第54転 魔界孔
『――「魔界孔」の先に魔界はない』
ニールが思い返すのは『神』を名乗る男との会話だ。
異世界転生軍序列三位『神』ザダホグラ。彼がニールの前に現れたのは『勇者』アーザーと闘っている最中だった。西の魔王を討った後、東の魔王が西の大陸を侵略しようとしている事を知った勇者は単身、ニールに挑んだのだ。互いの実力は拮抗、このままでは共倒れになると思われた時に現れたのが『神』だ。
『どういう事だ? 魔界に通じているからこその「魔界孔」というネーミングではなかったのか?』
『それは隠蔽の為の嘘さ。孔の先にあるのは魔界じゃない。地球なのだよ。魔界なんてものは実在しない』
『地球だって?』
勇者の鸚鵡返しに神が頷く。
『こちらの世界では人類も魔族も死ぬと同時に呪いを残すだろう。無念や未練、恨みや妬みが呪詛となって残された人々を祟る。それは地球人類も同じでねぇ。というより、こちらの世界が地球と同じだったと言った方が順番的に正しいかねぇ』
祟りとなった呪いは周囲を害する。そのまま放置してはおけない。魔法世界であれば光魔法による浄化があるが、魔法が潰えた地球ではどのように解決するか。
『捨てるのだよ、地表の下にある廃棄孔に呪いをね。しかし、それで廃棄孔がいっぱいになってしまっては元も子も失う。溢れる前に呪いを廃棄孔から更に別の場所に捨てなくてはいけない』
『まさか……!』
『そう。それが「魔界孔」の正体さ。廃棄孔の底に開けられた孔、その出口なのだよ』
魔族は人類を蹂躙する。人類は魔族に報復する。報復に巻き込まれた魔族が更に復讐に走る。負の連鎖だ。その発端――魔族が人類に対して懐く敵意の所以が、地球からもたらされた呪いだったのだ。魔族の人類敵視は地球人類の他者嫌悪が転じたものだった。
『……ジャクリンが死んだのは、元を正せば地球のせいだというのか』
『そのジャクリンというのが誰なのかワタシは知らないけど、勇者と魔王との戦いに巻き込まれて死んだというのなら、「そうだ」と答えよう』
『…………ッ』
沈痛な表情で押し黙ってしまうニール。彼の代わりに勇者が話を続ける。
『何故そんな事になっているんだ? 誰がどうしてそんな仕組みにしたんだ?』
『それについては後々説明しよう。今、理解して欲しいのはこのままでは君達の争いに終わりはないという事だ』
『成程。――つまり、君はこう言いたい訳だね。「地球と魔法世界の繋がりを絶たない限り、この世界の戦乱は終わらない」と』
『その通り。ここで君達が殺し合ってもあいつらの思うつぼさ。そんなのは悔しいだろう? それに問題は根本から解決しないとねぇ』
かくして、神と魔王と勇者は手を組んだ。負の連鎖の根本解決――汚染源である『地球の澱み』を絶つ為に。魔法世界の平和の為に地球人類を大量虐殺する道を選んだのだ。




