第58転 アーザーとモモチロウ/前
「タツ……? えっ、何キミら、知り合いなの?」
ネロが吉備之介に訊く。しかし、吉備之介は返答するどころではない。アーザーが自分の前に立っている事に意識が支配されていた。
「お前、生きていたのか……!?」
「いや、死んだよ。僕は異世界転生者だからね」
「あ、ああ……そうか。死んでなきゃ転生はしねえか、そりゃ」
アーザーの言葉に納得する吉備之介。しかし、その顔は幽霊を見たかのように青ざめたままだ。そんな吉備之介にアーザーは淡く微笑むだけだ。
「ねえ、だからどういう関係なんだよ、キミら?」
そんな二人の間にネロが割り込む。
「あ……悪い悪い。こいつは俺の幼馴染だよ。小中学校ずっと一緒だった。高校でこいつが一人、進学校に行った事で別になったけどな」
「『勇者』アーザーが吉備之介の幼馴染……!?」
ネロが吉備之介とアーザーを交互に見る。
異世界の『勇者』アーザー。生前の名は浅井竜政。アーザーの名乗りは浅井の姓をもじったものだった。
「そうだ。思い出したぜ。『アーザー』って小学生時代のあだ名じゃねえか! お前、それを高校生になっても名乗ったのかよ!?」
「君が付けてくれた大事なあだ名だからね、『モモチロウ』」
「その名前で呼ぶのは恥ずかしいからやめろって中学校に上がる時に言ったろ!」
「大事なのに……」
吉備之介のリアクションに少々拗ねた顔をするアーザー。
日本で最も有名な御伽噺の主人公である桃太郎。それを吉備之介の姓である百地と組み合わせたのがモモチロウだ。一方、アーザーは騎士道の象徴であるアーサー王を由来としている。
侍と騎士。東西の武を代表する者で対比する形だ。幼少期、出会ったばかりの吉備之介と竜政が互いに名付け合った。中学生になるにあたって「侍ごっこ・騎士ごっこ遊びをする年齢でもないから」との理由で封印し、名の頭二文字からキビとタツの呼び名に替えたが。
「ていうか何だよ、その緑髪は? そんな色じゃなかっただろ、昔」
「そっちこそ何だい、その桃髪? 染めたの?」
「桃太郎だからだよ。記憶に目覚めたらこうなったんだ。そっちは?」
「森の精霊の加護だよ。彼女、独占欲が強くてね」
「だからって髪の色で主張してくるか、フツー?」
「似合わないかい?」
「似合う似合わねえじゃねえんだわ。重いっつってんだわ」
そうかなあ、と自分の前髪を弄るアーザー。そんな彼の様子に吉備之介は嬉しさを感じていた。どこかとぼけたリアクションは自分の記憶にある彼と遜色ないものだったからだ。「ああ、こいつは本当に俺の幼馴染――あのタツなんだな」と実感した。
「…………」
故にこそ吉備之介には看過できない事があった。
ややあって吉備之介は深く息を吐くと自分の感情を改め、真剣な表情でアーザーを見据えた。