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第56転 煩悩

『第六天魔王波旬、死亡確認! 第二試合勝者――ニール・L・ホテップ!』


 審判エルの宣言を波旬は薄れゆく意識の中で聞いた。心臓は既に止まっている。意識を保っていられるのは(ひとえ)に彼が神だからだ。とはいえ、それも長くは続かない。すぐにでも意識は闇に落ち、魂は肉体から離れるだろう。


(……悪ぃな、覚者。俺は誓いを果たせなかった)


 波旬の肉体は立ったまま固まっていた。弁慶の立ち往生という現象だ。著しい肉体疲労と即死のショックが即時性の死後硬直を起こし、肉体をその場に固定する。波旬はニールに心臓に穴を空けられたまま微動だにしなかった。

 ニールは波旬から手刀を抜いた後、地面に尻を突いていた。先刻の一撃はまさしく渾身のそれであった。最早体力は一滴たりとも残っていない。正真正銘、一歩も動く事は叶わない有様だ。


「まおうさま!」


 異世界転生軍側のVIP観客席から一人の少女が試合場(アリーナ)に向かって飛び降りた。ンガイ・J・ガードナーだ。大きな音で立てて地面に落下しながらも、それを意にも解せずニールの下へと走り出す。

 波旬には彼女が誰か知る由もないが、泣き顔でニールに駆け寄る事から彼の関係者だという事は察した。


「ンガイ!」


 ニールが慌てた顔をする。ンガイを迎えようとするが、体力の尽きた体では身を起こす事すら難しい。結局、少女がニールの下に辿り着く方が先だった。少女が勢いのままニールに抱き着く。


「まおうさま! しんぱいした!」

「……そうか。そうか、すまない。我輩は大丈夫だ。それよりもお前だ。あんな高さから飛び降りるなんて無茶な真似を……不死者(アンデッド)は痛覚を無視できるだけで怪我をしない訳ではないのだぞ。ああほら、足の骨が折れている。この馬鹿者めが」

「ばかは まおうさま。むちゃをしたのも まおうさま」

「……そりゃあ無茶はするさ。余は王なのだからな。民の為に体を張るのが仕事だ」


 そう言ってンガイの頭を撫でるニールの顔はとても優しかった。慈愛と心配、哀切と郷愁が入り混じった複雑な表情だ。戦闘中には一切見せる事のなかった面持ちだ。当然、波旬も初めて見る。


(ハッ、何だよ。死滅願望(ぼんのう)(まみ)れの餓鬼(ガキ)かと思いきや、随分と愛情(ぼんのう)に溢れた目をしてやがる。そんな顔もできるんじゃねえか、てめぇ)


 煩悩を司る神として煩悩に敗れたとあっては是非もない。敗北は無念だが、四の五の言っても勝敗が覆る事はない。仲間が挽回してくれる事を信じるしかない。それに、まだ第二回戦目だ。残り五試合、まだ勝機はある。そう波旬は気持ちに区切りを着けた。


(勝てはしなかったが、最後に悪くねえもんを見た。そういう事にしておくか)


 内心で笑みを零す波旬。その感情を最後に彼の意識が完全に途絶える。

 こうして『魔縁』は誰に気付かれる事もないまま真に息を引き取った。

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