第57転 瑕疵
試合終了後、吉備之介三人組は闘技場のトイレに行っていた。
「悪いな、一緒について来て貰っちまって」
「構わないよ。敵地で単独行動させる訳にも行かないしネ」
男子トイレから出てくる吉備之介とネロ。吉備之介が用を足したいと言い出したので、次の試合まで時間もあるという事もあり、三人で尿意を解消する事にしたのだ。竹はまだトイレに入っている。
「本当に男だったんだな、お前」
「どこ見てんのさエッチ」
「いやそりゃ見るだろ自分の格好考えろや」
「ふふん、そりゃボクは性別を超越して可愛いからネ。それはともかく」
すいっとネロが周囲に目を向ける。
「意外と皆、大人しくしているネ。敵軍同士が同じ建物内にいるっていうのに」
「ああ。もっとあちこちで喧嘩していてもおかしくねえと思っていたんだが」
闘技場の観客席は異世界転生軍と輪廻転生軍で分かれている。しかし、トイレは各階に一つずつしかない。一応、両軍がかち合わないように異世界転生軍は奇数階、輪廻転生軍は偶数階と使用が決められてはいる。しかし、バリケードは簡単な物しか設置されていないので行き来は難しくはない。どちらも相手の陣営に侵入するのは容易いのだ。
「まあ、輪廻転生軍は軍と言っても八人だけだし、他は応援に来ている一般人だからな。敵に喧嘩を売りたくても売りようがないんだが」
異世界転生軍は元々全員が軍属、各将の傘下戦闘員がメンバーになっている。人間も魔族も戦争のプロだ。そんな相手を挑発しても返り討ちに遭うのが必然。それでもなお喧嘩を売る者がいるとしたら、それはただ向こう見ずなだけである。
「けど、だからこそ向こうがこっちに喧嘩を売るのは簡単だ。なのに、目立ったトラブルは聞こえてこない。なんでだろうネ?」
「それに、俺達に対して襲撃がないのも不思議だ。試合に勝とうするなら一番確実な方法は試合前に選手を潰す事だ。怪我を負わせれば有利になるし、そもそも殺せれば不戦勝になる。なのに、それをしない理由は何故だ?」
「うん。それを警戒してボク達はこうして三人で行動しているっていうのにネ」
実際、クリト・ルリトールは吉備之介を魔王城に着く前に殺そうとしてきた。それが何故今はそうしないのか。今になって異世界転生軍が卑劣な手に走らないのは何故なのか。その答えが分からず、二人して首を傾げた。その時、
「――それは決闘儀式を十全に執り行う為だ」
カツン、と足音が二人の会話に割って入った。
「決闘に瑕疵があっては儀式の効力が落ちる。公正に決着をつけなくてはいけないんだ。決闘以外で選手を殺傷する訳にはいかない。だから、君達に手を出さないように異世界転生軍には厳命してある。……開会前の事は、まあ、別の話としてね」
現れたのは新緑色の髪の青年だった。白銀の甲冑を纏い、青いマントをなびかせている。地球ではコスプレとしか思われないであろう中世ヨーロッパの騎士風の姿。あからさまに異世界人の格好だ。彼を見たネロが驚きに目を丸くする。
「『勇者』アーザー!? どうしてここに!?」
異世界転生軍序列二位、『勇者』アーザーがそこに立っていた。
「なっ、お前……お前は!」
吉備之介も愕然としていた。しかし、それは敵が自陣に現れたからだけではない。敵軍の幹部が姿を見せたからだけでもない。それ以上の理由があったからだ。
「タツか!?」
「やあ……久し振りだね、キビ」
現れた男は吉備之介の旧知だった。