第53転 覚者
炎輪が廻る。火弾が矢継ぎ早よりも速く乱れ飛ぶ。波旬は一〇八丁の銃を一斉射撃するのではなく、時間差を作って撃っていた。こうする事で装填の隙を見せる事なく、絶え間なく射撃する事ができる。銃口が向く先は当然、ニールだ。
その火弾を抑え込むのがニールの闇だ。自身に向かってくる火弾を打ち消し、波旬を呑み込まんと全身から次々と闇を放出している。本来無音である筈の闇が轟々と唸り声を上げる程の勢いだ。魔法の連続使用は負荷が大きく、その場から動いていないのにも拘らずニールは加速度的に消耗していく。食い縛った歯の隙間からは苦悶の声が漏れていた。
「ぐっ、ぬぬぐ……!」
「……ハッ……ッ!」
波旬はというと、こちらも消耗が激しい。絶え間なく射撃する為には絶え間なく魔力を装填し続けてなくてはいけない。それも一〇八丁の銃全てにである。常人で言えば、全速力でマラソンをしているようなものだ。いつ力尽きても不思議ではない。
息が切れた瞬間に闇に呑まれて死ぬ。それを分かっていながらも波旬が平静を失う事はない。ある男との誓いが彼の胸にはあるからだ。
◇
『――頼みましたよ、他化自在天の天主よ』
波旬の脳裏に蘇ったのはある男との会話だ。かつて輪廻の苦しみより解脱した者。万象一切を悟った者。煩悩を担う自分の宿敵である者だ。
異世界転生軍が神々に決闘を申し込んだ後日、他化自在天から下界の様子を眺めていた波旬はその男に話し掛けられた。
『神々は二〇〇〇年前の契約により人界に介入できません。その法は仏にも適用されます。仏と神は違うものなのですが、天上の力を持つ強壮なるものという点では同じというのが彼らの言い分でして。故に私は人界に赴く事ができないのです』
しかし、
『貴方は違います、他化自在天の天主。織田信長という人間を分霊にした貴方なら下界に降臨できる。だから、お願いします。愛と死を司る神よ。貴方が人類の為に戦って下さい』
そう言って男は波旬を真っ直ぐに見た。波旬にとって人類の煩悩こそが神としての糧である。人類を守護する事に異存はない。ましてや宿敵に頼まれたとあっては士気が一層上がるというものである。
「おう、任せておけ、覚者様よぉ……!」
かくして、波旬は下界に顕現した。織田信長の転生者であるKIPを自身に覚醒・同期させる形で地上に降魔したのだ。




