第61転 五将戦選手入場
『男はこの「死に戻り」のチートスキルを与えられていた。幾度肉体が死のうともその魂は死せず、意識だけが過去の時間に戻る能力だ』
少年の両手には盾が握られていた。両手で盾を持っているのではなく、腕一本につき盾一枚――即ち二枚の盾を少年は装備していた。右手にあるのは長方形の盾に似た盾、左手にあるのは円形の盾だ。
『男は考えた。「この能力を使えば誰も彼もを救う事ができるのではないか?」と』
少年の顔つきは年齢相応に若々しくありながらも、その表情は老人のように枯れていた。まるで数十年数百年も生きてきた魂が少年の肉体を器にしているような風貌だった。
『男は死んだ、何度も何度も。男は生きた、何度も何度も。男は繰り返した、何度も何度も』
それは全てただ一つの願いの為に。大切な人々が誰一人として欠ける事なく、最高の明日を迎える為に。問答無用のハッピーエンドを手中にせんが為に。少年は戦って戦って戦ってきた。その戦いは今もなお、こうしてここに続いている。
『異世界転生軍七将序列六位――「戦士」タウィル・アトウムル!』
少年――タウィルが未だ現れぬ対戦相手に向けて静かに構える。両手の盾がまるで手甲のようだった。
『不屈の戦士に対抗する輪廻転生軍の代表は――こいつだ!』
西の入場口から一人の男が現れる。金髪碧眼の青年だ。髪は踝にまで届く程に長く、一目では女性と見間違える程に線が細い。服装は黒の燕尾服であり、これから始まるのは試合ではなく演奏会ではないかと勘違いするほどの着こなしだ。
『ギリシャ神話に転生はない。全ての死者は冥府に送られ、冥王の所有物となるからだ』
その腕に抱えられているのは剣でも槍でもなければ弓でも棍棒でもない。楽器だ。戦場に立つというのに彼はその手に竪琴を握っていたのだ。
『しかし、ここに例外が存在する。死んだ妻を迎えに行く為に冥府を下り、冥王に現世への帰還を許された男がいる』
青年の表情は穏やかで到底戦場に相応しくはない。だが、その沈着ぶりこそが如何なる者でも口を挟めない存在感を醸し出していた。
『冥府を往還した男はある密儀宗教を開く。死者の魂は冥府には行かず、地上で輪廻転生を繰り返すと教義を定めたのだ』
人間の霊魂には神性を有している。神性は不死性に繋がる一方、霊魂は肉体に拘束される。それ故に不死なる霊魂は次なる肉体に宿り、再び生を繰り返す。神代のギリシャ世界において彼はそう説いて回ったのだ。
『彼自身もまた輪廻転生の中にいる。転生を経て、今日この場に降り立った!』
青年の指が竪琴を奏でる。透き通った甘い音色が歓声の真っ只中でありながら、闘技場にいる全員の耳朶を叩いた。
『オルペウス教の開祖――「詩人」オルフェウス!』
戦士と詩人が対峙する。戦士は伝説を残す者、詩人はその伝説を語る者だ。活躍すべきステージが異なる。その両者が今日はこうして真正面から向かい合っていた。
『レディイイイ・ファイッッッ!』




