第63転 時間逆行
「おおおおおっ!」
もうすぐオルフェウスに肉薄するというところでタウィルが跳躍した。直後、タウィルの足元の地面が音矢に抉られる。落下しつつ右拳を盾ごと繰り出すタウィル。迫る鉄塊を前にオルフェウスは弦を一本弾く。
(音矢じゃ盾は退けらんねえぞ。どうする!?)
吉備之介が息を呑む。しかし、彼の想定とは異なり、弦から放たれたのは音矢ではなかった。壁だ。音が点ではなく面となってタウィルに迫った。人間が喰らえば弾かれた上、その衝撃で全身が麻痺するだろう。
「ッ――!」
その音の壁を右手の盾でタウィルは防いだ。タウィルの身体は弾かれたが、衝撃は盾によって霧散した。着地したタウィルに音の壁を畳み掛けるオルフェウス。右手の盾で防ぎながら後方に跳び、距離を取る。
そこにオルフェウスが音矢を射た。音の壁に意識を向けさせてからの脳天狙いだ。不可視なのも相俟って直撃は必至のタイミングだ。
だが、その必至を覆して、タウィルに音矢は当たらなかった。首を素早く傾けてあっさりと回避したのだ。まるで音矢の軌道を既に知っていたかのような動きだった。
「…………」
「…………」
オルフェウスとタウィルの視線が交錯する。今の攻防で知り得たお互いの手の内を脳内で整理する僅かな停滞だ。
「……タウィルの奴、妙な動きをするな」
「気付いたかい?」
そんな二人の戦いを見ていた吉備之介がそう発言する。彼の言葉にネロも同意を示した。
「ああ。攻撃も防御もオルフェウスよりワンテンポ速い。常に先手を取っているんだ。まるでオルフェウスがどこにどういう攻撃をするかあらかじめ分かっていたみたいだ」
「そう、それこそが彼のチートよ」
「『死に戻り』とかいう奴か?」
先程の審判エルの紹介を吉備之介は思い出す。多くのゲームに設定されている、プレイヤーの位置や時間が一つのポイントに移動するシステムだ。それをスキルとして獲得したのがタウィルだと彼女は言っていた。
果たして竹は首を縦に振った。
「――【時間逆行】、それが彼の能力よ」
任意のタイミングで時間軸にセーブポイントを作り、死ぬ事を条件にそのポイントにまで意識を戻す時を超える能力。それが『戦士』タウィル・アトウムルの特権的能力だという。
つまり彼はこの試合、
「恐らくもう何度も死んでいるわ。何度も何度もオルフェウスに殺されて、試合開始時点まで逆行。そうやって戦闘回数を重ねる事でオルフェウスの思考や戦法を学んでいるのよ」
そんな地獄めいた事をさらりと言った。




