第68転 不屈の戦士
飛び荒ぶ無数の音矢を盾で防ぎつつ、一歩ずつオルフェウスに接近するタウィル。その様はまるで傘を差して台風の中を突き進んでいくようだ。
タウィルが見ているのはオルフェウスの指の動きだ。タウィルに音才はない。だが、指は見れば分かる。音矢を飛ばす時と音の壁を飛ばす時で動きが違う。更には音程の高さで攻撃の軌道を定めている。何度もループして得た知識だ。その知識に加えて風の動きを感じ取れば、どういう攻撃を仕掛けてくるかを読むのは不可能ではない。
(音矢の射程は試合場全域。対して音の壁が半径五メートル程度。近付かなければ音の壁は飛んでこぬが……)
そんな手ぬるい姿勢ではいつまで経っても勝ち得ない。防いでばかりでは相手にダメージを与えられないのだ。
(まだじゃ。まだ耐えろ。大丈夫、我が盾は無敵。ワシが失敗せぬ限り負ける事はない)
しかし、我慢しなくてはならない。何度もタウィルが殺されている事から分かる通り、実力はオルフェウスの方が格上だ。真っ向勝負では勝ち得ない。実力で劣っている以上、勝つには作戦と根気が要る。
左手の盾は【御盾アイアス】という。神牛の革を七枚重ねてなめし、魔力を宿した青銅で表面を覆い、青銅の縁取りを施した円形の盾だ。魔法が支配するカールフターランドでも随一の防御力を誇る兵装だ。音矢も音の壁も問題なく防ぎ切る。
そして、右手の盾は――
(オルフェウスは音楽家。外れた音は矜持に懸けて決して出さぬ。つまり、奴の攻撃にはリズムがあるという事じゃ)
そのリズムを見極めれば間隙を突く事ができる。音才がなくとも指の動きでリズムを把握する。それまでは耐え切るとタウィルが腹を括る。
異世界においてすら珍奇と言われる双盾使い。十五世紀にも及ぶ年月の中でタウィルは様々な武術を試したが、これが一番性に合っていた。仲間達を守る為に会得した戦法。防衛線ならば彼の右に出る者はいない。
(――ここじゃ!)
一曲が終わり、また新たな一曲を始めるほんの僅かな間。その一瞬にタウィルが疾駆した。同時、秘めていた右手の盾の能力を発動する。
『GYYYAAAAAaaaaa――!』
盾の表面に象られた口が絶叫する。黄金の四本の角と四つの覆いを備えた長方形の盾だ。名を【魔盾オハン】――叫び声を上げて味方を鼓舞したり敵を委縮させたりする兵装だ。オルフェウス程の相手ではその心を折る事はできないが、音による攻撃は全て弾く事ができる。音使いに対しては特攻武器となる。
「おおおおおおおおおお――っ!」
『魔盾オハン』に負けないくらいの雄叫びを上げてタウィルが走る。オルフェウスは音の壁を三連続で放ち、タウィルの前進を挫こうとする。だが、通じない。魔盾の絶叫は音の壁を容易く粉砕していく。
瞬く間に肉薄したタウィル。左盾が鉄拳となって打ち出される。盾による殴打だ。この試合初めての回避行動を取るオルフェウス。だが、間に合わない。本人は辛うじて逃げ切れたが、竪琴を逃がすのが遅れた。
左盾の打撃を受けた竪琴が粉々に砕かれた。




