えてしまうのだ。何度も使えば治療困難な音響外傷や難聴などの障害が残る可能性もある。
戦場において視覚は無論、聴覚も嗅覚も触覚も重要だ。いずれも敵の動向を認識するのに必要なセンサーだ。一つでも不調があれば、その穴を突かれて致命傷を負いかねない。
「ぼくの竪琴が……酷い事をするね、きみ」
オルフェウスが砕かれた竪琴を名残惜しそうに地面に置く。その仕草は変わらず戦場には似つかわしくない程にたおやかだった。
「何を言っているのかよく分からぬが……その表情から察するに竪琴を惜しんでいるようじゃな。ふん、そんなに大事な物なら懐にでも仕舞っておけ。戦場に持ってくるものではないわ」
「おや。戦士を慰撫する為には音楽隊も必要だよ。……などと言っても殆ど聞こえていないか。でもまあ、前線に楽器を持ってくるべきじゃないかもね」
オルフェウスは軽く咳払いをすると、
「それじゃあ、ここからはこの身一貫で戦おうか」
あの魔性の音色を再度披露した。




