第60転 苦渋
「ふーん……私がいない間にそんな面白イベントがあったとはね」
輪廻転生軍側観客席にて。トイレから戻ってきた竹は吉備之介とネロからアーザー遭遇の話を聞いて、そう感想を述べた。
「面白イベントとは何だ面白いとは。こっちは感情ぐちゃぐちゃになってんだぞ」
「その割にはアーザーと普通に会話していたらしいけど?」
「……隣にネロがいたからだよ。そうじゃなきゃもっと混乱っている」
第三者がいるというのは精神面において重要だ。客観的な視点が得られるし、理性が見栄を張ろうとする。ネロの存在が期せずして吉備之介の動揺を抑え込んだのだ。
「へえ、ボクが役に立ったんだ? 悪い気はしないネ」
「ああ、あんがとな」
「ふーん……で、どうなのよ?」
竹が目を鋭くして吉備之介を見やる。
「アーザーと戦えるの、あんた?」
「……さあな」
竹の視線から逃げるように――あるいは、現実から目を背けるように吉備之介が俯く。
「まだ心の整理がついてねえよ。あいつが異世界転生軍にいる事すら受け入れられてねえ」
「そう。まあ、無理もないでしょうね」
竹が軽く溜息を吐く。
元より『覚悟の決まっていない少年兵』だったのが吉備之介だ。二つの試合を観戦してそれなりに感化されてきた様子だが、まだ英雄と呼ぶには足りない。そこに死んだ筈の幼馴染が生きて敵として現れ、ともすれば自分と殺し合わなくてはならないとなったのだ。受け入れ難いのは当然だ。
とはいえ、ゆっくりと悩んでいる暇はない。試合の数には限りがあるのだ。
「時間は待ってくれないわよ。ほら、もう第三試合が始まるわ」
竹が試合場に目を向ける。綺麗に均されたその場所には審判エルが参上していた。
◇
試合場の中央にて、エルは高らかと声を上げる。
『長らくお待たせしましたァ! それではこれより「二ヶ界決戦武祭」の第三試合を始めまァす!』
歓声が沸騰する。まだ二試合だけとはいえ勝敗同数。互角の戦いを魅せられて観客達も大盛り上がりだ。
『それでは、早速選手に入場して貰いましょう! まずは異世界転生軍代表、カモン!』
エルに促され、東の入場口から人影が現れる。
『「死に戻り」――そう呼ばれるシステムがある。多くのゲームに存在する、死んだらプレイヤーの位置や時間がセーブポイントに移動するというシステムだ』
現れたのはくすんだ黒髪灰眼の少年だ。髪型はウニのようにあちこちに尖っている。服装は黒のノースリーブ。細身ながらも筋肉質であり、剥き出しの肩は力を入れずとも膨れ上がっている。