第50転 流血試合
「どうした、第六天魔王? 顔色が優れないが。余を本気にさせた事を後悔しているのか?」
「ハン。まさかだろ。勝つにしても負けるにしても、相手が全力を出していなかった時の方がよっぽど後悔する」
「武士道精神とやらか? 高潔なのは結構だが、果たして本当に負けた時にも同じ事が言えるかな?」
攻防の合間に言葉を交わす波旬もニール。二人とも過度の全身駆動により汗は止めどなく落ち、息切れを起こしている。それでもなお双方共に手は緩めない。僅かにでも隙を見せれば、それが死に至ると理解しているからだ。
(――だからといって、ここで膠着していても仕方ねえだろッ!)
波旬が斬り上げ――と見せ掛けて、ニールではなく地面を抉った。土塊と砂煙が巻き上がり、ニールの身を包む。土塊が当たった程度でダメージを受ける魔王ではないが、砂が目に入れば敵を見失う。目潰しと追撃を回避する為に後方に跳ぶ。
だが、波旬の追撃はニールの跳躍をも上回っていた。
「【変生・銃触土】最大出力――【他化自在天斬】!」
火剣が更に猛々しく燃え上がり、三倍もの大きさになる。噴出する火を推進力として波旬が加速、瞬きの間にニールに肉薄し、剣を唐竹割に振るった。瞬間、直感が悪寒となってニールの背骨を貫き、脊髄が両の手刀での防御態勢を選ぶ。
火剣が【闇魔法・双狼を宿す手】の両の手刀を打ち砕いた。手刀を繰っていた十指も伴って一息に圧し折られる。更に火剣は【闇魔法・影鎧】をも打ち破り、ニールの額を割った。脳を揺さぶられた上、多量の出血と共に力が抜け、ニールが膝を屈する。
「がっ……あああっ……!」
「……ちったぁ効いたか、小僧!」
一方、波旬の銃からは炎が消えていた。今の一撃は銃の全火力を叩き込む彼の奥の手だった。銃は魔力を装填すればまた撃てるようになるが、すぐにとはいかない。ここからでは波旬も追撃も防御も叶わない。
その隙をニールが見逃さない筈がなかった。
「舐めるな、人間! ――【闇魔法・血十字】!」
波旬の足元に魔法陣が瞬時に描かれる。波旬は咄嗟に飛び退くが、判断が遅かった。魔法陣から現れた漆黒の杭が波旬の左肩を貫く。直後、杭と肩の交点から左右に杭が伸びた。左肩から鮮血が杭に沿って十字に飛び散る。
「っっっ……! て、めぇ……っ!」
波旬の左腕が千切れて宙を舞った。




