第40転 信長の変貌3
「おう。それについては今、『鉄砲三段撃ち』というのを考えていてな。火縄銃を持たせた三人を縦一列に並ばせて、一番前の奴が撃っている間に後ろの二人が準備。順繰りに前に出る事で連続射撃させるって戦術なんだが」
「ほほう、そりゃ面白いっスね。しかし、そうなると大量の火縄銃が必要になるっスね」
「であるな。特殊な戦術だから兵の訓練も必要になるし。まあ、現実に採用するかどうかはまだ検討中だ」
笑う信長に藤吉郎もほくそ笑む。これは次の戦が楽しみだ――戦国武将特有の高揚が二人の心中に火を灯していた。
「まあ某はいいと思いますよ。あ、手紙は特におかしな所はなかったス」
「であるか。じゃあ、こいつを届ける手続きをしといてくれ」
「うっス」
藤吉郎が部屋から退出する。彼がいなくなった後、「さて、鉄砲三段撃ちの構想をどうするか」と信長が机の前に戻った、その時だった。
『――興味深い人間だな。我が名を名乗るか』
虚空から声が聞こえた。
「……誰だ、てめぇ?」
信長が鋭い目で声の主を探す。だが、幾ら目を凝らしても部屋には自分以外誰もいない。ただ部屋の中に何かがいる気配は感じる。重厚なる存在が空気を圧迫している。
『だが、警戒が足りぬ。我が名はみだりに唱えるものではない。覚悟なく呼べば禍を招く』
「誰だって訊いてんだ。答えろ」
『我は「魔縁」――第六天魔王波旬なり』
何かが名乗った直後、部屋が闇に包まれた。煙ではない、霧でもない、得体の知れない漆黒が部屋を埋め尽くしていた。
『心せよ。魔王を装いて戯れなば、汝、魔王となるべし』
一面の黒が信長に全て押し寄せる。突然の怪異に信長は碌に悲鳴を上げる事もできず、黒に飲み込まれた。
◇
しばらくして、一人の男が部屋を訪れた。生真面目で神経質そうな男だ。障子の前に膝を突きながら恭しく頭を下げている。
「信長様。秀吉殿から味噌を受け取ったそうですね。食べるなとまでは言いませんが、あまり食べ過ぎると塩分過多で脳の血管が切れると、何度も注意し――……」
顔を上げた男は絶句した。絶句した理由は自分でも分からない。だが、部屋の中に座る自分の主――織田信長にどうしようもない違和感と恐怖を覚えたのだ。人外の物の怪と遭遇してしまったかのような心境に陥ったのだ。
「おう、どうした? 明智光秀」
「い、いえ……」
しかし、それを指摘する訳にはいかない。主の見た目はいつもと変わりない。ただ自分が恐怖に襲われたからといって、明確な理由もなく口に出す訳にはいかないのだ。
しかし今、一瞬ではあるが主を取り巻く形で、巨大な黒い蛇のようなものが彼には見えたような気がしてならなかった。
『魔縁』第六天魔王信長波旬、融誕――――。




