第32転 異世界機械事情
「……圧巻だったな」
第一試合と第二試合の間に設けられた休憩時間。観客席で吉備之介がそう呟いた。試合が終わった直後は哪吒とイゴロウの戦闘の凄まじさのあまり何も言えず、ただ二人が運ばれていくのを見ているしかできなかった。だが、時間が経つにつれて落ち着き、ようやく喋れるようになった。
「そうね。まさに超人同士の戦いって感じだったわね」
吉備之介の殆ど独り言みたいな言葉に竹が反応する。
「人類の七割を滅ぼしたなんて眉唾物だと思っていたけど、ありゃあ納得だわ。人間サイズで戦術兵器級の破壊力を振り回されちゃあたまんねえわ」
「あれでゲリラ戦なんてやられたらまず勝てないものね」
「ああ。……クリト・ルリトールはまだ対人レベルだったんだな」
例えば、イゴロウが無手の状態で議事堂の前まで徒歩で移動したとしよう。目立つ銃刀を携帯していないから誰かに警戒される心配はない。そこから魔法道具を使ったり銃撃を左手で喰らったりして一気に制圧する。通常の警備員ではまず太刀打ちできない。遂には国家元首を殺害。その国は崩れ落ちる。
これが異世界人の恐ろしさだ。実際、イゴロウはそうやって幾つもの国家の重要施設を潰して回ってきた。これが七将だ。個の実力があまりにも違うのである。
などと話している最中にふと竹が気付いた。
「どうしたのかしら? まだ体が震えているわよ」
「そんなもん当ッたり前だろうがよ。自分もあんな殺し合いをしなきゃなんねえのかって考えたら、怯えんのも無理はねえだろうが」
「……本当かしらね?」
「どういう意味だよ」
竹の視線が吉備之介を射抜く。何もかもを見透かしていそうな怜悧な眼だ。
「だって、あんた、口元が笑っているわ」
「――――!」
慌てて口元に手をやる吉備之介。彼女の指摘通り、彼の口角は吊り上がっていた。
それは戦闘を欲する者の笑みだった。英雄としての矜持。戦士としての渇望。魂の奥底に刻まれた本能。暴力を生業とする者の性。それが哪吒達の戦いを見て揺り起こされたのだ。体の震えは怯えではなく武者震いだったのだ。
しかし、それを吉備之介は素直に認める事はできなかった。彼の精神はまだ一介の高校生だ。戦いに興奮するなんて真似は狂人のそれとしか思えなかった。
「……気のせいだろ」
「そう。今はそういう事にしておいてあげるわ」
そこまで言って竹が話を打ち切る。何とも言えない沈黙に気まずさを感じる吉備之介。どうにか空気を変えようと彼は考え、違う話題を口に出した。
「あー……それにしても、次の試合までの休憩時間が二時間以上もあるとはな。試合時間の五倍は差があるんじゃねえの?」
「確かに長すぎるわよね、ただの休憩時間だったら。でも、ああいう事情があるんだから仕方ないじゃない」
「だなあ」
竹と吉備之介が見下ろした先には目下修繕中の試合場があった。哪吒が炎槍を存分に振り回した結果、地面が溶岩状態となって滅茶苦茶になってしまったのだ。それを元の均した地面に戻す為、異世界の魔法使い達が何人も作業しているのだ。
「異世界人ってすげぇな。道具を使わなくても地面を弄れんのか」
魔法使い達が魔力を使って地面を直していく様を見て吉備之介が感心する。土を掘り、無事なものは残して、駄目になった土塊を外に運び出し、新たな土を盛る。地球人類であれば重機を使わなくては立ちいかない作業だ。
「ええ。でも、なまじ人力でどうにかなる分、異世界は機械が発展していないらしいわよ。だから、いつまで経っても個人の負担が大きいままらしいわ」
「うへぇ……そりゃ勘弁だな」
吉備之介が眉間にしわを寄せる。機械に匹敵するといえば聞こえは良いが、地球でいえば人が機械の肩代わりをしている形になる。機械の分、仕事が増えていると考えれば吉備之介が辟易するのも無理はない話だった。異世界人は機械を知らないので、苦労している自覚はないのだが。




