第38転 信長の変貌1
第六天魔王。三英傑の一人。尾張の大うつけ。右大臣。
日本で最も有名な戦国武将、織田信長。今や波旬の分霊となった彼は、転生した現代で考える。改めて過去を振り返れば、自分の人生には分岐点は二つあったと。
余人は桶狭間の戦いがそうだと言うだろう。別の者は比叡山炎上こそが分岐点だと言うかもしれない。しかし、信長自身はそうではないと考える。
一つ目の分岐点は弟を殺した時。
弟は奇矯な面のある信長とは対照的に謹直な性格だった。父の葬儀の際、きちんと次期当主を決めずに死んだ父に信長は怒り、仏前で抹香を投げ付けたが、弟は正装をして礼儀正しく振舞った。
父の死後、信長と弟は国を東西に分担・共同して運営していた。しかし、じきに弟は野心を露にし、当主は己一人であると名乗った。謀反である。弟は信長を排除しようと戦を仕掛けたが、信長の方が上手であり、返り討ちにあった。
「ああ……ははは。やっぱり兄上は凄いなあ……敵わないや」
「……当然だ、馬鹿者が。無茶をしおって」
戦国の習わしではたとえ身内であろうと――否、身内であるからこそ一度でも謀反すれば処刑する。生かしておいては危険でしかないからだ。しかし、信長は弟を見逃した。母親が弟の助命嘆願をし、信長がそれを承認したのだ。それこそ馬鹿者と呼ばれても仕方ない程の甘い対応だ。
しかし、弟は野心を消火し切れず、二度目の謀反を企てた。結局、信長は謀反を未然に防ぐ為に弟を殺す事にした。しかも、仮病を装って手元に招き寄せ、騙し討ちするという形で。
その時、何かの枷が外れたのを感じた。
「よくも……よくもあの子を殺したな! お前などもう私の子ではない! 許さぬ、許さぬぞ、信長ぁ!」
母親は破天荒な信長よりも品行方正な弟を可愛がっていた。故に弟を殺した当時、信長は彼女に酷く恨まれた。信長自身も「実弟を謀殺した以上、最早自分に後戻りできる場所などない」――そういう思いがあった。
二つ目の分岐点は比叡山延暦寺を焼き討ちしたその後だ。
一五七三年。比叡山炎上より二年後の某月某日。居城である岐阜城の山頂に信長はいた。畳が敷かれた部屋の中、机の前に座り、書状に筆を走らせていた。
「信長様~、サルめが土産を持ってきましたぞ。尾張産の味噌」
そこに一人の男が訪れた。どことなく猿に似た相貌の、愛想の良い笑顔を浮かべた男性だ。その右手には何かを包んだ風呂敷を下げていた。




